[SCOPE] 一般財団法人 港湾空港総合技術センター

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コラム

第56回 「サステナブルエアポート (17)」  ~2023.07.01~

八谷 好高 客員研究員(SCOPE)

  

 今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めている。サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例として、今回は米国サンフランシスコ国際空港を紹介します。

サンフランシスコ国際空港 (San Francisco International Airport, SFO)

 米国西海岸における主要空港の1つで、ユナイテッド航空とアラスカ航空のハブ空港。01-19と10-28方向の2本ずつの滑走路、4つのターミナルビルを有している。旅客数は5千8百万人、貨物量は50万トン(2019年)。

● サステナビリティリカバリの実現方針

 米国サンフランシスコ国際空港 (SFO)は、コロナパンデミックからの経済的回復を果たす上での主要プレーヤとして、世界初のネットゼロエネルギ、ネットゼロカーボン、ゼロウェイスト(ゼロ廃棄物)、すなわち「ゼロ」空港になるという戦略的目標の達成に向けた取組みを推進している。SFOの位置するカリフォルニア州北部は、気候変動が原因の山火事によって最も大きな打撃を受けていることから、この「ゼロ」空港という目標は、今後も予想される気候変動に起因するイベントおよび現時点のコロナパンデミックの状況へ対応するために達成しなければならないものである。
 SFOの使命は、言うまでもなく、地域社会に航空サービスを提供することであり、2019年の時点では、航空機運航回数が47万回、旅客数が5千8百万人、貨物量が50万トンに達し、4万6千人を直接雇用し、110億ドルの経済効果を地域社会にもたらしていた。しかし、2020年の旅客数は前年と比較して70%以上減少しており、コロナパンデミック前のレベルに戻るには数年かかると予想されている。
 SFOは、「ゼロ」空港実現という目標を達成するために、リカバリフレームワークの下で運営、気候、社会的公正、資本に関する計画の実行に取り組んでいる。それぞれの計画は、コロナパンデミックと気候変動のリスクが同時に存在すること、たとえば、今後3℃の気温上昇があると重大な自然災害が引き起こされると予想されるので、コロナパンデミックが収束したとしても世の中の状況は「元通り」にはならないこと、を認識した上で立てられている。気候変動についていえば、2020年に、4,600人以上の消防士がカリフォルニア州内で22回の山火事の消火作業に当たった一方で、空港の全面積の50%近くが水没する事態に陥ったということは想像を超えていよう。

● アクションの優先順位付け

 サステナビリティは空港運営の基盤であり、現在のSFOの目標はACIの目標と2015年に自ら設定した目標に合致している。この目標は、ネットゼロカーボン、ネットゼロエネルギ、ゼロウェイストの「ゼロ」を達成するために成文化されたものである。これは空港の管理下にあるインフラや交通システムに直接影響を及ぼすものであり、空港内のテナントに対しても実現できるようにSFOがサポートしている。
 SFOは、「予測される」未来を変えるために必要な最重要の取組みとして、空港のインフラや航空機等すべての交通機関が炭素燃料消費量を減少する取組み、すなわち低炭素社会の実現に向けた取組みを続けている。特に、航空会社、テナントおよびFBO(運航支援事業者)からの炭素排出量が空港全体からのものの99%を占めていることから、これら航空会社、テナントおよびFBOは空港におけるエネルギ・廃棄物の削減とサプライチェーン全体での炭素排出量削減を推進する上で重大な責任を負っている。

● 社会的イニシアチブとアクション

 SFOは、周辺地域の社会的および経済的利益を最大化するために様々なプログラムを実施している。たとえば、周辺地域の就労希望者や小規模事業者に対して、空港に関連する様々な職務や業務を提供する取組みを実施してきている。また、空港スタッフの定着率を高めるために、様々な方策、具体的には、安心・安全の確保、十分な賃金の保証、健康保険や有給・病気休暇といった福利厚生制度の充実、を採ってきている。このほか、地域社会の様々な活動をサポートするとともに、空港スタッフにボランティア活動への積極的な参加を奨励してきている。周辺地域に対しては、社会・経済的責任、価値観、投資、地域コミュニティ参画の4つの優先的事項を設定して、コロナパンデミックの災禍からの回復とサステナビリティ実現のためのフレームワークを提供している。

