八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方、すなわち、サステナブルエアポートの実現方策について考察を進めています。今回からは、サステナビリティを中核に据えたコロナ禍からの空港の回復方策の事例を紹介していきます。
航空セクタがコロナ禍以前の状況に戻るにつれて、コロナ感染症ほかのパンデミックの発生する危険性が再び増加することも懸念され、航空セクタ回復への道は平坦なものではないと思われる。その場合、空港にとっては、これまで以上にサステナビリティをその運営戦略の中核に据える必要がある。空港の社会的、環境的、経済的要素を最適化して、空港周辺を含めた地方や国からの要求、さらには世界的要求に応えることにより、航空セクタの長期的な回復を促進するばかりか、それを超えた社会全体の活性化をもたらすことができよう。
深刻化する気候変動に対応するための脱炭素化の必要性が増大している中で、世界中の空港は、今回のコロナパンデミックにより、サステナビリティ実現を図りつつ航空需要の回復に対応する戦略、すなわちサステナブルリカバリ戦略の必要性を共通認識として得ることができた。空港は、利害関係者のみならず市民からのサステナビリティの実現の期待に応え、また社会的信頼性を得るためにも、気候変動に対応できる革新的なアプローチをとらなければならない。
新型コロナウイルスのパンデミックが航空セクタに与えるインパクトは、これまでに経験したあらゆるものよりも桁違いに大きい。そのため、空港は、運営に関わるコストを削減し、インフラの供用を停止あるいは延期し、インフラ投資を抑制し、そしてスタッフ人件費の削減にまで踏み込まざるを得なかった。たとえば、英国ロンドン・ヒースロー空港は2本の滑走路のうち1本を閉鎖し、米国サンフランシスコ国際空港 (SFO)は2つある国際線ターミナルビルのうちの1棟を閉鎖したという事実がある。
こうした努力にもかかわらず、空港が必要とする固定費用は依然その存続自体がおびやかされるほどの額に上っている。しかし、この費用負担に対する懸念から社会的・環境的サステナビリティの実現に向けて進めるべき戦略を取りやめてしまうことは、かえって深刻な資金不足の状態を招くばかりではなく、空港自体の評判の低下にもつながり、すでに実行中の戦略の継続性をも危うくしかねない。
航空セクタは、コロナパンデミック、経済危機、政情不安、気候変動といったリスクに対して、それを防止したり、それに対応したり、さらにはそれから回復したりする能力を高めて、レジリエンスを向上させることが必須となっている。これらのリスクのうち主要なものが気候変動であることは疑いなく、しかも気候変動が他のリスクをも生じさせる危険性があることに注意しなければならない。異常気象は、直接的かつ最も目に見える形の、気候変動によりもたらされるインパクトであり、新たなパンデミックの発生同様、経済的、社会的そして政治的不安定化をもたらしかねない。
航空セクタは、その回復が経済の回復に重要な役割を果たすことは間違いないが、短期的方策をとるだけではレジリエンスの向上にはつながらないので、社会的、経済的にプラスのインパクトをもたらすための長期的計画を立てて持続的に成長する必要がある。
空港は、サステナビリティを実現することによりその最も重要な目的、すなわち地域コミュニティとの共存共栄を図り、社会的・経済的利益を生み出し、安全かつ安心で環境負荷の少ない航空輸送を可能とするという目的、を達成することが可能になる。
空港がサステナビリティ実現へ向けて長期的に取り組むことの必要性は次のとおりである。
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空港は、その適切な運用により、人々の幸福度を高め、自然環境を保護し、社会の持続可能な発展に貢献できる。空港が健康面と安全面での対策を確実にとることにより人々は安心して旅行を再開できるようになる。 | |
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空港は、気候変動に対する懸念を払拭できる対策をとることにより、人々の空港に対する信頼性向上のみならず旅行意欲を高められる。 |
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行政が空港に対して経済的支援を行う前提として、サステナビリティの向上へ取り組むことを挙げている例もある。空港が気候変動に関する取組みに投資することにより行政からの支援を受けやすくなろう。 |
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空港の公的および民間資金調達の可能性は、サステナビリティ実現へ向けた取組みや気候変動対策の進行度合いとますます強く関連付けられるようになっている。たとえば、PRI* は、航空セクタが2050年までの脱炭素化実現に向けたロードマップを確立することに大きな期待を寄せている。 |
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空港インフラとその運用におけるレジリエンスを向上させることにより、気候変動に関連するリスクを軽減し、被害・損害を回避することができる。たとえば、沿岸域における空港を対象にして、海面上昇等が原因の運用中止によりもたらされる被害・損害を回避するために必要となる要件を明記したガイドラインを作成することがリスク軽減・レジリエンス向上方策として考えられる。 |
