八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
今後回復から増加が期待される航空需要に対応するために必要となる空港のあり方について考察を進めています。今回は、国際空港評議会ヨーロッパ部門ACI EUROPEによるサステナブルエアポート実現に向けた戦略について紹介します。
空港の持続可能性の実現に向けた取組みは、従来、空港の運用が環境へ与えるインパクトを最小限に抑えることに重点を置いてきた。地球温暖化という課題がある以上、この視点は依然として重要であるが、これだけでは十分とは言えず、環境のほか、社会、経済といった観点からも持続可能性の実現に取り組む必要がある。
ACI EUROPE* の持続可能性実現戦略は、将来のサステナブルエアポートについてのビジョンを示したものであり、財務的および非財務的インパクトの両方を評価可能とする全体フレームワークとガイドにより構築されている。この戦略は、空港管理者の持続可能性実現に向けた取組みに対してその方向性と具体的な方法を提供しており、これを用いることにより持続可能性の実現に必要となるアクションを特定して、実行し、その結果を計測・評価できる。
検討の対象となる事項が多岐にわたり、また空港の地勢的条件が多種多様であることから、この持続可能性実現戦略には必要となるアクションと計測基準がすべてリストアップされているわけではない。あくまでも、標準的な基準を超えて自主的にアクションを起こす必要があると考えられる事項に焦点を当てている。たとえば、空港運用に関する安全やセキュリティ等の事項は持続可能性の重要な要素であるが、既存の国際的フレームワークと基準によって高度に規制・対応されているため、検討対象には含まれていない。
ACI EUROPEの持続可能性実現戦略は、表 1に示すとおり、空港が与えるインパクトをその対象により環境、社会および経済の3つに分類し、それぞれにおいて重要事項を挙げる構造になっている。
持続可能性は、前回示したように、2015年に国連で採択された17の持続可能な開発目標 (SDGs)として理解されている。持続可能性実現のプロセスにおいては、ガバナンスが重要な基本的要素であるが、これに加えて、アクションを起こす必要のある事項の優先順位を決定するための重要性分析、戦略と標準的な報告様式、開示情報の客観性の確保、アウトカムについての積極的な計画も重要な要素となっている。
空港の持続可能性実現戦略は、表 1のとおり、その重要事項ごとに国連SDGsと関連付けられ、その影響範囲が想定されている。そのうち、最も重要と考えられるものは、以下に示す気候変動 (SDG 13)と保健 (SDG 3)であろう。保健に関しては、現時点では新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) のパンデミックからの回復が喫緊の課題となっている。
◆気候変動
持続可能性実現に向けたアクションの優先順位は空港および周辺地域の特性に応じて異なってくるが、国連SDG13(気候変動)に関係する事項が最優先であろう。これは、2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議 (COP21)で採択された、世界の温度上昇を2℃に、理想的には1.5℃に抑制するという目標を設定したパリ協定にもあるように、気候変動が地球と人類へ壊滅的な影響を与えないようにするという観点からは妥当なものである。この1.5℃の温度上昇が地球・人類へ及ぼす影響と温度上昇に至る温室効果ガスの排出経路については、2018年に採択された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書にまとめられている。また、この報告書では、全世界の温室効果ガス排出量を2030年までに45%減少し、2050年までに実質ゼロとするように、すべてのセクターでの前例のない大幅な排出削減を含む、パリ協定に沿った温暖化の緊急かつ大胆な防止策が必要と記されている。
◆保健
上記の気候非常事態に直面する中、2020年にはもう一つの大きな危機であるCOVID-19のパンデミックに見舞われた。これは、かつてない健康に関する危機であり、前例のない社会的・経済的混乱を引き起こしているが、その規模はいまだに計測不能な状況にある。
