[SCOPE] 一般財団法人 港湾空港総合技術センター

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コラム

第61回 「空港緊急時対応計画 (1)」  ~2024.05.01~

八谷 好高 客員研究員(SCOPE)

 

 空港の緊急時対応計画について、米国のものを事例として考察していきます。その第一回目となる今回は、空港緊急時対応計画の策定の背景・経緯と米国連邦規則に記述されている空港緊急時対応計画に関する規定について紹介します。

● 米国の緊急時対応システム

 近年テロ行為や地震、ハリケーンといった自然災害の脅威が増加していることから、全米各地のインフラには緊急事態の管理能力、インシデント*1 への対応能力を高めるとともに、その全体調整プロセスを適切化することが求められている。このような課題に国を挙げて取り組むことにより、インフラの目的、規模、管理・運営主体等の違いによらず、自然災害、テロ行為、それ以外の人為的な災害を含むハザードに関する緊急事態管理能力は著しく向上する。また、このようなアプローチをとることにより、さまざまな緊急事態管理とインシデント対応の方法における、公的ならびに民間の様々な機関・組織間の調整・協力能力の向上も図られよう。これは、2001年の同時多発テロ事件を契機に取りまとめられた、米国全体の危機管理体系である米国国家インシデント管理システム (National Incident Management System, NIMS) *2 として具体化されている。

● 空港における緊急事態

 空港が遭遇する緊急事態とは、自然的か人為的であるかを問わず、人々の生命を救い、財産や公衆の健康を守るために緊急に行動をとる必要がある状況を指すものと考えられる。具体的には、空港や周辺地域で発生し、空港に直接影響を及ぼす次のようなものであろう。

  空港が対応する責任のあるもの
  空港にとって脅威となる可能性があるもの
  地域の緊急事態計画や相互援助協定の下で空港が責任を負うもの

 緊急事態は、地震、ハリケーンなどの自然災害であるか、有害物質の流出、暴動、テロ行為、大規模な火災や停電などの人為的なものであるかもしれない。これらは、場所、時間を問わず発生する可能性がある。すなわち、昼夜を問わず、あらゆる気象条件下で、さまざまな規模で発生する。また、突発的に発生することも、ゆっくりと進行することもあり、また数分で終わることも、数日間続くこともある。さらに、同じ種類の緊急事態であっても、警告の有無・種類、持続時間、影響の範囲といった要因によって、その深刻さは大きく異なろう。いずれにしろ、重要なことは、緊急事態は正確には予測できるものではないが、その発生を予測してそれに備えることは可能であるということである。

● 空港の緊急事態への対応

 空港は、言うまでもなく、それぞれ独自の特徴を有している。規模が小さく形状がシンプルで、地方部に対して航空サービスを提供している空港がある一方、各種商業・産業施設や宿泊施設を有する、規模が大きくかつ形状も複雑で、都市部に航空サービスばかりでなく、それ以外にも様々なサービスを提供している空港もある。また、空港の運営は、市や州といった地方自治体や複数の地方自治体が共同で設立した組織・機関等、様々な組織・機関によって行われている。しかし、いずれによらず、空港にとっては緊急事態への対応策を備えることが必須のことである。
 どんな災害も起こりうる可能性があり、一たび災害が起こると被害や生命・財産の損失は壊滅的に大きくなることも少なくない。緊急事態は一般的には発生する確率が低いものと見なされており、それに対する準備には大きな時間的・財政的負担を強いられることになるので、災害に対して事前に準備計画を作成することの重要性はしばしば見落とされがちである。しかし、そのような災害に対して準備ができていない場合には、周辺地域を含む空港コミュニティは大きな代償を払うことになりかねない。また、公衆の健康や安全の問題に加えて、社会的な混乱、集団的トラウマ、訴訟等が生じたり、批判的な報道がされたりする可能性もある。完成度の高い緊急事態対応プログラムを備えていれば、インシデントに適切に対応することのみならず、責任問題やその他、緊急事態後の問題を含む負の影響を軽減することも可能となろう。

● 空港緊急時対応計画

 空港では、さまざまな方法によりこれらの緊急事態に対応する準備がなされている。その一つに空港緊急時対応計画 (Airport Emergency Plan, AEP)の策定がある。AEPは、空港が緊急事態下における担当者、関係者等、いわゆるステークホルダの役割と責任を明確にし、空港に影響を及ぼす可能性のある具体的な脅威を特定して、空港コミュニティの情報発信・伝達・共有方法、すなわち情報連絡プロトコル (communication protocols)を確立することを目的とするものである。
 AEPについては、米国連邦規則集第14巻パート139第139.325条と米国連邦航空局 (Federal Aviation Administration, FAA)のAC150/5200-31Cにより規定されている。しかし、上記のように、空港はそれぞれ異なった特徴を有することから、AEPを作成・更新・強化するための方法やそのプロセスも異なったものとならざるを得ない。その具体的な要因としては、ハザード、リスク、脅威といった危険性の内容、政治的・経営的優先事項、関係機関・組織や地域との連携能力、スタッフの経験と能力、各種規制や想定外のインシデント等が挙げられる。

