八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
供用中の空港における建設工事に関して、工事と空港運用の両方の安全性を確保しつつ、効率を高める方法について考察を進めています。前回までに、建設工事の事前準備、本工事と事後処理の各段階におけるマネジメントについてまとめましたが、これに続いて、ケーススタディとして実際の空港での事例と工事中のアクシデント・インシデントについてまとめます。今回は、このうち2空港の事例(3件)を紹介します。
ドバイ国際空港の2本ある滑走路のうち、北側滑走路 12L/30Rの補修(打換え)工事が実施された(図-1)。この補修工事に加え、南側滑走路 12R/30Lの改良工事ならびに日常メンテナンス工事・緊急工事についてまとめている。
◆工事の概要
●南側滑走路の改良工事
北側滑走路の補修工事に着手する前に、南側滑走路の容量を増加して、北側滑走路の補修工事中の交通量増加に対応する必要があった。そのため、滑走路占有率を最小限に抑えて航空機処理能力を向上できるように、4本の進入用取付誘導路と2本の高速離脱誘導路が新設された。また、計器着陸装置 (ILS)のカテゴリもCAT III Bにアップグレードされた。
●北側滑走路の補修工事
北側滑走路の補修工事において実施された作業は次のとおり。
・アスファルト混合物 (HMA)表・基層と路盤の撤去
・切削とレベリング
・砕石路盤、HMA路盤とHMA表・基層の敷設
・排水施設の新設
・航空灯火のアップグレード(ハロゲンからLEDへ)ならびに新設
・標識・マーキングの新設
・調整池の新設
・ホットスポットと設計上の問題点の解消
●日常のメンテナンス工事と緊急工事
北側滑走路の補修工事の他にも、様々な工事が航空機の運航を妨げることなく実施された。この中では、南側滑走路の定期的かつ予防的なメンテナンス工事が確実に行われるような対策を講ずることが特に重要であった。また、空港運用に及ぼす影響を最小限に抑えるために、舗装の損傷、ケーブルの切断、停電等の緊急事態に対応する工事の計画・準備を適切に行うことも重要であった。
◆工事のガバナンス
補修工事による混乱を最小限に抑えて空港の運用を継続するために、通常業務と同様に、工事を監督するガバナンス体制が確立された。これは、理事会、管理者会議と実務者会議の3つのレベルで構成された。実務者会議には、日常運用業務を管理し、突発事態や緊急事態に対応するために、運用対応チームと事業継続チームの2つのワーキンググループが設けられた。管理者会議と実務者会議は、ともに、グランドハンドリング、航空交通管制、セキュリティ、エアサイド運用、ターミナル運用、空港救難救急消防、エンジニアリング等、利害関係者からのメンバーにより構成された。
◆事前準備
●工事情報の引継ぎ・連絡
補修工事に関する情報の引継ぎ・連絡方法として、次のようなものが使用された。
・毎日のシフト変更時の引継ぎ
毎日のシフト変更時に、プロジェクト担当者により関係者に対して工事と空港運用の状況についてのブリーフィングが行われた。この場で滑走路の運用条件、気象予報(低視程状態の判定用)、工事区域外での作業の必要性、施設の障害等が確認された。
・毎日の電話会議
ブリーフィングに続いて、航空交通管理担当者と他の空港関係者との間で電話会議による情報交換が行われた。
・ブリーフィング用文書
必要な情報を記載したブリーフィング用文書は、プロジェクト担当者により準備された。なお、最終的にはブリーフィング中に得られた情報も追加記載された。
●悪天候への対応
プロジェクト担当者には、気象予報に注意し、悪天候が予想される場合は建設業者に注意喚起を促すことが求められた。低視程状態、強風、豪雨、砂嵐等の悪天候が工事の安全性にリスクをもたらすと予想される場合には、プロジェクト担当者と担当部局や建設業者との間で工事継続の可否について協議が行われた。また、悪天候が予想される場合には、工事区域の境界を確認し、資機材等が工事区域外へ出ることのないような措置が講じられた。
◆供用開始準備と引渡し
補修工事終了後の供用開始準備と引渡しに関して実施された作業のうち、特に記すべき事項は次のとおりである。
●プロセス
供用開始準備・引渡しの一連のプロセスは次のとおり。
・変更のあった事項の確認
・新しい標準運用手順のレビューと更新
・新しい運用手順の導入
・運用上のリスクの評価
・検査の実施
・情報の公表
・適法性の確認ならびに承認プロセスの実施
●リソース
・運用とテクノロジについての再トレーニング(航空交通管制、空港運用、サービス、エンジニアリング)
・適格性の確認
・新しい施設とシステムの習熟
●テクノロジ
・すべてのシステムの更新
・適合性試験の実施ならびに関係者による承認
・フライトチェック(航行援助施設 (NAVAID)と地上航空灯火 (AGL))の実施と承認
◆工事完了後レビュー
一連の補修工事完了後にレビューを実施した結果として、次のような教訓が得られている。
・滑走路の補修工事は、コンサルタント・建設業者からの工事の進行状況に関するフィードバックが十分ではなく、供用開始予定日に向けて理想的なペースでは進行しなかった。
・特定の個人に負荷が大きくかかり、疲労により作業効率が低下した。
・監督者からの指示が遅いために工事の遅延が発生した。