これ以外の様々な状況からも、国連SDG 3(保健)に関係する事項が空港の持続可能性実現戦略において最優先に取り組むべきものの一つであることには議論の余地がない。COVID-19対策に加え、航空旅客が安全かつ健康的に旅行をしたり、旅客以外も含めた来訪者が空港を利用したりする場合の対策に重点を置くこと、また空港のスタッフと関係者に健康的な労働環境を提供することも必要である。さらには、空港および周辺地域の公衆衛生と安全を確保するために、地域の医療従事者へのサポートを継続・拡大することも必要になろう。
◆COVID-19危機からの持続可能な回復
COVID-19危機により、社会、経済および政治システムに関して問題が提起され、空港の持続可能性実現戦略に関しても見直しが要求される事態となっている。多くの空港では、景気後退により収益確保と将来計画に関する大きなリスクに直面しているが、持続可能性の実現が最重要課題であることには変わりない。現在空港を含めて航空セクターが直面しているリスクは既存の構造や慣行を見直すよい機会であり、航空セクターの存続を確実なものとし、また資本調達の機会を増やすためには、COVID-19危機からの持続可能な回復が不可欠である。
現在直面しているCOVID-19危機は、あらゆる危険には早期の対応が重要であり、それが遅れるとより大きな人的および経済的コストがかかることを示唆している。温室効果ガスの排出削減を先送りしたり、削減率を低下させたりすると、将来的にはより大幅な排出量の削減が必要になり、コストもよりかかることになる。また、気候変動に対するインパクトが大きくなり、航空サービスや航空・空港インフラにも混乱が生ずることになろう。気候変動と生物多様性の喪失がCOVID-19を含む新しい病気のパンデミックの危険性を高めるという指摘もあることから、気候変動に対する取組みと天然資源の保全は、航空セクターの混乱の防止のみならず、将来の健康危機の防止に貢献することになろう。
航空セクターは旅客・貨物輸送を担うとともに、直接的・間接的な雇用を生み出していることから、その持続可能な方法による回復が社会および経済の回復にとって不可欠である。空港にとっては、このプロセスをサポートするために、環境的、社会的および経済的インパクトをバランスさせる方法で運用するという課題に取り組むことがこれまで以上に重要になっている。社会と価値観が大きく変化する中で、今後の航空需要の増加と環境的、社会的および経済的インパクトとをバランスさせる方法を見つけられないと、航空セクターの存続そのものがより大きな危険にさらされることになろう。
サステナブルエアポートについてのビジョンは、将来のサステナブルエアポートのあり方を示しており、空港の持続可能性実現戦略の策定にとって不可欠なものである。ACI EUROPEは、サステナブルエアポートのビジョンを反映させた、次のような声明を発表している。
「すべての空港は、地域的および世界的なパートナーシップを構築して、公正かつ豊かで、環境への配慮ができる社会の実現に向けた取組みを推進する。」
この声明は次のように解釈できる。
「すべての空港」
ACI EUROPEに加盟するすべての空港がこのビジョンに取り組むことを表している。
「地域的および世界的なパートナーシップを構築する」
地域レベルでのパートナーシップの構築と航空ビジネスによる世界的なネットワークの構築において、空港がリーダーシップを発揮することを表している。
「公正かつ豊かで、環境への配慮ができる社会の実現」
空港の持続可能性実現に向けた取組みにおける最も重要な目的を表している。具体的には、次の3点である。
• 公正な社会への貢献
空港が持続可能性を有すること、すなわちサステナブルエアポートであることは、空港が公正で思いやりのある社会の実現に貢献することを意味する。
空港は、その周辺地域に対して様々なサービス、教育、雇用の機会を提供し、生活の質の向上をサポートする。その結果、たとえば、騒音に関しては、住民が相互信頼に基づいて最適な方法を見出すことにより、地域の負担は可能な限り軽減されることになろう。
また、地域の多様性を尊重し、すべてのスタッフに平等なキャリア開発の機会と適切な報酬を用意し、やりがいのある職場を提供する。
さらに、デジタル化を促進することにより空港でのサービスの質を向上させる。その結果、旅客等、空港への来訪者は、安全かつスムーズで楽しいサービスの提供を受けられることになろう。
• 豊かな社会への貢献
空港は、付加価値のある多様な航空サービスを提供することにより、航空による社会的、経済的および文化的利益を世界中にもたらす。
