八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
航空需要は今後回復から増加が期待されますが、それに適切に対応するための空港のあり方について考察を進めています。今回からは、国際空港評議会ヨーロッパ部門 (ACI EUROPE)によるサステナブルエアポート実現に向けた戦略について、その具体的な内容をまとめていきます。
空港のビジネスモデルをコア機能の部分とそれ以外の部分に分けて考えた場合、航空機の離着陸・駐機、旅客と貨物のハンドリングというコア機能の部分では、空港のインフラとサービスが環境へ与えるインパクトを最小限に抑えるとともに、騒音が小さく、また温室効果ガスの排出量が少ない航空機の運航を促進するような戦略をとることが可能である。このモデルでは、航空サービスのコストを航空利用料金によりまかなうことが肝要となる。すなわち支出と収入のバランスをとることは、COVID-19後の航空マーケットにおいては特に重要であり、サステナブルエアポート実現に向けての投資を促すための鍵となる。これに基づいて策定される空港の事業計画は、必要に応じて気候変動、需要変化といった環境・社会情勢の変化や将来的なコストの予測を見直して、更新することが肝要である。この場合、空港インフラについては、たとえば舗装の路盤は50年以上使用できるというように、長期間使用可能である点を認識する必要がある。
物品の販売、飲食物の提供等の非航空事業、すなわちコア機能以外の部分では、持続可能性に関連するサービスによって収益を増やすような戦略をとることが可能である。これは、旅客のニーズを満たしたり、空港の社会的、環境的および経済的状況を大幅に改善したりできるようなサービス、具体的にはオーガニック/フェアトレード産品、スポーツ施設、教育サービス、文化的イベントを提供するといった事業であり、空港に旅客以外の来訪者(非旅客)を引き付けることにより他所に対する競争上の優位性を得られる可能性もある。このほか、新しいビジネスモデル、たとえば関係者間でリソースを共有することにより可能となるようなビジネスモデルの創出もできよう。
さらに、インパクトの対象を空港外へ拡大することにより可能となるビジネスモデルも考えられる。たとえば、新興企業を支援してイノベーションを促進したり、地域のパートナーと協力して雇用の創出・確保に貢献したりすることができよう。
インパクトについては、空港管理者がインパクトそのもののみならず、インパクトの対象を特定することに関しても責任を有している。また、インパクトについての評価規準を正しく設定することが非常に重要であるが、その一案として、国際統合報告委員会 *2 は組織の価値創造能力に重大な影響を及ぼすリスク、機会およびアウトカムを挙げている。具体的な評価方法としては、非財務的インパクトに金銭的価値を与えるような定量的なものが理想的であるが、インパクトを低、中、高と相対的に評価する定性的なものも可能である。
空港の持続可能性実現までのルートは、非金融資本に与える空港のインパクトを最適化できるように策定する必要がある。これにより、空港の社会的および環境的インパクトに対するアクションを空港の事業計画と統合して、体系化することが容易になろう。持続可能性実現に向けて推奨されるアクションは、主として空港管理者を対象とするものであるが、中には他の関連する組織、すなわち航空機運航事業者、小売事業者、空港地上支援事業者、メンテナンス事業者等に対するものも含まれている。
環境的インパクトとして取り上げた具体的な項目は、欧州グリーンディール (EGD)*3に反映されているプラネタリーバウンダリー(地球の限界)*4 の概念に基づいている。EGDは、2050年までに気候中立を実現することが基本であるが、特に水と大気の質に関して汚染ゼロの実現ならびに循環経済*5 の確立と生物多様性保護の強化をも図ろうとするものである。これらの項目は、環境的インパクトに対する空港の持続可能性実現戦略において対応が図られている。
◆気候変動
気候変動は、全世界が直面している最大のリスクであり、空港のみならず航空セクターにとって最も重要な環境問題である。気候変動に対応するためには次の2つのアプローチがある。
• 緩和:温室効果ガスの排出量を削減、理想的には完全に抑制(排出量ゼロ)する。
• 適応:現に起こっている気候変動へ適応させる。
これらのアプローチの詳細は次のとおりである。
●気候変動の緩和
気候変動の緩和に関する持続可能性実現までのルートは次のとおり。
• 航空セクターにおける排出量の実質ゼロ化を航空業界、ICAOおよび各国政府に対して要請する。
• 直接管理可能な排出量を2050年までに実質ゼロにすることを空港管理者が約束する(Scope 1および2 *6 )。
• 空港からの排出量を実質ゼロにできるように、クリーンエネルギーシステムへの移行を各国政府に要請する。
