八谷 好高 客員研究員(SCOPE)
空港では、エアサイド、ランドサイドともに様々な建設工事が継続して行われています。供用中の空港では、新設、補修・更新を問わず、これらの建設工事と航空機の運航、ひいては空港の運用は相互に影響しあいますので、工事の実施、空港の運用のどちらも何らかの制約を受けることとなります。そこで、このような状況のもとで工事と空港運用、両方の安全性を確保しつつ、効率を高める方法について、考察していきたいと思います。
空港での建設工事は、施設の新設と拡張、既存施設の保守と新基準への対応(補強・更新)、老朽化した施設の解体・更新といった、さまざまな目的で行われている。これら空港での建設工事は、航空機の運航に影響を及ぼし、航空機運航の安全性をも阻害することが危惧される。そのような建設工事としては、エアサイドでは、滑走路、誘導路、エプロン、航行援助施設 (Navigational Aid, NAVAID)、航空交通管制施設等に関する工事があり、ランドサイドでは、背高構造物の工事や建設用クレーンを使用する工事がある。
建設工事により影響を受ける可能性のある空港の日常業務は、次のような項目に関するものである。
・航空機・空港内車両の安全性
・航空機運航の効率性とスケジュールの整合性
・滑走路、誘導路、エプロンならびにゲート数
・滑走路の長さと離陸・着陸能力
・施設の利用制限と航空機運航に関する制限
・空港とその周辺における航空機の飛行制限と航空機の騒音・上空飛行
空港での建設工事では航空機運航の安全性について配慮することが最優先事項である。工事の方法を工夫することによって、航空機運航への影響を最小限に抑えて、空港運用に関わる安全性を十分に保持できよう。これを実現するために、空港管理者は、工事と航空機運航が相互に影響を及ぼす状況を理解して、工事の計画、スケジュール、各工種の調整を適切に行うことにより、安全かつ確実に完了できるように工事計画を立案する必要がある。
空港での建設工事には、空港管理者のみならず、空港テナントやサービス提供機関・事業者等、多数の組織が関わっている。そのため、空港管理者は、建設業者、コンサルタント、航空会社、航空交通管制業務提供機関 (Air Navigation Service Provider, ANSP)、民間航空局 (Civil Aviation Authority, CAA)と密接に協力して、工事の安全性と航空機運航・空港運用の安全性を確保する必要がある。また、建設プロジェクトの目的とその影響範囲に応じて、空港テナント、税関・出入国管理部局、輸送・運送事業者、航空旅客、空港従業員、空港周辺地域のコミュニティとも協力する必要がある。
◆空港管理者
空港管理者は、空港のエアサイドとランドサイドの両方における建設プロジェクトを計画し、資金を提供し、そして工事を契約・実施する主体である。また、ターミナルビル、空港サービス施設、さらには、特定の航空会社の専用ターミナルビルといったものに関連するプロジェクトにおいても、工事をさまざまな規則や規制のもと安全に実施させる責任がある。そのため、空港でのあらゆる工事において、空港運用に関する障害、危険性の増大、サービスレベルの低下、航空機運航区域の閉鎖といった事態が発生した場合には、ANSPと航空会社に直ちに通知しなければならない。
また、空港管理者は、空港での工事の調整主体としての役割を果たす立場にもある。そのため、工事の安全性に関するリスクを特定し、リスクの軽減が確実に図られるようにする責任がある。具体的には、工事を監督し、工事が合意された安全計画に従って実施されていること、採用されたリスク軽減策が実行されていることを確認しなければならない。
◆コンサルタント・建設業者
空港での建設工事には、計画、設計、施工の各段階で、コンサルタントと建設業者が関与している。コンサルタント・建設業者は、空港の規則、規制、および安全計画に従って工事を実施する責任を有し、日々の工事やスケジューリングに直接関わっていることから、工事が全体を通して空港管理者により定められた基準と要件を満たしていることを確認しなければならない。
◆航空会社
航空会社は、エアサイドとターミナルビルの両方の工事の影響を受ける。そのため、工事中に予想される航空機と運航の安全性に関する影響を把握し、それを小さくできる方法を事前に準備する必要がある。工事開始前には、必要に応じて、フライトスケジュールや航空機の機種の変更といった具体策を決定し、その後、工事による施設の閉鎖や航空機の運航処理能力の低下が新たに明らかになれば、その状況に応じて航空機の運航を再度調整する必要がある。
