八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めています。サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例として、今回はドイツ・シュトゥットガルト空港を紹介します。
ドイツ連邦共和国シュトゥットガルト市にある空港で、ユーロウイングス (Eurowings)のハブ空港。長さ3,345mの滑走路1本と4つのターミナルビルを有している。旅客数は1千3百万人(2019年)。
ドイツ・シュトゥットガルト空港 (STR)は、長年にわたり、サステナビリティを空港マネジメントの中核に据えている。今回のコロナパンデミックにより様々な面において深刻な影響を受けたが、フェアポートSTR (fairport STR)というコンセプトに基づいて、ヨーロッパで最も優れたサステナブルエアポートの一つになるという取組みを続けている。
この困難な時期において、STRは組織全体のモチベーションを高めるべく、指針「#staySTRong」を定めた。これは、このような状況下にあっても人々の旅行や観光に対する欲求が衰えていないため、STRはそのレジリエンスを保持しなければならないからである。ただし、航空交通の活性化を図って、将来にわたって保持するためには、空港ならびにフライトの炭素排出量ゼロ化(ゼロエミッションフライト)に向けて努力しなければならないことは言うまでもない。
◆「#staySTRong」:人材雇用と流動性確保が最優先
STRは、人口が密集し、かつ輸出産業が多数立地している地域に位置しており、航空交通の需要が今後回復することが予想されることから、安定した運営が求められている。そのために、「#staySTRong」という大規模なコスト削減プログラムを立ち上げて、今回の旅客減少により生じた経済的損失への対応を図っている。このプログラムの目標は、スタッフの雇用と流動性の確保を優先し、将来のレジリエンスを確保するというものであり、それを達成するための最も重要な方策は、スタッフの労働時間の短縮、新規雇用の停止、不要不急な投資の延期に加え、外部資金の調達による気候目標の達成に不可欠な炭素排出量削減プロジェクトの推進である。
◆「STRzero」:コロナパンデミック下における脱炭素戦略の再認識
STRは、コロナパンデミックによる経済的損失にも関わらず、上記目標達成と総合的なサステナビリティ実現に向けて積極的な取組みを進めている。たとえば、ACIヨーロッパが提唱するネットゼロイニシアチブ *1 に賛同して、遅くとも2040年までに炭素排出量ネットゼロを実現することを表明している。具体的には、「STRzero」と称する脱炭素戦略を策定し、これに基づいて地球環境を保全するために必要となるあらゆる方策を講ずることを表明している。
STRは2020年にエネルギと気候に関するマスタープラン (Master Plan Energy and Climate 2050)を策定した。この炭素削減計画は、太陽光発電、電気自動車、エネルギ貯蔵システムなど、その時点で利用可能な技術を活用して空港運営に関係する炭素排出量を1990年基準で約90%削減する方法を示したものであり、2020年から2050年までの5年ごとの気候とエネルギに関する具体的な対応計画を示している。
STRは、2050年(現時点では2040年に前倒し)までにネットゼロを実現するという目標達成に向けて全力を挙げて取り組んでいる。この目標を達成するための方策としては、建物と施設・設備を単に更新するだけでは大規模な投資が必要になるので、最新の技術とスタッフの豊富な知見を活用するものが不可欠である。特に、意欲的な熟練スタッフは最も重要なリソースであり、人材雇用と流動性確保はサステナビリティリカバリ計画の最優先事項である。
◆scope 1~3における炭素排出量の削減
STRが掲げている2040年までのネットゼロ実現に向けた具体的な目標は、温室効果ガスプロトコル (Greenhouse Gas Protocol, GHP)のscope 1と2 *2 における炭素排出量を2030年までに50%削減すること(1990年比)、GSE車両を2030年までにネットゼロ化することである。