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サステナビリティの3つの要素(社会、環境、経済)のすべてを考慮した、よりバランスのとれた空港運営をすることで、空港に対する人々の信頼性向上、民間および公的資金の導入、リスクの軽減、コストの削減、運用効率の向上、レジリエンスの向上、航空セクタ全体の社会的・経済的便益の向上が可能となる。 | |
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炭素排出量の削減は空港運用コストの削減にも結びつく。たとえば、LED照明や再生可能エネルギを使用すると、炭素排出量とエネルギ料金の両方が削減できる。 | |
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気候変動対策を遅らせると、空港インフラとその運用が炭素排出型かつ高コスト型のものとなってしまう。インフラの改修により炭素排出量を削減することは、新設の場合よりも大幅にコストが増加してしまう可能性がある。 |
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)は、気候変動によりもたらされる壊滅的な状況を回避するために、炭素排出量を大幅に削減することを世界全体に求めており、2021年公表の第6次評価報告書では気候変動が広範囲にわたって急速に激化していることに警鐘を鳴らしている。
気候変動対策は、地球温暖化に対する人間活動の影響を軽減するとともに、気候変動によるインパクトに対するレジリエンスを向上するためにとるべき様々な方策を組み合わせるという戦略である。方策を組み合わせることの必要性は、コロナパンデミックから学んだ教訓でもある。地球温暖化対策をとらなければレジリエンスが損なわれ、その結果は壊滅的なものになるだろうし、逆もまた真である。適応力を備え、レジリエンスを向上させた対策はインフラとその運用、労働力および社会をよりレジリエンスのあるものとでき、人間活動の気候に対するインパクトを長期的に抑制できることになろう。
◇不作為のコスト
気候変動対策を怠ると、洪水、干ばつ、砂漠化、大規模な森林火災といった自然災害がもたらされ、その対応には莫大なコストがかかることになる。たとえば、気候変動に対応しないままだと約1兆米ドルのコストがかかると試算されているし、また地球全体の気温が1.5℃上昇すると2100年までの世界的な経済被害は54兆米ドルに達するとも推定されている。
気候変動は、空港を対象としたものに限ったことではないが、保険に影響を与える可能性もある。具体的には、保険料の増加、信用格付けの引下げ、気候関連訴訟の増加といった新たなリスクを生じさせることになろう。
◇空港の脱炭素化
国際空港評議会 (Airports Council International, ACI)は、排出ガスに関する長期目標として、加盟する全空港が2050年までに脱炭素化を実現することを2021年6月に表明した。そのためには、個々の空港によるターゲットを絞った方策の実施に加え、航空セクタ、行政およびその他の利害関係者間の共通理解と協働が欠かせないとして行政に対して支援の必要性を訴えた。
脱炭素化は空港の進むべき道筋であるが、電力ネットワークのエネルギ構成、エネルギ消費型空港インフラのライフサイクルステージ、航空市場の成長と旅客の増加の状況、行政の脱炭素化施策の進行、炭素排出量低減技術の進展といった要素の影響を大きく受ける。
脱炭素化の実現にはエネルギ消費を抑制し、化石燃料を炭素排出量ゼロのものに切り替えるための追加投資が必要になる。たとえば、再生可能エネルギ源の開発、電力量を削減するためのエネルギ効率向上策の確立、グリーンボンドへの投資、代替航空燃料使用のためのインフラの改修、カーボンネガティブ技術の開発といったものである。サステナビリティ実現という国際的な目標を達成するためには、空港セクタが適切なツールを整備できるよう行政からの支援が欠かせない。
◇コラボレーション
サステナビリティを運営戦略の中核とするバランスの取れた空港のビジネスモデルを開発するためには、空港内外の利害関係者とのコラボレーションが必要になる。このコラボレーションは、リソースが不足している場合にとるべき戦略が重複したり、短期的に必要となる戦略が長期的なものとみなされたりすることを防ぐために必要となる。結果として得られた戦略が多くの利害関係者にとってプラスとなる場合には、行政や金融機関からの支援を受けることが容易になろう。
航空セクタ全体の脱炭素化という大きな課題に取り組むためには、より緊密かつ創造的な体制を構築した上で実現可能なビジネスモデルを構築することが必要になる。カナダ・エドモントン国際空港 (YEG)が250haの太陽光発電施設を設置したことは、このようなコラボレーションの成功事例である。YEGは、エアカナダとサステナビリティパートナーシップ関係を構築して、航空機器の高度化、水素燃料電池技術の開発、持続可能な航空燃料・バイオ燃料・水素燃料の開発と利用、植物繊維強化プラスチックの開発、eコマースの促進と貨物配達用のドローンの活用、そしてカーボンオフセットを可能とする農業や林業の振興などのさまざまな戦略に取り組んでいる。