イネーブラーは、イノベーションとパートナーシップのどちらも、航空セクターの排出量ゼロを実現するための関係者との連携に焦点を当てたものである。これには持続可能な航空燃料 (Sustainable Aircraft Fuel,SAF) や水素の使用ならびに航空機の電動化に関連するイニシアチブが含まれる。
●気候変動への適応
空港は気象の極端現象によりもたらされるインパクトを現に受けており、気候変動の進行によりその頻度は今後さらに増加することが予想されている。また、平均気温の上昇、海面上昇や風況の変化は、多くの空港に今後さらなる影響を及ぼす可能性がある。このようなインパクトは、空港と旅客の両方に不利益をもたらすばかりでなく、空港周辺地域における洪水が道路ネットワークを分断する等、空港が災害救援拠点としての役割を果たせなくなる恐れをも生じさせる。
気候変動への適応に関する持続可能性実現に向けたアクションは、空港のインフラと運用を気候変動に適応させるために必要となるものであり、そのルートは、気候変動に関連するリスクの評価と軽減策の実施、危機的状況におけるBCP(事業継続性)を確保するための措置の実施、重大なイベント発生後の迅速な回復メカニズムの確保というものになる。持続可能性実現に向けたイニシアチブは、イノベーションとしては温室効果ガス排出量削減と環境汚染防止を同時に実施するという環境コベネフィット型適応策であり、パートナーシップとしては危機対応のための効果的な情報共有方法である。
◆地域の大気質
空港・周辺地域における大気汚染物質の中で、NOx、PM10とPM2.5は、航空機、道路交通、地上施設等、空港関連のさまざまな原因により発生する。
持続可能性実現までのルートは、空港周辺の大気汚染物質濃度に対する空港の関与度を計測し、それに応じて大気汚染の緩和措置を策定することに焦点を当てたものとなっている。表に示すイネーブラーを用いることにより、大気質管理の対象となる空港周辺地域の範囲を拡大し、外部組織による大気汚染物質の排出量削減活動をサポートすることが可能となる。なお、前述の温室効果ガス排出量ゼロ方策は、大気汚染物質の排出量を削減するという点でコベネフィットも実現可能である。これは、逆もまた同様である。
◆材料リソース
材料リソースの使用量の増加は、空港周辺地域にも世界的規模においても大きな影響を及ぼしている。材料リソースとエネルギーに対する需要の増加と人口の増加は、地球の能力を上回っている。
ヨーロッパでは一人当たり年間16トンの材料リソースが使用されており、そのうち6トンは廃棄物となっている。この課題に対する取組みは最優先に進められており、プラスチック等の材料リソース、廃棄物、材料リソースの使用戦略・モニタリング等に関するイニシアチブを含む循環経済施策が2018年以降に次々に実施され、その中では気候中立に到達するためには経済循環性が重要な要素であると強調されている。
持続可能性実現までのルートは、廃棄物のフローの評価、利害関係者との連携、戦略の策定、長期的な方策の実施、インフラプロジェクトや新しいビジネスモデルへの循環経済の組込み等に焦点を当てたものとなっている。インフラの新設や更新を検討する際には、リサイクル可能であったり、コンポーネントが標準化されていたり、他のインフラにも再利用可能となっていたりすることへの視点も重要である。イノベーションとパートナーシップは、革新的な廃棄物管理方法と循環経済促進方法の実施である。
◆水
水に関しては空港との関連において次の2点が重要なポイントになる。
•スタッフと来訪者が空港内で使用する飲料水の質と量
•除雪・除氷作業による廃水の影響が懸念される周辺地域・水域における水の汚染レベル
持続可能性実現までのルートは、水使用量の削減と水質の改善、改善目標の設定、KPIの設定、そして水資源の長期的な持続可能性を確実にするための水管理戦略の策定に焦点を当てたものとなっている。
イノベーションとパートナーシップは、水に関する目標の設定と、地域コミュニティ、航空機運航事業者、利害関係者等との協力の促進である。水に関する目標では、生態系全体の中で空港が使用可能な水のレベルを考慮する必要がある。
◆生物多様性
人間の様々な活動の結果、生物多様性は深刻な脅威にさらされている。環境汚染、気候変動、森林破壊と野生生物生息地の喪失、乱獲と外来種も重大なリスクである。国連開発計画 (United Nations Development Programme) には、毎年1,300万haの森林が失われ、土地の砂漠化が約40億haに影響を及ぼし、約7,000種の動植物が違法に取引されていると記されている。
空港は自然生態系の近傍に広大な用地を占めることが多く、地域の生物多様性にも少なからぬ影響を及ぼしている。また、野生生物の違法取引は、世界的航空ネットワークと空港を利用して実施されることが多く、世界的な問題となっている。これにより深刻な環境被害が引き起こされると同時に、野生生物観光を生活の糧とするコミュニティが影響を受け、さらには、不安定性の助長や国際的組織犯罪といったものも引き起こされかねない状況となっている。まさに空港の経済性ならびに信頼性に関するリスクである。