◆航空交通管制業務提供機関
航空交通管制業務提供機関 (ANSP)は、航空会社と同様に、工事計画を策定する際に重要な役割を有している。エアサイドの施設が工事により使用できなくなる場合には、運用に対して予想される影響に関する情報、具体的には、工事がNAVAIDと航空機の飛行方法に及ぼす影響とそれを小さくできるような方策を関係者に提供する必要がある。また、ANSPは、工事期間中、工事箇所近傍における航空交通の安全性に関する管理責任を負う。
◆民間航空局
民間航空局 (CAA)は、空港基準、安全規則、工事の方針・方法を規定している。その対象は、エアサイドの工事から航空機の運航に影響を及ぼす可能性のあるランドサイドの工事にまで及ぶ。
◆空港テナント・サービス提供者
空港での工事は、広い範囲の空港利害関係者に影響を及ぼす。具体的には、ターミナルビルでの工事は、ターミナルビルの管理・運用責任者、セキュリティ部局、税関・出入国管理部局に影響を及ぼし、また、ランドサイドでの工事は、駐車場の管理・運用責任者、輸送・運送事業者、交通機関に影響を及ぼすこともあろう。そのため、工事の実施主体は、他の関係者に対して工事が及ぼす影響について情報を提供し、影響を減少または管理できる方法を検討してもらう必要がある。
◆空港周辺地域のコミュニティ
空港での工事が空港周辺地域のコミュニティに一時的または半永久的に影響を及ぼすこともある。たとえば、ランドサイドでの工事は、空港へのアクセスに影響を及ぼしたり、道路の閉鎖・混雑を招いたり、交通ルートの変更を余儀なくさせたりする。また、エアサイドでの工事でも、滑走路の新設やそれに伴う航空機の飛行方法や滑走路の使用パターンの変更があれば、周辺地域での航空機騒音や航空機の飛行回数の増加といった問題を引き起こすことも考えられる。さらに、大規模工事の場合は、建設工事に関連した大型トラックの交通が地域交通に与える影響が大きくなる。
いずれにしろ、建設工事を成功させるためには、空港管理者からのすべての空港利害関係者に対するタイムリーで適切な情報発信が肝要である。
空港での建設工事は、空港の運用に及ぼす影響の具体的内容とその程度に基づいて、工事の箇所、対象、種別、期間の観点から整理・分類できる。
◆工事の箇所
●ランドサイドでの工事
ランドサイドでの工事は、建設業者が工事を実施するために空港制限区域に立ち入る必要がなく、その工事が次の区域・施設で実施される場合である。
・ターミナルビル(非制限区域)
・駐車場
・地上アクセスシステム
・緑地
・プラント(冷却施設、処理施設等)
・その他(ホテル、ガソリンスタンド等)
ランドサイドでの工事は、次の2つのカテゴリに分類できる。
・制限区域の運用に影響する工事(旅客、車両、空港職員の通行・輸送に影響する工事)
緊急工事:すぐに実施しなければならない工事
一般工事(緊急ではない):運用の混乱を避けてピーク時間外に実施可能な工事
・制限区域の運用に影響しない工事
●エアサイドでの工事
エアサイドでの工事は、建設業者が工事を実施するために制限区域へ立ち入ることが必要となり、工事が次の区域・施設で実施される場合である。
・ターミナルビル(制限区域)
・航空機運航区域(滑走路、誘導路、エプロン)
・サービス道路
・フェンス、セキュリティシステム
・グランドハンドリング区域
・その他の区域(航空機救難消防所 (Aircraft Rescue and Firefighting, ARFF)、燃料貯蔵所等)、NAVAID
エアサイドでの工事は、次の2つのカテゴリに分類される。
・空港の運用に影響する工事(航空機の離着陸や旅客の通行・輸送に影響する工事)
事前に計画されている工事:空港の運用を考慮してあらかじめ計画されている工事
計画外の工事:計画外であり、空港の運用に影響を及ぼしかねない工事
・空港の運用に影響しない工事
◆工事の対象
●土木工事
土木工事は、エアサイドとランドサイドの舗装、芝・植生、標識、灯火・照明、マーキング、排水システム、ユーティリティ等に関するものである。これらの工事は、航空機の運航、グランドハンドリング施設・車両等の運用に影響を及ぼす可能性がある。そのため、空港管理者は、空港運用の安全性を確保できるように、安全マネジメントシステムを開発・実行する必要がある。
土木工事は空港容量に影響を及ぼしかねないため、工事を開始する前にその点について十分に検証する必要がある。その結果を受けて、空港管理者は、必要に応じて空港容量に関する情報を修正し、関係者に周知する必要がある。