● FAAの空港緊急時対応計画に関する規定の策定の経緯

 1985年8月に、デルタ航空191便がダラスフォートワース国際空港の滑走路17Lへの進入中にマイクロバーストに遭遇して墜落した事故は、AEPの要件の見直し等、航空業界全体に大きな変化をもたらす契機となった。米国国家運輸安全委員会 (National Transportation Safety Board, NTSB)は、この事故への対応に関する問題点を特定し、1986年9月に安全勧告 (Safety Recommendation A-86-90/91)を発した。勧告では、空港に関わる機関・組織間の情報連絡方法と協力体制の有効性について毎年確認することと、少なくとも24か月に1回AEPに基づく全体的トレーニング(緊急時対応訓練)を実施することを空港に対して求めている。
 このNTSBの安全勧告に対応して、FAAは1989年にAC150/5200-31を発行した。これにより、米国連邦規則による認証空港 *3 は、とりわけ情報連絡の方法と体制に関する要件を満たすAEPを整備することが必要となった。さらに、AEPを毎年見直し、36か月ごとにトレーニングを実施することも必要となった。
 10年後の1999年には、改定版 (AC150/5200-31A)を発行した。これは、米国連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency, FEMA)が1996年に制定した指針 (State and Local Guide 101)に基づく包括的緊急事態管理 (Comprehensive Emergency Management)の4つの段階、すなわち軽減 (mitigation)、準備 (preparedness)、対応 (response)、復旧 (recovery)に言及しているものの、それらにおける方策を必要とするとまではしていない。空港は、主に初動対応 (response)と応急復旧 (initial recovery)に重点を置くべきであり、詳細な軽減方策、管理方策や復旧計画には個別に対処すればよいとしている。
 その後2001年に発生した同時多発テロ事件後に、FEMAは、2004年に国家対応計画 (National Response Plan)を、2008年には国家対応フレームワーク (National Response Framework, NRF)を制定した。NRFは、上記のNIMSで規定された拡張性、柔軟性、適応性のある概念に基づいて構築された、あらゆる種類の災害や緊急事態への国家の対応方策を示したガイドであり、国全体の機関・組織等の主要な役割と責任を規定している。
 FAAは、これを受けて、2009年にAC150/5200-31B、31Cと相次いで改定を行った。最も注目すべき変更点は、NIMSとNRFを組み込んだことであり、これによりAEPは全米標準に沿うものになったが、旧版と同様に、緊急事態のすべての段階における方策を規定したものとはなっていない。
 現時点では、米国の空港におけるAEPは最新版 (AC150/5200-31C)により定められた基本形に原則として従ったものとなっている。AEPの要件には、指揮と制御、通報、警報と警告、情報公開、防御措置、法執行、救急・消防、健康・医療、資源管理、運用・保守といった、初版で規定された多くの事項がそのまま含まれている。また、AEPの見直しを毎年実施し、本格的なトレーニングを36か月ごとに実施するという要件も引き続き残されている。
 全米各地の空港に対して行ったアンケート調査の結果からは、米国連邦規則とFAAの規定は規範的で、厳格かつ柔軟性がなく、対応しにくいものであり、10年以上前に発行されたFAAの規定は新たな危険性に対して十分ではない可能性があると評価されていることがうかがえる。そのため、多くの空港では、AEPをこれらの規定に適合させるだけではなく、想定し得るハザードを対象にしたAEPの策定、トレーニング、演習を通じて、ハザードに対する準備、対応、復旧への取組みを強化しているのが現状である。

● 米国連邦規則による空港緊急時対応計画の要件

 米国連邦規則集第14巻パート13第139.325条 (Title 14 Chapter I Subchapter G Part 139 Subpart D § 139.325)は、認証空港が具備しなければならないAEPについて規定している。以下にその概要を示す。
● AEPの作成・維持
 認証空港は、緊急事態発生時の人的・物的損害の可能性とそれらの損害の程度を最小限とできるAEPを作成・維持しなければならない。
● 緊急事態の種類
 AEPには、次の緊急事態が発生したときに迅速に対応するための方法を記述しなければならない。