野生生物の違法取引は、土地利用の変化や気候変動といった要因とともに、人獣共通感染症(動物から人間に伝搬可能な感染症)の一因として特定されている。現在報告されている感染症の約60%が動物由来と推定されており、COVID-19もその1つである。野生生物の違法取引は生物種を新しい環境の下に強制的に移動させることになるから、生物多様性を保護することならびに野生生物の違法取引を防止することは、新しい病気やパンデミックの発生防止に役立つ。
持続可能な生態系を保護、回復、拡大するために、空港の生物多様性に対するインパクトの緩和策を持続可能性実現戦略に組み込む必要がある。空港・周辺地域の生物多様性を保護するためには、生息地管理方策の策定、自然保護基金の設立、森林再生や生物種の記録等、さまざまな方法が実施可能である。空港開発プロジェクトでは、それにより失われる生息地を他の地域で回復するミティゲーション方策により、生物多様性についてその損失を補償する、理想的には生物多様性を増加させる(ネットゲイン)必要がある。
持続可能性実現までのルートは、空港・周辺地域の生物多様性のモニタリング、保護措置、野生生物違法取引防止に関するトレーニングならびにスタッフと旅客の意識の向上措置、そして生物多様性保護活動への投資に焦点を当てたものである。
注)
*1 グリーンボンド (Green Bond) は、環境改善効果のある事業に充当する資金を調達するために発行する債券。
*2 国際統合報告委員会 (International Integrated Reporting Council) は、2010年に創設された国際組織。組織が財務情報と非財務情報の両方を統合的に公開する「統合報告」という情報公開のフレームワークを開発・推進することを主な活動としている。
*3 欧州グリーンディール (European Green Deal) は、EUが2019年に発表した気候変動対策。産業競争力を強化しながら、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目指している。
*4 プラネタリーバウンダリー (Planetary Boundaries) は、2009年にネイチャー誌に掲載された、人類の活動と地球システムを統合した「人類の安全活動領域」を定義するものとして提唱された概念。地球の限界を意味しており、気候変動、生物多様性の喪失等、9項目に関して地球にとっての安全域や程度を示す限界値を有するものとなっている。
*5 循環経済 (Circular Economy) は、リソース、製品、材料の価値を可能な限り保持し、長寿命化、再利用、更新、再生、リサイクルを可能にする資源循環型経済。
*6 Scopeは3つに区分された空港における温室効果ガスの排出量。具体的には次のとおり。
Scope 1排出量:空港が所有または管理している発生源からの排出量
Scope 2排出量:空港で使用される電力や熱源を生成することによる間接的排出量
Scope 3排出量:空港が所有・管理していない航空機等の発生源からの間接的排出量
*7 空港カーボン認証 (Airport Carbon Accreditation) は、国際的に承認された方法論に基づく空港に特化したカーボンマネジメントに関する認証プログラム。空港の炭素排出量を管理・削減する取り組みを次の6レベルで評価している。レベル1:Mapping「現状把握、排出状況の計測」、2: Reduction「削減‐排出量の削減」、3:Optimization「最適化‐航空会社等空港関係者分も含めた排出量の削減」、3+:Neutrality「中立‐オフセットによらざるを得ない排出量の相殺」、4:Transformation「変革‐空港ならびに関係者からの排出量完全ゼロ化」、4+:Transition「移行‐国際的に承認されたオフセット方法による相殺」(レベル2以上における事項はそれより下のレベルにおける事項に付加される)。ACIは2009年にこの認証プログラムを開始している。
参考資料
Sustainability Strategy for Airports, ACI EUROPE, 2019
Sustainability Strategy for Airports, Second Edition, ACI EUROPE, 2020
https://integratedreporting.org/
https://science.sciencemag.org/content/sci/347/6223/1259855.full.pdf
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h29/pdf/gaiyou.pdf
https://www.airportcarbonaccreditation.org/about/6-levels-of-accreditation.html
(続きは次回)