●建築工事
空港には多くの種類の建築構造物がある。主たる対象は以下のとおりである。
◌ 旅客ターミナルビル:旅客ターミナルビルでの工事は、次の施設が対象の場合、空港の容量に影響を及ぼす可能性があるので、特に注意する必要がある。
・出入り口(ドア、ゲート)
・通行ルート(通路、階段、エスカレータ、エレベータ)
・チェックインカウンタ
・セキュリティポイント
・税関・出入国管理所
・搭乗ゲート
・バゲージクレーム
◌ 管制塔:管制塔は、航空機の運航に関わる重要な設備を有し、さまざまな安全上の事項に直接関わっている。そのため、管制塔の工事では次のシステムを維持することに特に注意する必要がある。
・航空灯火
・情報通信
・気象情報
・NAVAID
◌ ARFF:ARFFの工事においては、レスポンスタイム(現場到着可能時間)を確保し、管制塔との通信を維持する必要がある。
◌ 発電所:エネルギー供給を継続する必要がある。
◌ 給水所:給水を継続する必要がある。
◌ 消火システム:消火の完全性を確保する必要がある。
◆工事の種別
●新設工事
新設工事は、空港運用の安全性と空港容量の両方に関わる問題を引き起こす場合がある。これらに直接影響する工事としては、供用中の滑走路に高速離脱誘導路を新設・接続する工事が挙げられる。また、影響しない工事としてはエプロンの新設工事があるが、エプロンが隣接する航空機運航区域と接続する箇所では影響が生じかねないので注意が必要である。
●補修・更新工事
補修・更新工事も、新設工事と同様に、空港運用の安全性と空港容量の両方に関わる問題を引き起こしかねない。補修工事としては、供用中のエプロンの補修工事が典型的な例であるが、工事対象施設とその状況により空港運用に及ぼす影響が異なる。また、更新工事の例としては、ボーディングブリッジを大型航空機用のものへ変更する工事が挙げられるが、これも場合によっては空港の運用に影響を及ぼす。
◆工事の期間
●短期間工事
短期間工事は、空港運用への影響を回避できるように、交通需要の少ない期間に実施することを計画する必要がある。短期間工事による空港運用上のリスクは一時的、変動的なものであるため、空港管理者はこの点に注意してリスク軽減策について検討する必要がある。
●長期間工事
長期間工事は、工事期間中、空港運用の安全性と容量の点からの制約があるものとして、計画する必要がある。同時に、空港の運用についても、工事期間中に何らかの制約が課されるとの前提に立って計画する必要がある。そのため、空港管理者と建設業者は、最高のサービスレベルを可能な限り保持できるように、適切な工事計画、スロット割り当て、新しい運用方法等を確立し、実行する必要がある。
空港での建設工事においては航空機の運航と工事の安全性が何よりも優先されるので、それを確実に実効するためには航空機の運航と工事費用のバランスを保つ必要がある。このバランスは航空機運航のニーズや空港のリソースによって大きく変わるので、空港管理者は関係者と早めの調整をする必要がある。工事の進行につれて、その箇所、内容、費用が特定されてくるので、空港運用への影響も見極められるようになる。その結果、空港運用の安全性を保持するためには、工事と空港運用のいずれか、あるいは両方について修正を加えることが必要になる場合も出てこよう。このような検討結果は、工事を安全に実施するための計画、すなわち、工事安全計画 (Construction Safety and Phasing Plan, CSPP)としてまとめる必要がある。CSPPは以下のステップにより作成できる。
◆影響範囲の特定
工事の影響を受ける空港内の区域を特定する。これには工事を直接実施する箇所のほかに、資機材の運搬ルートや保管場所等が含まれる。
◆通常の空港運用状況の特定
建設工事をフェーズに分けて、フェーズごとに工事の影響を受ける区域における通常の運用状況を特定する。これが、工事の空港運用への影響を定量化するときのベースとなる。影響の定量化に用いる項目としては、各区域の空港利用者、航空機に加えて、航空機の運航状況、航空機アプローチカテゴリー、航空機グループ等が挙げられる。
◆空港運用の一時的な変更
工事によりそれまでに行われていた通常の空港運用が影響を受ける場合、空港利用者、ARFF要員、航空交通管制要員等と調整して、空港運用に関して遵守すべき項目について優先順位を付ける。空港運用の安全性が損なわれる事態となるような場合には、運用に関わる項目の優先順位にこだわることなく、修正を施す必要がある。対象となる修正事項としては、航空機のアプローチ方法、滑走路・誘導路での航空機の運航制限、航空機の最大離陸重量の制限等がある。