そのビジネスプランには直接関係する外部コストと非財務的価値を組み込んでいる。たとえば、雇用の創出を図るとともに、スタッフに対して無人化・自動化やAI等への対応に必要となるスキルアップを施して、資質の向上に寄与する。
また、企業の公平性、透明性、環境責任といった価値が向上するような、責任ある調達を実行する。これは、地元産品やサービスを調達することにより地域の企業をパートナーとして組み入れることになる。
さらに、周辺地域の観光セクターと協力して、その地域が旅行者にとって持続可能な目的地であることをアピールする。これは、持続可能な観光産品とサービスの創造・創出を促進することになる。
• 環境に配慮した社会への貢献
空港は環境を保全し、水やその他の天然資源を適切に利用することにより、現在と将来の世代の生活の質を確保する。たとえば、遅くとも2050年までに、直接の管理下にある炭素排出源からの排出量実質ゼロ (Net ZERO)を実現する。また、航空会社や他のパートナーと協力して、気候へのインパクトを軽減する、最終的にはインパクトを与えないようにする取組みをサポートする。これらの取組みは地域の大気質の改善にも貢献する。
このほか、野生生物の違法な取引の防止を含め、空港周辺地域から地球全体にまで及ぶ生物多様性の保護に取り組む。また、空港のインフラと運用方法を気候変動に適応させることで、重要な社会的および経済的サービスを長期的に提供し続けることができる。
「取組みを推進する」
持続可能な交通ネットワークの構築、教育の支援、イノベーションの促進、新しいビジネスモデルの構築そしてサービスの多様化による、空港のよりよい方向への変化を実現するための取組みを推進することを表している。これにより、最終的には、空港が他のセクターの持続可能性についての手本として確立されることになろう。
空港の持続可能性実現戦略は、このビジョンに基づいた、バランスの取れたビジネスモデル、すなわち環境的、社会的および経済的インパクトのいずれからみても最適となるビジネスモデルである必要がある。そのためには、空港の価値創造に向けた取組み方法を多様化して、空港運用に関する内部・外部コストと創出された環境的、社会的および経済的価値を評価して、持続可能性実現戦略に反映させる必要がある。
ACI EUROPEが示している空港の持続可能性実現戦略は、既存空港の持続可能性、持続可能性フレームワーク、関連する技術的・経済的・政治的進展、そして一般社会からの期待に関するレビューに基づいている。ただし、各空港がそれぞれの地域における固有の存在であり、固有の環境下で運用されていることから、この戦略は、個別的事項をすべて網羅しているわけではなく、空港の持続可能性実現に向けた取組みに関する一般的な方向性とガイドラインを提供するものである。
持続可能性実現戦略を確立するための最初のステップは、各空港において重要性分析を実施することである。重要性分析の手順は次のとおり。
• 空港が環境的、社会的および経済的インパクトを与える範囲を特定する。
• それらのインパクトの大きさと関係者に対する影響の大きさに基づいて、最も重要なインパクトを特定する。
• 特定されたインパクトに対するアクションを決定し、それに応じてリソースを割り当てる。
アクションの優先順位付けとアクションプランの立案をする場合には、持続可能性実現戦略における13の重要な事項をベースとして検討を始めるのがよい。ただし、この重要事項に限定するのではなく、周辺地域の状況、文化遺産等を考慮に入れて検討事項を決定する必要がある。また、空港運用に関する安全とセキュリティを含める場合もある。このほか、社会に与える付加価値の大きいアクションを選定するという観点からは、非金融資本へのインパクトを評価する** ことも重要である。
持続可能性実現に向けた取組みを実行する際には、最初に次の事項を含む健全なガバナンスを確立する必要がある。
• 明確な役割と責任を定義する。
• 関連する高品質のデータを一貫して収集する。
• 品質管理や環境に関するISOといった基準・規格やガイドを使用する。
• GRIスタンダード*** 等、世界的に認められた報告基準に従って、透明性のある報告書を定期的に作成する。
持続可能性実現戦略は、図 1に示すように、立上げ、開発、成熟、リーダーシップの4つのステップにより構成される。この戦略を、バランスの取れたビジネスモデルに加え、環境、社会および経済に関する重要事項ごとに作成する必要がある。