このほかにも、航空会社やテナント等に対する炭素排出量削減への取組みをサポートしている。具体的には、ゼロエミッションフライト化の促進、鉄道やバス等他の交通機関の利用促進へのサポートといったものである。
ネットゼロ化に向けて、STRは前年比で42%の炭素排出量の削減を達成した(scope 1と2の合計)。これはほぼ7千トンの炭素排出量の削減に相当する。その主な要因は、建物の近代化、再生可能エネルギの利用、そして車両の電動化である。特に、車両電動化戦略は当初から一貫して遂行しているものであり、電動化率は着実に増加し、現時点では280台あるGSE車両のうち104台が電動化車両となっている。なお、車両と関連インフラにはこれまでに約1,700万ユーロの投資をしている。
これに加えて、再生可能エネルギが脱炭素化に重要な役割を果たしていることから、空港で使用する全ての電力を再生可能エネルギ源とするものとしている。さらに、発電量が2.5GWhの太陽光発電所(1.5haの面積)を自ら運営しており、その発電量は着実に増加している。
航空セクタでは気候に悪影響を及ぼさない (climate-friendly)航空交通の実現へ向けた改革プロセスが進展している。STRは、独自の取組みとして地域の大学やドイツ航空宇宙センタと長年にわたって協働し、水素を動力源とする航空機の研究開発を早くからサポートしてきた。2019年には、炭素排出量が少なく、低騒音の航空機の運航を優遇する新たな空港使用料の料金体系を構築した。このほか、持続可能な航空燃料 (Sustainable Aviation Fuel, SAF)の利用に対して合計50万ユーロの補助金を拠出するとともに、最初の電動化旅客機に対しては空港使用料を1年間無料にする予定としている。
気候目標の達成に向けて、太陽光発電によるエネルギ生産量を現状の10倍以上に相当する約30GWhに増加するという計画を立てている。具体的には、建物の屋根やフェンスの一部など、太陽光発電に適するほぼすべての箇所へのソーラーパネルの設置を予定している。
太陽光や水力、風力などの再生可能なエネルギによる発電量が変動しやすいことから、電力供給を継続的かつ安定的に確保するために、STRはスマートグリッドの構築に取り組んでいる。これは、空港ターミナルビル内の空調設備、電気自動車等が必要とする外部電力量を、空港内の太陽光発電所の発電量に応じて調整するというものである。
STRは、ゼロエミッションフライト実現に向けたプロセスの構築が求められていることから、今後も技術進歩の加速化をサポートするとしている。たとえば、SAFの地元生産可能性に関する調査に積極的に関与しているし、また水素燃料電池等を動力源とする航空機による新たな航空燃料需要に対応可能な方策を推進していくことも予定している。
STRの組織文化は、持続可能な発展の基本ともなる信頼性、公正さ、誠実さを特徴としている。
STRのサステナビリティ戦略はそのミッションステートメントとともに空港運営の指針となっている。2010年から環境インパクトに関する報告書を作成して炭素排出量を公表しており、2020年には財務・非財務面両方の重要事項をまとめて5回目となる年次報告書を発行している。
コロナパンデミックの影響で経済情勢が大きく変化しているため、今後の炭素排出量削減プロジェクトのための資金確保が大きな課題となっている。STRは、ヨーロッパ、国、地域レベルの炭素排出量を削減するための資金調達プログラムに積極的に応募してきている。たとえば、電動化GSE車両と充電設備は、このようなプログラムによって資金の一部を調達できている。今後も、サステナビリティを実現可能とする最新技術を取り入れるために、グリーン資金プログラムに応募していくこととしている。
(注)
*1 管理範囲内での空港運営に関係する炭素排出量をネットゼロ化するという取組み。
*2 温室効果ガス排出量はその排出方法や排出者などにより区分されており、scope 1、2、3は、それぞれ、直接排出量、間接排出量、その他の排出量を表す。当コラム第55回参照。
参考資料
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021
https://www.stuttgart-airport.com/the-fairport/climate-protection-resources/destination-strzero/
(続きは次回)