◆運用変更に伴う措置の決定
工事中の航空機の機種と運航レベルを見直したあと、それを計画どおりに安全に行うための措置を決定する。ただし、これによりコストが増加する、すなわち工事に関わる直接的な費用が増加し、運用変更による収入が減少する場合には、措置の再検討が必要となることもあろう。
空港での建設工事の工事安全計画 (CSPP)は建設プロジェクトごとに作成する必要がある。実際の工事においてCSPPを遵守する方法を詳述したものが安全計画遵守プログラム (Safety Plan Compliance Document , SPCD)である。CSPP作成時には安全計画の詳細、例えば危険性のある機器、建設機械の高さ、建設業者の連絡先等について明記することが難しいので、建設業者がSPCDにそれらに関する詳細な情報を記載して、空港管理者に提出することが必要である。
◆安全文化の確立
建設工事中の空港運用の安全性には、空港管理者、コンサルタント、建設業者、空港利用者、空港テナント、ARFF要員、航空交通管制要員等、あらゆる職員が関わりを有している。それらすべての関係者間の緊密な情報共有と調整が空港運用の安全性を確保するための鍵となる。空港管理者と建設業者は、建設プロジェクト全体の安全性検査を定期的に実施し、過失、見落としやプロジェクトの目的変更といった理由に関わりなく、問題が見つかれば直ちに修正する必要がある。
◆空港管理者の責任
空港管理者は、建設プロジェクトに関して全体的な責任を負う。これには、事前設計、基本・詳細設計、準備工事、本工事、検査の各フェーズが含まれる。空港管理者の責任となる事項は次のとおり。
・CSPPの作成
・SPCDのレビューと承認
・建設業者との事前会議の開催
・CSPPとSPCDに記載されている連絡先情報の確認
・工事関係者との安全性に関する会議の開催
・空港運用の安全性に影響を及ぼす可能性のある工事とその状況に関するNOTAMの発行
・工事に影響を及ぼす可能性のある空港の運用状況についての工事関係者への周知
・すべての仮設標識・マーキング等の設置状況の確認
・建設業者・工事要員のトレーニング受講の確認
・車両の運転方法と工事要員の作業方法の確認
・建設業者と空港テナントに対するCSPPとSPCDの適合状況に関する検査
・安全上の問題を解決するための緊急措置の実施
・CSPPとSPCDの規定に抵触するような状況についての関係者への通知
・背高構造物、資機材運搬ルート等、航空機の運航に影響を及ぼす可能性のある状況への対処
・CSPPの変更についてのCAAへの事前通知
◆建設業者の責任
建設業者は、CSPPとSPCDの両方を遵守する責任がある。建設業者の責任となる事項は次のとおり。
・SPCDの空港管理者への提出
・CSPPとSPCDの常時参照・確認
・空港の安全規則に関する工事要員の理解度の確認
・工事要員のCSPPとSPCDの遵守状況の監視・検査
・車両・工事要員の許可範囲外の作業・移動の制限
・車両・工事要員の航空機運航区域への立ち入りの制限
・背高構造物、資機材運搬ルート等、航空機運航障害物件についての空港管理者への届け出
・安全対策についての工事関係者への周知・徹底
・工事前会議への参加
◆空港テナントの責任
航空会社、輸送・運送事業者等、空港テナントの責任となる事項は次のとおり。
・CSPPの空港管理者への提出
・SPCDの作成と空港管理者への提出
・工事要員の安全規則に対する理解度の確認
・修正必要事項へ即時対応可能な担当者の特定
・CSPPとSPCDの遵守状況の監視
・テナント要員、工事要員等の航空機運航区域への立ち入りの制限
・車両・工事要員の許可範囲外の作業・移動の制限
・背高構造物、資機材運搬ルート等、航空機運航障害物件についての空港管理者への届け出
・工事前会議への参加
参考資料
• Managing Operations During Construction, First Edition, Airports Council International (ACI), 2018
• Operational Safety on Airports During Construction, AC 150/5370-2G, Federal Aviation Administration (FAA), 2017
(続きは次回)