八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めています。サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例として、今回はインド・インディラガンジー国際空港を紹介します。
インド共和国デリーにある国際空港で、エアインディアのハブ空港。滑走路3本と3つのターミナルビルを有している。旅客数は5千9百万人(2022年)。
コロナパンデミックは、世界全体に関わる大きな課題ではあるが、各種プロセスの改善、イノベーションの進展、効率改善策の強化、資源の保全、気候変動への対応を図る上で絶好の機会となっている。
航空輸送・旅行はコロナ前の状況に向かって徐々に勢いを増しているが、インドの国内線部門ではその傾向が顕著に見られる。近い将来には航空輸送・旅行が通常に戻り、「新しいやり方」を維持しながら成長し続けることが予想されている。
インド・インディラガンジー国際空港 (DEL)は、デジタル化、自動化、コンタクトレス化により、持続可能でリソース効率の高い空港、すなわちサステナブルエアポートになることをビジョンとして掲げている。
DELが設定している「持続可能な未来の構築」というミッションには、2030年までに炭素排出量ネットゼロ空港になるという計画が含まれており、気候変動に関する政府間パネルの1.5℃低減シナリオに従って、長期的な炭素排出量削減目標を具体的に設けている。DELがACIの空港カーボン認証プログラム*1 の「レベル4+ 移行」認証を取得したことは、この方向に向けた進展の証拠である。
DELは持続可能性を戦略的計画プロセスにおける最優先事項としているが、コロナパンデミック下におけるこの取組みは、サステナブルリカバリ計画の一環として、サステナビリティ、脱炭素化、気候アクションに焦点を当てたものである。
DELは、コロナパンデミック下における状況からの回復と財政の安定を維持することに注力している。特に、旅客の安心感・安全性と満足度を向上させて、スムーズな空港運用を図るとともに、スタッフの健康と幸福度向上にも努力している。
また、サステナビリティの実現に優先的に取り組んでおり、そのためのイニシアチブについても着実に実行を進めている。これに加えて、気候変動対策、グリーンインフラの開発、技術イノベーションの進展、デジタル化等も主要な優先項目となっている。これらを実行するために、さまざまなイニシアチブが空港運用において採用されており、また現在実施中の空港拡張プロジェクトでも採用されている。
DELは、上のように、2030年までに炭素排出量ネットゼロ空港になることを目指しており、そのためにエネルギの節約、グリーンインフラの開発、再生可能エネルギの利用、外部とのパートナシッププログラムの実行、グリーン交通プログラムの実行、温室効果ガス管理システムの活用、植樹等により炭素排出量の削減を図っている。
社会的持続可能性はサステナビリティのコアとして不可欠な部分であることから、DELは社会貢献に対する取組みをサポートし、すべての社会活動を強力に推進している。
旅客、スタッフ、そして周辺コミュニティに対しては、健康度と幸福度の向上に取り組んでいる。たとえば、旅客とスタッフのために、空港内に医療スタッフが常駐する医療施設を設けている。また、周辺コミュニティに対しては、医療支援を受けることができない高齢者・社会的弱者を対象にした移動式医療ユニット(車両)を運用している。このほか、住民に質の高い医療を提供するためのヘルスキャンプも定期的に実施している。また、妊婦と若い母親を対象にした栄養サポートセンタを運営するとともに、健康と栄養に関する啓発セミナを実施している。
さらに、周辺コミュニティに質の高い教育を提供するために職業訓練センタを設立して、若年者に対して技術的トレーニングを施すことにより就労の可能性を高めている。また、公立学校の生徒を対象にテクノロジを活用した学習環境の提供もしている。
幼児に対してもその身体的、知的、感情的そして社会的成長を促進するためのプレスクール教育を提供し、支援を必要とする子供達に対しては特別教育を提供している。また、学生らにコンピュータリテラシについての教育を施すとともに、貧困家庭の学生に対しては高等教育と専門教育を受けるための奨学金を提供している。
◆空港カーボン認証プログラム
DELはACIの空港カーボン認証プログラムにおける「レベル4+ 移行」認証を2020年にアジア太平洋地域で初めて初めて取得している。また、ステークホルダと積極的に連携して炭素排出量を効率的に管理し、その削減に成功している。この炭素排出量削減プロジェクトとしては、ボーディングブリッジ、Taxibot(トーイングカート)、空港CDM *2、電気自動車、マルチモーダル交通、ハイドラントシステム等の採用が挙げられる。このような取組みによりレベル4+の認証を継続して、2030年までに炭素排出量ネットゼロ空港になることを計画している。
◆再生可能エネルギ
DELはエアサイドに発電量7.84MWの太陽光発電所を設置しているが、これだけでは不十分なため、不足分については炭素排出量を間接的に減少できる再生可能電力をオープンアクセスにより調達している。2020-21年度には、空港全体の需要の90%以上の電力を再生可能電力により賄っている。最終的には、全ての電力を再生可能な、すなわち炭素排出量ゼロのエネルギ源から調達して、国全体の炭素排出量削減目標の達成に資することを目標としている。
◆グリーンコンストラクション
DELは、最新のインフラ開発技術と先進的な省エネ技術を取り入れたグリーンインフラプログラムを採用するとともに、環境に配慮した職場文化を醸成し、航空局、ステークホルダ、周辺コミュニティとの共同パートナシッププログラムに参加するなど、持続可能なグリーンエアポートの実現に向けた取組みを着実に進めている。
ターミナル3は2011年にLEED*3 の新設建築物部門でゴールド認証を受けた世界初の空港ターミナルビルの一つであり、2016年にはインドグリーンビルディング協会の既設建築物部門でプラチナ認定も受けている。また、現時点では、ターミナル1について、ポンプシステム、冷却タワーなどのエネルギ効率の高い電気・機械システムを備えたLEEDゴールド認証建築物として整備を進めている。
