八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めています。サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例として、今回はモーリシャス共和国サー・シウサガル・ラングーラム国際空港を紹介します。
モーリシャス共和国の主島モーリシャス島にある国際空港。長さ3,040mの滑走路とターミナルビルを有している。旅客数は3.9百万人(2019年)。
モーリシャス共和国サー・シウサガル・ラングーラム国際空港 (MRU)は、サステナビリティの実現に向けた取組みをすでに開始していたが、コロナパンデミックという困難な状況に対応するためにはその戦略を見直さなければならなかった。
実際、コロナパンデミックによりMRUは国境閉鎖を余儀なくされ、航空旅行は深刻な影響を受けた。その結果生じた巨額の経済的損失により、サステナビリティを向上させるための多くのプロジェクトを始めとしたサステナビリティプログラムの実施スケジュールが狂ってしまった。これに加えて、旅客の安全と健康を確保し、航空旅行の再開を促す上で欠かせない航空・空港の信頼性を回復するためには、リソースを追加投入して効率的な健康・衛生プロトコルを早期に実現することが必須となった。
このような状況下で、空港の運用を迅速に再開するために、高額の投資が必要なプロジェクトを延期し、代わりに、リソースを適切に活用することで、投資額は小さいものの、航空・空港の信頼性回復の実現とサステナビリティの向上に関して効果が大きいと考えられるプロジェクトに取り組んでいる。
MRUがサステナビリティの実現に向けて再構築したアプローチは、空港全体での固形廃棄物管理のさらなる改善に向けた取組み、空港関係者への啓発活動の推進、そして現在の空港カーボン認証レベルの維持である。
健康・安全
モーリシャス共和国の全ての空港 (AML)は、スタッフならびに関係者の健康、安全、幸福に配慮している。特に、コロナパンデミック以降は、健康・衛生状況を常時監視するとともに、スタッフや空港利用者を保護するために必要な措置を講じている。
具体的には、次のような個人用防護具(Personal Protective Equipment, PPE)をスタッフ向けに用意している。
・カバーオール(使い捨て全身保護作業着)
・透明フェイスシールド
・N95マスク
・医療用マスク
・安全グローブ
・再利用可能マスク
このほか、全ての到着旅客に対してPCR検査を行うための施設を設けている。
検査と監視
AMLでは、安全衛生チームがスタッフのPPEの使用方法と使用状況について、検査と監視を常時実施している。このほか、健康・衛生プロトコルが最新かつ効果的であることについても確認している。
この検査・監視の結果については、健康安全委員会と空港緊急計画委員会で審議することにより、空港全体における健康・衛生プロトコルを確立するために活用している。
ワクチン接種
AMLは、行政機関と連携して、スタッフに対してワクチン接種を実施しているほか、継続してワクチン接種を受けることを推奨している。
コミュニケーション手段
コロナパンデミック下においては、電子メール配信、資料回覧、ポスタ掲示といった手段によりAML内のコミュニケーションを確保した。これは、健康・衛生プロトコルの遵守を促し、ワクチン接種キャンペーンを支援し、通常業務をスムーズに再開するために重要であった。
労働管理
空港ロックダウンや国境閉鎖の期間中、AMLの管理職には在宅勤務が奨励された。運用スタッフに対してはフレックスタイム制度が導入されたが、現時点では国境閉鎖が解除されているので、フライトに合わせた勤務体制に変更されている。
在宅勤務はコロナ感染のリスクを最小限に抑えることができるとともに、通勤時間とオフィススペースの削減、健康なスタッフの欠勤・離職率の低下、優秀なスタッフの雇用維持、職場環境の満足度と生産性の向上も可能となる。また、フレックスタイム制では勤務形態を文字どおり柔軟なものとできるので、より仕事に集中できるという効果がある。
健康診断
安全衛生基準の高レベル化が業績の向上につながることから、AMLはスタッフへの安全な労働環境の提供に取り組んでいる。中でも、スタッフの安全と健康が最優先事項であり、事故を防止するとともに健全な職場環境を維持するための仕組みの整備を図っている。たとえば、50歳以上のスタッフと救急消防部門ならびに空港運用部門のスタッフを対象とした健康管理制度を設け、2020年3月からスタッフの健康診断受診体制を整えている。