・工事後の供用開始に向けた作業の優先順位が決定されていなかった。
・空港施設(PAPI、ILS等)の保護が適切に計画されていなかった。
・工事・作業内容が一部見落とされた。
・ブロックと赤色照明がジェットブラストによってしばしば移動する等、工事区域の境界の保全が十分ではなかった。
・工事関係者が作業のために航空機運航区域に繰り返し立ち入った。
・誘導路での事故により灯器が基台から外れて飛び出した。なお、これは灯火構造自体に問題があったためである。
・工事の手順が正しくないことにより運用に障害が発生した。例として、滑走路の供用開始前に誘導路にストップバーが設置されていなかったことが挙げられる。
・工事中の航空機運航区域のメンテナンスは、一部正しく計画・実施されていなかった。
- 灯器を基台に固定するためのボルトが舗装表面から突き出ていた。
- ボルトが欠落していたり、締め付けられていなかったりした。
- 補修工事完了後の滑走路のILS運用への復帰計画が不十分であった。
A380航空機の就航に対応するために必要となった、インチョン(仁川)国際空港のエプロンスポットの改築工事についてまとめている。
◆工事の概要
就航が予定されているA380航空機に対応するために、インチョン国際空港のエプロンの43番スポットのボーディングブリッジ (PBB)を既存のPBBの上側に増設する工事が実施された(図-3)。
◆事前準備
改築工事の前に次のような事前準備が実施された。
●関係者との調整
始めに、改築が計画されている43番スポットについて技術的なレビューが行われた。そして、上側PBBの増設工事に関して民間航空局からの許可が下りた後に、プロジェクト協議会が設立されて、工事期間中に定期的に会議が開催された。
●安全管理協議会
プロジェクト協議会の設立に加えて、工事のリスクを評価し、工事の開始前にハザードを特定するために安全管理協議会が設立された。この安全管理協議会は、工事期間中、工事区域のモニタを行った。
●スポット運用計画
上側PBBの増設工事前に、改築後のスポットの運用計画が作成された。このときには、給油口、PBB、GSE通行帯、航空機のクリアランス等を考慮して、最適な航空機停止位置が決定された。
●工事区域の安全計画
スポットの運用計画に加えて、工事区域の安全計画も作成された。航空機の安全確保のため、43番スポットは工事期間中閉鎖され、隣接する42番スポットの運用方法も変更された。また、工事中は43番スポットへのガイドラインに進入禁止を意味する”X”型のマーキングが施された。
工事関係者の安全性を確保するために、工事の前に、工事用車両とクレーンの操作に関するマニュアルが準備され、工事関係者に配布・周知された。
●その他
事前準備の段階で、AIP補足版 (AIP Supplements)の発行、仮設フェンスの設置、バリケードの設置、連絡・通信システムの確認、空港管理者・航空機運航者への関連情報の伝達方法の確認等も実施された。
工事中の人為的ミスを最小限に抑えるため、スポット管理システムには43番スポットの閉鎖についての情報がその前日までに入力された。これにより、スポット管理者が43番スポットに航空機を誘導するのを防止すること、特に悪天候時のアクシデント・インシデント発生の危険性を最小限に抑えることができた。
◆本工事
本工事について特に記すべき事項は次のとおりである。
●工事区域の安全検査
工事区域の安全性を確保するために、安全チーム (Safety Team)による検査が行われ、航空機の運航に影響を及ぼしかねないハザードの有無が確認された。この活動に含まれるものは次のとおり。
・FODやクレーンの高さ等、航空機の運航に影響を及ぼしかねないハザードの特定
・工事関係者と工事区域の安全対策の確認
・工事用車両や建設機械に取り付けられた旗や照明の確認ならびにアクセスルートの検証
●工事関係者に対するトレーニング
工事・作業計画が作成された後に、工事関係者に対する事前トレーニングが安全チームにより実施され、工事関係者に安全指針が周知徹底された。この場合のトレーニング・周知項目は次のとおり。
・無線通信と信号
・工事関係者、建設機械、車両のアクセスルート
・安全ベストや安全ヘルメット等の個人保護具 (PPE)の着用が必要となる要件
・エアサイドおよび工事区域での車両運転に関する規則と指針
・作業中・作業後の工事区域の管理と清掃に関する指針
●安全管理・プロジェクト協議会
安全管理・プロジェクト協議会を定期的に開催することにより、安全性検査の結果と完了までに残っている工事の内容が確認できた。重大な作業上のハザードが発見されたり、安全指針に関する違反が明らかになったりした場合には、工事と運用の安全性確保に必要な措置を講ずるために協議会を開催することとされていたが、今回の工事中にはそのようなハザードは発見されなかった。
◆供用の開始
43番スポットの供用を開始する前に、A380の実機を用いて、航空機位置指示灯 (VDGS)、PBB、給油口、スポット安全ライン、GSE通行帯等の適合性の検証が実施された。これには、建設業者、空港・航空機の運用に係る全ての関係者が参加した。