◆廃棄物管理
廃棄物管理は環境マネジメントにおける重要な要素である。DELは、廃棄物の収集、分別、貯蔵、取扱、処理に関する廃棄物管理システムを確立することにより、すべての規制要件に適合することを目標としている。
具体的には、廃棄物管理のために削減 (Reduce)、再利用 (Reuse)、リサイクル (Recycle)、回収 (Recovery)という4R戦略を採用している。廃棄物管理のサステナビリティをさらに高めるために、「廃棄物から宝 (Waste to Wealth)」プログラムを開始しており、廃棄物回収施設、バイオガスプラントなどを備えた総合廃棄物管理センタを空港内に設けている。廃棄物のうち、有害廃棄物、電子廃棄物、廃バッテリ、建設・解体廃棄物、バイオメディカル廃棄物といったものについては国の法的枠組みに従って管理している。
廃棄物管理に関する主要なイニシアティチブは次のとおり。
・ | 空港全体における2分別システムの導入による、廃棄物の発生時点における分別の確実化 | |
・ | 特定の場所における4分別システム導入による、リサイクル可能廃棄物の細分別の実施 | |
・ | 「使い捨てプラスチックの不使用」方策の実施 | |
・ | オフィス・管理部門からのほご紙のリサイクルプログラムの実施 | |
・ | 「カイゼン」活動などスタッフ参加によるイニシアチブの策定 |
◆水管理
水は、効率的、衛生的で旅客が利用しやすい空港であるために必須の要素の一つである。DELは、水の量・質についてモニタリング、保全、強化、汚染からの防護、適切な分配を継続して行うことにより、持続可能な開発と管理を実現することを目標としている。水道水の使用量を減らすために、削減、再利用、涵養 (Recharge)という3R戦略を採用している。
水管理に関する主要なイニシアチブは次のとおり。
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500万L/日の処理が可能な高度水処理プラントの設置。これにより、ターミナルビル内の旅客に対して高品質の水が供給できる。 | |
・ | 1,700万L/日の処理が可能な下水処理プラントの設置 | |
・ | 地下水の涵養を可能とするための350箇所の雨水浸透貯留施設の設置 | |
・ | 空港拡張計画における雨水関連施設と貯水池の増強 |
DELは、その経済活動が周辺地域の経済活動に大いに貢献できるように、ビジネス機会や雇用の創出、観光の促進といったものを推進している。空港自体の成長につれて、関連するインフラやサプライチェーンも発展している。具体的には、Aerocity(空港隣接商業施設)、貨物ゲートウェイ(空港内倉庫施設)、フライトケータリング事業、グランドハンドリング事業、燃料供給事業といったものである。
DELの経済影響評価については、NCRER*3 が次のように報告している。
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290万ルピーに相当する雇用創出をもたらしている。これは国全体の総労働者数の約0.56%に相当する。 | |
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国民所得として8,000億ルピーの付加価値をもたらしている。これは、GVA(国民総付加価値)の約0.7%に相当する。 |
DELは、目標の達成と空港運営の継続性を実現するために、強力なガバナンス機構を導入している。また、スタッフ向けに行動規範や倫理規定を含むさまざまなガイドラインを用意している。
組織のパフォーマンスについては定期的にレビューするとともに、サステナビリティの実現状況についても半年ごとにレビューし、GRIスタンダード*4 に従って報告書を作成している。その中では国連の持続可能な開発目標 (SDGs 2030)の進捗状況についても報告している。主要なパフォーマンス指標については、年次財務報告書として公表している。また、必要に応じて、サステナビリティに関するパフォーマンスについてステークホルダ、投資家、政府機関に報告している。
DELは、国際市場で資金を調達するためにグリーンボンドを空港としてアジアで初めて発行した。そのために、グリーンファイナンスフレームワークを策定し、グリーンプロジェクトへの投資を促すために透明性向上に関するガイドラインを作成している。このフレームワークには、グリーンコンストラクション、エネルギ効率、持続可能な水管理、炭素排出量ネットゼロ交通、汚染防止・管理、再生可能エネルギといったものに関連するプロジェクトが含まれている。
(注)
*1 ACIが2009年に開始した、国際的に承認された方法論に基づく空港に特化した炭素排出量管理に関する認証プログラム。当コラム第42回参照。
*2 Airport Collaborative Decision Making.空港管制機関、航空会社等の関係者が航空機の運航情報と空港の運用情報を共有して、機材、施設等のリソースを最大限に活用して協調的に空港運用能力を強化する取組み。
*3 National Council of Applied Economic Research.1956年に設立された、インド最大の独立非営利の経済政策研究シンクタンク。
*4 GRI (Global Reporting Initiative)が2016年に発表した、様々な組織が環境、社会および経済に与えるインパクトを報告する際の基準。当コラム第41回参照。
参考資料
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021
Economic Impact Assessment of Delhi International Airport, National Council of Applied Economic Research, 2012
https://www.mlit.go.jp/common/001429768.pdf
(続きは次回)