建物の屋内環境に関する標準化と優先順位付け

 空港内の建物については、旅客や空港・航空会社・テナントのスタッフの安全や健康を確保できる屋内環境を提供することに留意して、設計、施工し、運用している。具体的には、屋内汚染源の除去、適切な換気・空調システムと空気ろ過システムによる汚染物質の除去、建物の試験運用の実施、計画的な運用およびメンテナンス計画の立案といったものである。
 建設資材・製品、仕上げ・装飾材料は、ホルムアルデヒドやトルエン等揮発性有機化合物(VOC)の排出量・含有量がゼロもしくは少ないことに加え、長期的に見た場合の地球規模での環境への影響を少なくできるとの観点から選定している。これにより建物内部のVOC濃度を低く抑えることが可能となっている。
 SFOの建物に関する情報は、グリーンビルディング評価システム、中でも、WELLビルディングスタンダード*1 やFitwel認証*2 を用いて公表されている。グリーンビルディング評価システムは人々の健康を確保することに焦点を当てたものなので、このシステムを利用してスタッフ・旅客の安全や健康確保方策のさらなる進展を図る必要があるとしている。
 SFOは、それまではヨガルームが設置されていることやペットボトルが禁止されていることで知られていた空港から、空気、水、温度、騒音、材料といった点で改善を進めている空港への移行を図っている。また、欠勤率の減少、マイノリティに対する社会的公正の確保、健康の増進、安全の確保、フィットネス機会の提供等、スタッフ・旅客に対する方策についても重要視している。このほか、WELLとFitwelの考え方を空港運営方針や計画・設計・施工ガイドラインに組み込んでいる。具体的には、ターミナル1に関しては、センタービルの設計フェーズに関してFitwel認証を取得しており、またボーディングエリアに関してもWELLビルディングスタンダード認証を得るべく準備している。これらの認証を得ることは、将来的な空港インフラの調査・設計・施工フェーズにおいて重要な意味をもつものと考えている。これらの取組みは、心身両面で負担を強いられている今の時期におけるワーク・ライフ・ウェルネスのバランスを確保するためのものであることから、建物の健全度とスタッフ・旅客の健康の両面においてコロナパンデミックに対応するモデルとして位置付けられる。

空気の清浄性

 建物に関する一般的なプログラムに加えて、大気中のウイルスや山火事由来の微粒子を除去するプログラムを実施している。具体的には、PM10、PM2.5、ホルムアルデヒド、VOC、ジェット燃料の臭気およびコロナウィルスを除去する方法として、4種類のフィルタを組み合わせて使用するものを標準としている。
 また、旅客が空港施設内で90%以上の時間を過ごすことから、SFOでは特に屋内の空気に注目した取組みを進めている。設備メンテナンスチームはコロナパンデミックに対応するために換気に関するベストプラクティスを実践しており、清掃チームは環境的に優れた清掃用品・製品を採用している。これらのインフラ運用チームは、化学物質の含有量が少なく、安全性・耐腐食性に優れ、毒性・可燃性がなく、さらには万が一の漏出があってもリスクが小さい製品を使用している。

● 環境的イニシアチブとアクション

ネットゼロエネルギと環境対策

 SFOは、ネットゼロエネルギ認証を受けた世界初の空港である。エネルギ源として太陽光や熱を活用し、エネルギ効率を最大化し、さらには新たな気候ハザードに適応し、そして高性能の電動化施設を設計、施工、運用している。搭乗待合スペースには、天井に取り付けた輻射式冷暖房パネルと太陽光透過率の低いダイナミックガラスを使用して屋内の環境と空気の質の改善を図り、スタッフ・旅客の快適性を向上させている。これによりエネルギ効率の改善も同時に図られていることは言うまでもない。
 これらのネットゼロエネルギ化と環境対策は、2016年に設立されたZERO (Zero Energy and Resilient Outcomes)委員会によって優先的に進められている。この委員会は、様々な分野の技術者、廃棄物・建物・施設関連の専門家から成り、定期的に会合を開いて、様々なプロジェクトを見直して、グリーンビルディング認証に必要な要件を満たすための方策を検討し、「ゼロ」の達成をサポートしている。現時点までに10件のプロジェクトに9千万ドルを投資して、エネルギ消費量の大幅な削減を実現し、インフラの運用コストと電気、水道等に関するコストを削減している。これはまだ空港全体の建物の13%にしか適用されていないが、既設建物へも適用するための取組みを進めている。