適合性試験によりA380が新しいPBBを備えたスポットを使用できることが確認できたので、運用開始日の午前0時にスポット管理システムが更新された。そして、最初のA380がスポットに入ってプッシュバックされるときには、工事・運用関係者は、その状況をモニタしながら緊急事態に備えてスポットの近くで待機していた。
インチョン国際空港の新設第2ターミナルビルへのアクセスルートを確保するために必要となった、既存の第1ターミナルビルのエプロンの一部解体・掘削工事についてまとめている。
◆工事の概要
インチョン国際空港において、新設される第2ターミナルビルをシャトルトレイン (IAT)によって既存の第1ターミナルビルへ接続するとともに、既存の空港アクセス鉄道へも接続する工事が実施された。アクセス鉄道への接続に必要な施設は、第1ターミナルビルの49番と50番スポット近傍のエプロン部分の地下に設置された(図-4)。実施された具体的な工事は次のとおりである。
・第1ターミナルビルと第2ターミナルビルを連絡するIATの建設
・第1ターミナルビルの49番と50番スポット近傍のエプロン部分の解体・掘削
・解体したエプロンの再舗装
・関連するエプロン灯火の取外しと再取付け
・関連するランプ車両通行帯の移設と関連するすべてのマーキングの再施工
◆事前準備
解体・掘削工事の前に次のような事前準備が実施された。
●関係者との調整
工事中の安全性を確保するために、民間航空局からの許可が下りた後に、プロジェクト協議会が設立されて、工事期間中に定期的に会議が開催された。具体的な方法は、前述のエプロンスポットの改築工事の場合と同様である。
●安全管理協議会
プロジェクト協議会の設立に加えて、工事のリスクを評価し、ハザードを特定するために、安全管理協議会が設立され、工事開始前と工事期間中に会議が開催された。
●工事区域の安全計画
工事区域の管理に関する安全計画が作成された。エプロンの解体・掘削工事の開始前に、関連する灯火が取り外され、ランプ車両通行帯が移設された。また、隣接するスポットの運用が停止され、周辺区域はバリケードと標識を用いて閉鎖された。
工事用車両・設備の安全管理計画と安全マニュアルの両方がプロジェクトチームにより作成され、その適格性について安全チームにより確認された。また、安全マニュアルは、航空機運航管理者と空港管理者にウェブサイトを通じて周知され、現地ならびに関係するオフィスに掲示された。
●その他
工事着手前に、安全フェンス、バリケード、コーン、点滅照明、標識等が現地に設置された。また、AIP補足版の発行、車両・機器の担当者のトレーニング、通信システムの設置等に加え、スポット、エプロンならびに航空機の管理者に対する情報伝達方法についても確認された。
スポット割り当てに関するエラーを防止するため、スポット閉鎖の前日にスポット管理システムに49番と50番スポットの閉鎖情報が入力された。また、工事開始前には、車両、各種機器、航空機や関係者が工事区域に誤って進入するのを防ぐために、フェンスが設置された。
◆本工事
本工事について特に記すべき事項は次のとおりである。
●工事区域の安全検査
工事区域の安全性を確保するために、安全チームによる検査が行われ、航空機の運航に影響を及ぼしかねないハザードの有無が確認された。この活動に含まれるものは次のとおり。
・日常検査の実施:昼間は1日2回、夜間は1日1回
・特別検査の実施:工事前後ならびに閉鎖スポットの供用開始前
・FOD、ひび割れ、マーキングの誤り等、航空機運用の安全性に影響を及ぼしかねないハザードの特定
・工事関係者と工事区域の安全方策の確認
・工事用車両や建設機械に取り付けられた旗や照明の確認とアクセスルートの検証
●工事関係者とドライバに対するトレーニング
工事・作業計画が作成された後に、工事関係者に対する事前トレーニングが安全チームにより行われ、工事関係者に安全指針が周知徹底された。この場合のトレーニング・周知項目は次のとおり。
・無線通信と信号
・工事関係者、建設機械、車両のアクセスルート
・PPEの着用が必要となる要件
・エアサイドおよび工事区域での車両運転に関する規則と指針
・作業中・作業後の工事区域の管理と清掃に関する指針
●安全管理・プロジェクト協議会
安全管理・プロジェクト協議会を定期的に開催することにより、安全性検査の結果の確認と工事のリスク評価手順への適合性が判定された。これにより、工事と空港運用の安全性に関する事項についての検討が適切になされた。
◆供用の開始
スポットを供用する前に、航空機運航の安全性を確実なものとするために、マーキング、舗装、灯火等に精通したスタッフにより工事区域の検査が実施された。
適合性試験により工事区域の安全性が確認されたので、スポット管理システムにおけるスポットの使用制限が取り消され、スポットの供用開始について空港管理者と航空機運航管理者に周知された。
参考資料
・Managing Operations During Construction, First Edition, Airports Council International (ACI), 2018
・Operational Safety on Airports During Construction, AC 150/5370-2G, Federal Aviation Administration (FAA), 2017
・Airport Design, AC 150/5300-13A, FAA, 2012
(続きは次回)