八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めています。サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例として、今回は米国・サンディエゴ国際空港を紹介します。
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴに位置する国際空港。長さ2,865mの滑走路1本と2つのターミナルビルを有している。旅客数は2千5百万人(2019年)。
米国・サンディエゴ国際空港 (SAN)は世界で最も持続可能性の高い空港となることをめざして様々な取組みを進めている。この一連の取組みは空港としてのレジリエンスの向上をもたらしており、コロナパンディミックからの回復を促進するとともに、航空輸送・旅行に対する信頼性の回復にも役立っている。
空港のレジリエンスの向上は具体的には、以下の点からみて有用である。
・収益源の多様性の確保と支出の適正化の実現
・航空輸送・旅行のニーズの変化に対して迅速かつ適切な対応が可能となる組織の構築
・効果が高い環境的イニシアチブの策定と実行
SANは、様々な企業と連携して新しいテクノロジとサービスを導入することにより業務効率を改善して、収益を増やす取組みを行っている。具体的には、組織戦略5ヶ年計画とも一致する、優先度の高いアクションを3つ設定している。
1つ目のアクションは、新ターミナルビルT1の整備であり、既存のターミナルビルT1をより斬新、効率的かつ快適で、30箇所のゲートを有する新しいターミナルビルT1に置き換える取組みである。この新T1は先進的な空調・空気清浄 (HVAC)システムの採用、250以上の電気自動車充電ステーション(エアサイドおよびランドサイド)の設置といった、数多くの持続可能な機能を有するものとなる計画である。
2つ目のアクションは、旅客等空港訪問者の空港での滞在を快適かつ安全なものにしようとする取組みである。この取組みに関しては、最近、ACIから空港健康認証 *1を受けている。
3つ目のアクションは、SANイノベーションラボ *2などのイニシアチブを実行して、旅客の増加と乗入れ航空会社の新規開拓を図ることにより空港ビジネスを活性化する取組みである。
SANが実施しているスモールビジネス開発プログラム*3はサステナビリティの実現に向けた社会的イニシアチブの好例であるが、これ以外にも数多くのイニシアチブに取り組んでいる。
中でも、空港スタッフの労働環境改善の一環として、特に空気の質の改善に焦点を当てて、GSE車両のクリーン化、すなわち代替燃料使用車両への変更を進めている。具体的には、航空会社と連携して、約850台のGSE車両のうち80%以上を3年以内に代替燃料使用車両(電気および再生ディーゼル)に変更することを明らかにしている。また、エアサイドの充電設備への投資を進め、各ゲートに充電ポートを4基設置することとしている。
このほか、サンディエゴ協議会 *4と連携して、空港への交通アクセス手段の改善について検討している。具体的には、新T1に鉄道駅の設置を計画しており、これにより将来的には新T1と既存のターミナルビルT2へのアクセスが容易になろう。2022年には電動シャトルバスサービスを導入し、地域ライトレールシステムと接続することにより、空港への公共交通機関の利用者数の増加を図り、周辺道路の混雑緩和、排気ガスの削減に成功している。また、公共交通機関を通勤に使用している9,000人の空港スタッフもよりクリーンで快適な通勤が可能になっている。
さらに、SAN Green Concessionsプログラムとして、飲食サービス提供事業者と連携して、食料品支援イニシアチブを実行している。具体的には、週に一度事業者から余剰食品を収集して、地域の退役軍人・ホームレス支援組織へ提供している。このイニシアチブにより2019年には134,000食の寄付を実現でき、SANの社会的サステナビリティの向上に大きく貢献している。
レジリエンスを向上するために、SANは、主として気候変動に焦点を当てて、数年間にわたってCO2排出量の削減とそれに関する取組みを実施してきている。カーボンニュートラルプログラムと気候変動レジリエンス向上プログラムはその取組みの基盤を成しており、ACI空港カーボン認証プログラム *5におけるレベル3+(中立)の認証を受けたことはその進捗状況を示す証左である。