カーボンゼロ

 SFOにおけるエネルギと環境面の改善に加えて、航空機の発着地の環境へのインパクトを低減することにも注力している。具体的には、炭素排出量を2021年までにベースライン(1991年)から50%削減し、そして2030年までに92%削減するために、電動化セントラルプラントを稼働させることを計画しており、技術的審査と設計開発が進行中である。経済的側面のみならず、社会ならびに環境的側面を考慮したトリプルボトムライン費用対効果分析(TBL-CBA)によれば、この電動化セントラルプラントについては、現在のガス発電プラントと比較しても、コストは変わらず、特に運用コストは減少する可能性さえあることが示されている。また、14台の電動バス、65台のEV車両の導入に加え、Airtrainの延伸による天然ガス車両の廃止により、車両交通におけるCO2排出量の削減も図っている。
 これらの取組みを旅客やテナント向けにも拡大すべく、高速充電器も含めた2千基の負荷管理型EV充電器の設置を計画するとともに、航空会社への持続可能な航空燃料*3 の使用に関する働きかけとインセンティブの提供も継続している。
 このほか、空港での使用材料についても配慮している。具体的には、プラスチック製カップの販売を禁止し、堆肥化できる材料を食品容器やアクセサリーに使用するとの措置を講じている。また、廃棄物ゼロ化にも注力しており、建物・施設の建設および解体時に発生する不要物の90%以上を現場で再利用している。このほか、CO2排出量の少ない鋼材やコンクリートといった建設材料を優先的に使用することにより、インフラプロジェクト全体でのCO2排出量を削減している。

● 経済的イニシアチブとアクション

トリプルボトムライン投資

 ZERO委員会の活動成果については、TBL-CBAを適用して空港全体の投資判断に反映させている。TBL-CBAはウェブベースのオンラインソフトウェアを使用して実施できるようになっており、これにより従来型の初期費用に基づく方法から環境、社会ならびに長期間の財務面での費用と便益を定量化する手法への移行を進めている。具体的には、ダイナミックガラス対高性能透明ガラス、輻射式冷暖房パネルシステム対送風冷暖房システム、屋根全面カバー式太陽光パネルシステム対カバー率15%の太陽光パネルシステムの比較といった、ネットゼロエネルギ方策を分析した。

● ガバナンスと報告

 SFOのエグゼクティブチームは、「ゼロ」を実現することに取り組んでおり、具体的な戦略的目標を年次計画に組み込んでいる。この計画立案時に雇用されたサステナビリティスタッフは、空港の様々な部門がそれぞれの担当範囲内での「ゼロ」を達成する責任を有するところではあるが、それぞれの目標・主要結果指標と業績指標を各部門と協働して定めた。これらの指標についてはイントラネットを通じて四半期ごとに報告するとともに、「ゼロ」年次報告書として毎年報告している。また、新たに雇用された建物プログラムスタッフと協働して、大規模な投資改善プログラムを環境プログラムと連携させることにより、「ゼロ」の実現に取り組んでいる。
 具体的には、以下のようなミッションごとにワーキンググループ (WG)を設けて取組みを進めている。

「ゼロ」の達成

 サステナビリティWGは、将来に向けてよりよい職場環境を構築するという目標を達成するために2010年に活動を開始した。具体的には、エネルギと水の節約、廃棄物管理、そしてレジリエンスに関するイニシアチブに取り組んでいる。この活動により、空港、テナント等のスタッフがサステナビリティに関して注目すべき事項について情報を共有し、それに基づいて行動することでSFO全体としての目標を高めることができている。現時点では、「ゼロ」を達成するために必要となるグリーンインフラシステム、GISに基づくデータ管理、環境に配慮した調達に焦点を当てたプログラムに取り組んでいる。また、毎月「ゼロヒーロー」デイを設けて、サステナビリティに関するプロジェクトとリーダーを紹介している。