持続可能性実現戦略のルートは、国連のSDGsフレームワークに従って、2015年をベースライン、2030年を目標年として、パフォーマンスを指標として構築されている。この場合、持続可能性実現に向けた取組みの進捗状況を評価するためには、主要業績評価指標 (Key Performance Indicators, KPI)を適切に設定して、それに基づいてパフォーマンスを計測する必要がある。
さらに、持続可能性実現戦略は次の2つの目的達成手段(Enabler、 イネーブラー)を用いて、持続可能性実現に向けた取組みをサポートしている。これは持続可能性実現までのルートのどの段階でも適用できる。
• イノベーション
持続可能性実現に向けた取組みにおける革新的なアプローチを高く評価する。対象となるテクノロジーやプロセスは、空港が置かれている社会的、経済的および政治的状況に応じて変わってくる。
• パートナーシップ
空港関係者間のインターフェースとしての機能とパフォーマンスに対する関係者の影響力を高く評価する。関係者の取組みは相互依存性が強く、パートナーシップの確立は環境的インパクトの評価において特に重要である。
注)
* ACI EUROPE
ACI EUROPEは、国際空港評議会 (Airports Council International, ACI)のヨーロッパ部門で、46か国にある500を超える空港が加盟している。ACIは、1991年に設立された空港管理者で構成される組織であり、各国やICAO等と連携して、空港の基準、方針、実践方法等を策定し、空港における様々な基準等のレベルを上げるための情報やトレーニングの機会を提供している。
** 空港における非金融資本の評価
空港における非金融資本の評価においては、次のような点を考慮する必要がある。
• インパクトを与えるに至るまでのルート、すなわち、得られたアウトカムの元となったアクションとそのプロセス、アウトカムが社会的資本や人的資本に与えるインパクト(プラス・マイナスの両方)を理解することが重要である。このようなルートを確立することにより、過去のインパクトを理解し、新しいアクションのインパクトを予測することが可能となる。
• 評価の境界(閾値)は、組織、地理、時間等、様々な観点に基づいて定義する必要がある。境界の設定方法によってインパクトの評価結果が異なる可能性があるので、境界設定時には、結果の使用目的、関係者のニーズと関心、結果の有効性、戦略目標のレベル、リソースとデータの可用性等を考慮する必要がある。
• 戦略実現に向けた具体策(イニシアチブ)実行時のインパクトの評価においては、比較対象を明確にすることが重要である。たとえば、イニシアチブ開始前の状況やイニシアチブを実行しない場合の状況といったものである。
• 非金融資本を分析・評価するために使用できる方法は3つのカテゴリに分類できる。具体的には、定性的(変化の有無・程度の認識)、定量的(非金銭的な数値)および金銭的(金銭的な数値)方法である。いずれにおいても、文献レビュー、調査、ワークショップ、データ分析等が重要な要素である。
• インパクトの種類と評価目的を考慮に入れて、分析・評価方法を適切に選定する必要がある。たとえば、金銭的方法では、財務情報に基づく直接比較が可能であるが、健康、文化、倫理等に関連する社会的インパクトは評価できない。
• インパクトの評価結果については、使用した方法・仮定、データに関する制約、品質、結果の不確実性等について透明性を保つ必要がある。
*** GRIスタンダード
GRI (Global Reporting Initiative)は1997年に設立された非営利組織であり、持続可能性に関する国際基準を策定している。2000年にGRIガイドラインを発表し、2016年にGRI Sustainability Reporting Standards(GRIスタンダード)を発表した。GRIスタンダードは、持続可能性の概念を具体的な指標として可視化したもので、様々な組織が環境、社会および経済に与えるインパクトを報告する際の基準としている。
参考資料
・Sustainability Strategy for Airports, ACI EUROPE, 2019
・Sustainability Strategy for Airports, Second Edition, ACI EUROPE, 2020
https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/
(続きは次回)