飛行場計画技術研究会 小坂英治
最近、何故か子供の時に眺めた夜汽車からの遠景が思い出される。遠くに点在する人家の橙色の明かりが、ぽつぽつと、ゆっくりと後ろへ流されていく。薄暗い車内で目を覚ましているのは自分だけ。窓の外もまた皆、夜の眠りに沈んでいる。現在は、東海道線の沿線は線路沿いまで建物が張り付き、白っぽいネオンに照らされている。どこへ行っても誰か起きて動いている。今に、国中が24時間体制に入っていくのだろうか。
航空運賃に付加された通行税が、消費税の導入とともに廃止されたのは、平成になってからである。鉄道のグリーン料金と同じ贅沢税の扱いがやっと航空運賃から消えたのである。航空関係者は、相当以前から航空機は庶民の足であり、下駄であると主張し、通行税の廃止を要求したが、世論の高まりにはならなかった。一度動き出した収入財源が廃止され難いのは世の常である。
ともあれ、通行税は廃止されたが、空港を見る地元周辺の目は昔のままで、航空機は電車のような身近の存在にはなっていない。相変わらず空港は迷惑施設であり、メディアも同じ扱いをしている。国際便ではあるが成田空港に見る通り、メディアは一度振り上げたこぶしはめったに下げない。国民全体の立場でみれば、成田空港もかっては地元住民にとって迷惑施設であったとしても、もうそろそろ条件闘争へ転換するよう指導する一段高い立場への移動が見られても良い頃ではなかろうか。なんたって、我が国民に対し、メディアは国民を啓蒙する強い良識を持っているのだから。
最近、あれほど批判の矢面にされた福岡空港の容量アップへの期待が地元紙に報道されるようになった。昭和51年からえんえんと争われ、平成6年になって最高裁判決で漸く終わることができた福岡空港に対する地元の反対評価の歴史は一体どこへ行ったのだろうか。福岡空港だけが空港周辺の庶民を味方に引き入れることに成功し、空港が身近の都市施設に評価替えすることが出来たのだろうか。
わが国の空港は、現在、いずれも贅沢な使われ方をしている。大抵が昼間だけの利用で、夜間はお休みである。伊丹空港に至っては、昔のままで、まだ宵の口である夕方9時にはお休みになる。
東京の六本木や青山通りは24時間ライフだそうだが、国中が夜間も働き、遊ぶ時代になれば、空港も夜間の存在感を示さなければならない。新しく始まった羽田と北九州を結ぶ真夜中便が苦戦しているとのニュースを聞くと、わが国はやはり東京の一部を除くと未だ夜は寝る習慣を捨てていないようだ。とは言え、航空輸送が今後完全に庶民の足となり、それなりに24時間ライフが一般化しつつあることを思えば、ある程度の夜間便は必要とされ、周辺住民も生活の一部として許容する時代が来るべきではなかろうか。
そして、夜間用の低騒音機材が開発され、若干のダイアが成立してもよいのではないか。其の位の利便性が発揮できないようでは空港の存在意義そのものが今後失われていくように思えてならない。
時代が移っても、平均的人間は昼間起きて、夜間は寝るのが自然である。昔ながらの時間サイクルで生活するならば、国内空港および近間の東南アジア諸国との交流の場となる国際空港は昼間の利用を前提として運用されるはずで、この場合、朝夕の混雑時の存在を今以上に意識したサービスの提供が検討されなくてはならない。そして、空港のメンテは夜間の休み時間中にやればよい。
ただし、地球全体のグローバル化に対応するための国際空港は24時間体制を組むのが自然である。空港の24時間体制とは、夜間も航空機の離発着を可能とすることで、この意味で、騒音対策上カーフュー(運用時間制限)を避けられない成田空港は完全な国際空港には成り得ない。関西空港は成田空港の本質的欠陥を補うことを大きな目標として、地元の住民のみならず行政の反対あらしのなかで企画実現された。大変なエネルギーである。
平成9年になって、羽田空港のCランが稼動し、純粋民間管理の24時間運用空港が加わったが、これらが出来る以前の数年前までは成田空港に利用制限ぎりぎりに到着する航空機が成田空港に降りられないときは、自衛隊か米軍に依頼するしかなかった。民間空港不在国であった。この意味で、24時間運用をしようとする空港は、滑走路の定期的補修や毎日のメンテナンスのために自ら複数滑走路を持つことが前提となり、風向き等によっては近隣の他空港の世話にもならなければならなくなる。
わが国もこの 10年の間に漸く関西、羽田、中部と三つの約24時間空港を揃えることができ、緊急時への対策もかなえられるようになった。
関西空港の航空審議会第1次答申の主文の「規模及び位置」には、「・・・、当面その規模を、海上国際空港として最小の単位となる長さ4,000メートルの滑走路1組(少なくとも300メートルを距てた2本の平行な滑走路)に、長さ3,200メートル以上の補助の滑走路1本を加えたものとすることが望ましい。・・・」とある。
今の関空のように、将来オープン・パラレル(平行する2本の滑走路の離発着が一定の間隔が確保され、独立して運用できる状態)の2本の滑走路を運用するか否かは別として、関空が明確に24時間運用をしようとするならば、世上言われる需要の有無とは無関係に、上記答申のように最初から2 本目の滑走路整備が必要だったのである。間もなく供用される第2滑走路の存在により真の24時間運用が可能となり、安心して現滑走路の全面修復も出来ることになった。
中部空港もいよいよ常時24時間の運用を考えるまでに至ったようだが、中部調査会当時の全体構想が途中立ち消えてしまったので、このまま拡張ができるかどうか心配している。中部空港が関空と異なる自然条件上の唯一の売りは地盤が常滑層という第3紀層の安定した棚部に建設できたことである。中部の場合は、どんなに足掻いても、羽田のDランのように金に糸目をつけぬ贅沢は許されない。中部空港の2本目の滑走路計画は、深海の工事技術ではなく、我が国始めての滑走路間隔と離発着能力の検討であるべきで、飛行場計画技術の出動が必至となろう。
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