試行、実行とシミュレーション

 SFOは、建物や施設のアップグレードによる資本改善プログラムへの投資を継続しているが、この投資の有効性、すなわちこれらのインフラが供用可能な状態にあり、機能が効率的であり、そして屋内環境も十分に満足できるものであることを確認する必要がある。これを実行するために、計画実行サービスWGは、空港全体を対象とした試行・実行・シミュレーション (Commissioning, Activation & Simulation, CAS)プログラムを開発すべく、2017年に設立された。このWGは、様々なプロジェクトについて、試行、実行とシミュレーションの各フェーズを対象としたマニュアルとチェックリストを作成している。試行フェーズでは、エネルギ効率と屋内空気の質の向上を確認するとともに、インフラとシステムが完全に機能し、運用に適していることを確認する。実行フェーズでは、その使用者たる空港、航空会社ならびにテナントのスタッフ向けのトレーニングを行う。実行フェーズ完了後のシミュレーションフェーズでは、スタッフが旅客役となって、インフラ・システムの最終確認を行う。
 試行プロセスには、LEEDに基づく屋内空気に関する検査が組み込まれている。これは、建物の供用前に屋内の空気が清潔で安全であることを確認するものであり、供用後の空気の質に関するモニタリング・検査の基準となる。現時点では、CASプログラムは全体の13%への適用にとどまっているが、これが適用されているプロジェクトでは建物が効率的に運営されていること、室内環境が満足されるものであること、既設の建物が新たに建設される建物に合わせて改修されていることが確認できている。建物が効率的に運用されれば長期的な運用コストも削減できることになることから、CASプログラムを全面的に適用することにより年間エネルギ使用量の60%の削減が可能となろう。

職場環境

 職場環境WGは、環境・安全、福祉、施設運用、プロジェクトマネジメント、技術、ランドサイド運用等の代表者で構成され、四半期ごとに会議が開催されている。このWGでは、様々な課題、重要なプロジェクト、航空セクタに関する情報を共有するとともに、スタッフ向けのイベントを企画し、トレーニングを主催し、環境目標を達成するための方策を開発している。
 2020年7月にはコロナパンデミックからのリカバリとレジリエンスの確立に向けたリカバリフレームワークを策定した。その目標、目的と指標は、コロナパンデミックが継続する恐れのあることを考慮して、コロナパンデミックへの対応から得られた知見を取り込んで更新され、さらに気候変動への取組みと人種的公正の実現も含まれるように見直されている。
 その結果、リカバリフレームワークはサステナブルリカバリを実現するための6つの目標、40の目的、53の指標を含むこととなり、2023年までに基本的事項を実行し、その後に新たな5年間の戦略計画へと進むように計画されている。
 以下は主要な領域ごとの目標である。

目標1(旅客):サンフランシスコ湾岸エリアならではの旅行体験をしてもらう。
目標2(スタッフ):スタッフの安心、安全、健康、福祉を向上させる。
目標3(財務):SFOとビジネスパートナの経済的レジリエンス、安定性、活力を高める。
目標4(コミュニティ):地域コミュニティを保護・サポートする。

 
目標5(サステナビリティ・レジリエンス):サステナビリティとレジリエンスに関して、航空セクタと地域コミュニティのリーダーとなる。

 
目標6(人種的公正):公正な方策、プログラム、実行を通じて、マイノリティのコミュニティをサポートする。

 

(注)

*1 WELL Building Standard.人々の健康と健全さに影響を与える建物の環境について、さまざまな機能を評価するシステム。International WELL Building Instituteによって管理されている。
*2 Fitwel Certification.建物について、利用者の健康や幸福に配慮した設計や運用といった観点から評価するシステム。米国疾病予防管理センターと米国一般調達局によって作成された。
*3 Sustainable Aviation Fuel, SAF.植物などのバイオマス由来原料や飲食店や生活の中で排出される廃棄物・廃食油を原料とする燃料。従来使用されてきた化石燃料よりもCO2排出量を大幅に軽減でき、また化石燃料と混合して使用することができるため既存の航空機や給油設備などにそのまま使用できる。

 

参考資料
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021.
https://www.wellcertified.com/
https://www.fitwel.org/

(続きは次回)

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