◇レジリエンスを向上させるための体系的アプローチ
空港がコロナパンデミックから回復する過程においてはレジリエンスの向上に向けた体系的アプローチをとることが必須のものとなっている。その場合、旅客、スタッフ等人的要素だけでなく、環境、資源、経済的インパクト、インフラとその運用、サプライチェーン、パートナ、利害関係者、新技術、リスクの緩和と対応能力の柔軟性といったものを考慮する必要がある。
コロナパンデミック下で得られた知識や教訓を共有するためにパートナシップを構築して、航空セクタ全体のリスクに対するレジリエンスを向上させる必要がある。特に、災害管理セクションを設ける場合には航空セクタ以外の利害関係者の経験を活用できよう。
空港は、さまざまな交通移動手段のインターフェースとして機能することから、空港を含めたより広いネットワークやコミュニティのレジリエンスの向上にも役立つ。旅客とスタッフをコロナパンデミックから保護し、必要とされるサービスの提供を継続し、安全かつ必要なサポートを提供できるようにするために、健康対策を迅速に進める必要がある。
◇高いレジリエンスを有するインフラとその運用
空港は、コロナパンデミックが突発的な事象であったため、一部のサービスが中断される事態となったが、これまでも気候変動への対応と適応を進めて、レジリエンスの向上を図ってきている。
空港インフラのレジリエンスをより向上させるためには、言うまでもなくさらなる資金の導入が必要になる。しかし、コロナパンデミックによって引き起こされた航空セクタの現在の資金不足の状況は、今後の航空需要増に対応するために必要となるインフラの高度化を進める上で克服すべき大きな課題となっている。これに対処するには、空港の経済、社会、環境的要素の改善を図るとともに、ターゲットを絞ったインフラへの投資が必要になる。その例として、SFOは、アセット選択最適化手法を開発し、それに基づいて投資先を選定している。具体的には、旅客に最適な環境を提供可能な暖房、換気、空調システムを備えた旅客ターミナルビル(Harvey Milk Terminal)プロジェクトである。
◇イノベーション、パートナシップ、トレーニング
航空セクタがコロナパンデミックからのサステナブルリカバリを果たすためには、旅客の信頼を回復することが不可欠である。その一つの戦略としてスムーズな旅行が可能となるように技術革新を図ることが挙げられ、これにより旅客満足度を向上できよう。新技術は、空港がより効率的かつ持続可能な方法でリソースを使用して、よりスマートな運営をするための鍵となる。たとえば、ビッグデータの分析により、効率が高く、排出量も削減するために必要となるエネルギ需要予測が可能となったり、電気自動車の充電スケジュールを最適化するシステムが実現可能となったりしよう。
航空セクタのみならずそれ以外の様々な分野の利害関係者と提携して、技術、研究、開発に関するコラボレーションを強化することで、空港の計画、運用およびトレーニングのための革新的な方策を創出することも可能である。これらパートナシップ体制の構築により、空港単独では不可能なプロジェクトを実行するために必要となる専門知識、ツールおよびネットワークを得ることができよう。
空港では、コロナパンデミックによりスタッフの削減と不規則な運用が避けられなかったことから、最低レベルの運用を維持するためだけに必要なスタッフのスキルの再評価と再配置をすでに行ってきている。コロナパンデミック後に見込まれる航空需要の回復に対応するためには、スタッフのスキル評価を継続して行い、将来的に必要となるスキルとのギャップを明確にしなければならない。コロナパンデミックを契機にして航空セクタから離れたスタッフがいるため、新たなスタッフを採用する必要も出て来よう。その場合に備えて、トレーニングプログラムを再構築する必要があろう。
(注)
* PRI:Principles for Responsible Investment(責任投資原則)。国連環境計画・金融イニシアティブと国連グローバルコンパクトと連携した投資家の戦略。責任投資を支持している。
https://www.unpri.org/
参考資料
Long-Term Carbon Goal Study for Airports, Airports Council International, 2021.
Sustainable Recovery Best Practice, Airports Council International, 2021.
Sustainable Recovery Case Studies, Airports Council International, 2021.
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/index.html
https://www.ipcc.ch/sr15/
https://www.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020/
(続きは次回)