サンディエゴ地域では、酷暑、豪雨、洪水といった自然災害の激甚化、高頻度化が今後予想されている。そのため、SANにおける新規プロジェクトはこれらに対応できるものとする必要がある。現に、最近完成した航空会社ビルの床高については、2100年における予想海面高に対応できるような高さに設定している。また、新T1には再生水が利用可能な二系統配管システムを有するトイレ、冷房能力を大幅に高めたHVACシステム、空港内での太陽光発電・バッテリ蓄電システムといったレジリエンス向上策の導入を検討している。
旅客の増加と気候変動に対応するため、水資源の管理方法についても再検討を行ってきている。その中心にあるものは空港内で再利用するための雨水の収集システムである。2018年に供用を開始したT2の駐車場は、雨水の収集・再利用システムを導入した初めてのプロジェクトであり、中央プラントのクーリングタワーに雨水を供給している。また、貯水槽については空港の北側に1.1万m3のものを最近設置したほか、T1にも別のものを計画している。これにより、年間15万m3以上の雨水を収集、貯留、処理、再利用できることになり、空港およびその周辺地域においては水道水使用量の削減が可能となろう。
空港が周辺地域経済に多大な貢献をすることはよく知られており、SANの場合も例外ではない。現に、SANが周辺地域に及ぼす経済的貢献はコロナパンディミック前には年間約120億ドルに達していた。しかし、コロナパンディミック下にあっては、周辺地域における失業率が1991年、2008年といった不況時よりも高い水準に達するほど低下し、地域経済を冷え込ませる事態となった。
今回新たに計画しているT1の整備は、その全体費用が約30億ドルであることから、地域経済の活性化と雇用創出に大いに貢献することになるが、これに加えて、新しい航空路線の誘致も可能となるので、地域経済を国内外の市場とより密接につなげることができるようになろう。このことからも、SANがパンディミック後の地域経済の回復において重要な役割を果たすことは間違いない。
SANは、トレーニング、ビジネス認証、ネットワークイベントを毎月開催し、地域の中小企業の新しいビジネスの獲得に役立つ中小企業開発プログラムを実施中である。これら地元企業は、このプログラムにより過去10年間で7億5千万ドルの建設工事と2億5千万ドルの小規模事業の契約を得ている。T1は、これらの企業のみならず、コロナパンディミックの影響を特に大きく受けている社会的弱者運営企業にとっても、絶好のビジネスチャンスとなろう。
SANは、サステナビリティに関してホームページにて毎年レポートを公開している。そのレポートは経済、環境、社会の3つのセクションに分かれている。サステナビリティ実現に向けたプログラムの進捗状況は、今後5年間における目標と戦略を示した組織戦略計画と環境資源保全に関するサステナビリティマネジメントプログラムに基づいて計測されている。
これらの情報は、GRI *6の方針に従って整合性と透明性が確保されている。
(注)
*1 Airport Health Accreditation.ACIが策定した、旅客やスタッフの健康対策を評価するプログラム
*2 SAN Innovation Lab.SANが機能を強化するために適用可能な自動オペレーション技術を検討する場を企業等に提供するプログラム
*3 Small Business Development Program.女性、少数民族、障害者、復員軍人等、社会的弱者が運営する企業 (Disadvantaged Business)がSANと取引可能となる機会を創出するプログラム
*4 San Diego Association of Governments.サンディエゴ地域における、交通、大気質、エネルギー、経済発展、公衆衛生、公共安全性等、様々な地域問題の解決を図るための協議会
*5 Airport Carbon Accreditation.国際的に承認された方法論に基づく空港に特化したカーボンマネジメントに関する認証プログラム。当コラム第41回参照
*6 Global Reporting Initiative.当コラム第41回参照
参考資料
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021
https://aci.aero/programs-and-services/airport-accreditations/aci-airport-health-accreditation-program/
https://www.san.org/
https://www.sandag.org/
(続きは次回)