空気の質・気候変動
AMLは、2017年にACI空港カーボン認証プログラム* への取組みを開始し、炭素とエネルギ管理に関するベストプラクティスを確立・実施することを目指している。現在は、そのカーボン認証をレベル2にアップグレードする過程にあり、炭素排出量を削減するためのアクションプランの実行を表明している。ACI空港カーボン認証プログラムへの投資は、燃料やエネルギの消費を大幅に削減し、温室効果ガス排出量削減に関する世界的な目標の実現に貢献するとともに、空港自体にも長期的には利益をもたらそう。
今後2025年までにACIカーボン認証レベル4を達成することを最終目標として、さらなる取組みを計画している。
騒音管理
AMLは、2019年1月に職場騒音調査を実施し、騒音レベルが許容限界値 (70dBA)を超える危険性のあるエリアを特定した。それらのエリアに対しては、次の対策を実施している。
・スタッフへの適切な個人防護具(イヤーマフ)の提供
・健康リスクを抑制するための新しいプロトコルの整備
・聴覚保護ゾーンの設定
・航空機着陸時の騒音が高レベルになる区域の場周フェンスへの警告標識の掲示
固形廃棄物
固形廃棄物の空港外への搬出量を削減するために、2021年以降オフィス用紙を分別して、リサイクル事業者へその処理を委託している。
PETボトル
2019年5月以降、ターミナルビル運営会社と連携して、PETボトルのリサイクルを実施している。
使用済み車両用バッテリ
2020年8月以降、リサイクル事業者と連携して、使用済みの車両用バッテリのリサイクルを実施している。
使用済みインクカートリッジ・トナー
2020年11月以降、リサイクル事業者に委託してインクカートリッジとトナーのリサイクルを実施している。これにより使用済みカートリッジとトナーの10%以上がリサイクルされている。
廃棄段ボール
2020年12月以降、リサイクル事業者と連携して不要となった段ボールを分別収集し、リサイクルしている。
使用済みオイル
2021年5月にリサイクル事業者との契約を更新して、使用済みオイルを回収して搬送・処理するプロセスの実現に取り組んでいる。
使用済み車両用タイヤ
車両用タイヤの交換を空港ガレージで実施し、使用済みとなったタイヤを環境に配慮した方法により処分している。
空港環境保全委員会
空港環境保全委員会を2020年2月に設立し、空港に関係する環境的課題を解決するとともに、それらの情報を空港全体で共有し、各種プロトコルの順守状況を監視・フィードバックしている。
この委員会を四半期ごとにまたは必要に応じて随時開催することにより、空港全体の情報交換が促進され、共通の環境的課題が短期間で解決できるようになった。
環境に関する意識向上トレーニング
2021年1月に施行された使い捨てプラスチック製品の使用禁止、2021年3月に施行されたレジ袋の使用禁止という新しい国の規制を遵守するために、AMLは関係諸機関と連携して、2020年末に空港関係者向けの意識向上トレーニングを実施した。このトレーニングには約80人のスタッフが参加し、参加者に対してはそれぞれの組織内で環境対策のリーダとして活動するよう要請された。
このほか、意識向上ポスタの掲示やビデオクリップの配布等もなされている。
旅客数と航空機運航回数は空港の主要な業績指標である。2021年上半期におけるMRUの航空収入は、2020年の同じ期間と比較してコロナパンデミックの影響により95%以上の減少となった。国は、2021・2022年度において、2021年7月中旬からの国境の一部開放により、観光客が65万人まで回復すると見込んで、予算編成を行っている。
環境に関する課題の最新情報はAML内で共有されている。具体的には、安全、セキュリティ、運用、健康そして環境に関するリスク管理について担当する委員会にて報告・共有されている。
(注)
* Airport Carbon Accreditation.ACIによる国際的に承認された方法論に基づく空港に特化したカーボンマネジメントに関する認証プログラム。当コラム第42回参照。
参考資料
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021
https://mauritius-airport.atol.aero/corporate
https://mauritius-airport.atol.aero/
(続きは次回)