  航空機のインシデント・アクシデント
  爆弾事件
  構造物の火災
  燃料供給・貯蔵場所での火災
  自然災害
  危険物関連のインシデント
  サボタージュ、ハイジャック等の空港運用障害
  航空機走行区域の照明の電源障害
  水難救助が必要となる事案
● AEPの記述対象事項
 AEPには、次の事項について記述しなければならない。
  最大航空機の乗客・乗員に対応可能な医療サービスの内容
  病院、その他医療施設の名称、所在地、電話番号、緊急時対応能力ならびに医療支援・被災者搬送支援業務を提供可能な空港・周辺地域の医療従事者の勤務先住所と電話番号
  医療支援・被災者搬送支援業務を提供可能な空港・周辺地域の救助隊、救急サービス、軍事施設および行政機関の名称、所在地、電話番号
  負傷者や死亡者を空港内の所定の場所に搬送するために必要となる車両、航空機等のリスト
  被災者、負傷・死亡者を収容可能な空港・周辺地域の建物のリスト
  緊急事態発生時に群衆管理を担当する保安・警備機関の名称・所在地を含む群衆管理の計画
  故障した航空機を撤去する方法(航空機撤去の責任を有する機関の名称、所在地、電話番号を含む)
● AEPの規定対象事項
 AEPには、次の事項に関する規定について記述しなければならない。
  歩行可能な被災者の整理、移送およびケアの方法
  故障した航空機の撤去方法
  緊急警告/通報システム
  緊急時対応方法に関する空港管理者と管制担当者間の調整方法
● 情報連絡プロトコル
 AEPには、責任を負う機関・組織、担当者等に対する、航空機事故の発生場所、乗客・乗員等事故関連人数、その他の必要な情報を伝達するための情報連絡プロトコルについて記述しなければならない。
● 空港隣接水域における被災者の救助
 AEPには、空港に隣接する水域において航空機事故の被害者を救助するための規定について記述しなければならない。
● 認証空港の責務
 認証空港は次の責務を有する。
  AEPについて、行政機関、救急消防機関、医療機関・医療従事者、空港の主要テナント等、AEPに基づく責任を有する関係者と調整する。
  可能な限り、前項の機関・施設、関係者がAEPの策定に参加できるようにする。
  責任を有するすべての空港職員に各自の役割を把握させ、かつ適切なトレーニングを受けさせる。
  少なくとも12か月に1回、AEP策定に関わるすべての担当者とともに計画を見直す。このときには、すべての担当者が自らの責任を認識できていること、AEPにあるすべての情報が最新のものであることを確認する。
● クラスI空港 *4 におけるトレーニング
 クラスI空港では、36か月ごとに少なくとも1回、AEPに基づくトレーニングを実施しなければならない。

 

(注)

*1 インシデントは実際に発生してしまった事象(=災害)。ハザードは起こり得る事象、リスクは現時点で想定し得る事象を意味している。
*2 米国国家インシデント管理システムは、米国内のあらゆるレベルの行政機関、NGO、民間セクタが協力してインシデントの予防、防御、軽減、対応、復旧を行うためのガイド。インシデント発生時における関係者の連携方法を示している。
*3 認証空港は、米国連邦規則集第14巻パート139の規定を満足していることをFAAにより認定された証拠である、空港運用証明を有している空港。乗客9人以上の航空機による定期旅客サービスまたは31人以上の航空機による不定期旅客サービスを行う空港が対象である。当コラム第25回 「空港の安全性に関する自己点検」 (2018.5)参照。
*4 クラスI空港は、認証空港のうち、大型航空機の定期運航と不定期旅客運航ならびに小型航空機の定期運航に供する空港。当コラム第26回 「空港の安全性に関する自己点検 (2)」 (2018.7)参照。

 

参考資料
Airport Emergency Plan, AC 150/5200-31C, FAA, 2009.
Guide for All-Hazard Emergency Operations Planning, State and Local Guide (SLG) 101, FEMA, 1996.
National Incident Management System, Third Edition, FEMA, 2017.
National Response Framework, Fourth Edition, FEMA, 2019.
Practices in Airport Emergency Plans, A Synthesis of Airport Practice, ACRP Synthesis 115, Transportation Research Board, 2021.
https://www.ecfr.gov/current/title-14/chapter-I/subchapter-G/part-139/subpart-D/section-139.325
https://emilms.fema.gov/is_0703b/groups/10.html
https://www.ntsb.gov/safety/safety-recs/RecLetters/A86_90_91.pdf

(続きは次回)

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