[SCOPE] 一般財団法人 港湾空港総合技術センター

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コラム

第30回 「空港の安全性に関する自己点検(6)」  ~2019.3.1~

八谷好高客員研究員(SCOPE)

 

 空港の安全性の自己点検に関して、前回までに米国における規定、自己点検の方法、規定に対する不適合事項の報告・フォローアップ・クローズアウトの方法、点検担当者に対するトレーニングの方法を紹介しました。今回は自己点検の質の管理についてまとめます。

● システムの構成要素としての人間

 空港の安全性に関する自己点検プログラムを成功させるには、点検業務の質の管理を確実に行うことが不可欠である。これは、点検担当者に対してトレーニングを実施することの次に重要なものと位置づけられる。
 様々なテクノロジーにより航空輸送システムの安全性は大幅に向上したものの、システムの構成要素としての人間(人的要素)はシステム内では依然として弱点であることから、航空輸送システムの安全性を向上させるためにはこの点に焦点を当てることが極めて重要である。

● ヒューマンファクター

 空港の安全性に関して自己点検を実施し、空港全体の自己点検プログラムを管理する責任を負っているのは人間であることから、人的要素に起因する要素、すなわちヒューマンファクターによりもたらされる誤りを最小限に抑える方法を開発することが、自己点検プログラムの完成度を高めるためには必要である。
 AC 150 / 5200-18C「空港の安全性に関する自己点検」に記されているように、点検担当者の「自己満足」はそのようなヒューマンファクターの一つである。全米の空港に対するアンケート結果からは、点検担当者の自己満足が自己点検プログラムに最も大きな影響を及ぼすとみなされていることがわかった。点検は、作業自体にかなりの時間を費やし、毎日1回あるいはしばしば数回実施されることが一般的である。アクシデントやインシデントの後にも点検が必要になるが、この場合は緊急性や重要性が高く、非日常的なものであり、頻繁に実施されるものではない。
 通常実施される点検は、対象となる項目が変わることはないため、自己満足が点検作業に影響を及ぼさないようにすることが肝要である。その対策の一つとして点検担当者を監督する形の管理方法がある。これは、点検担当者が正確に業務を実施していることを保証するだけでなく、点検担当者に対して自らの業務レベルを高くしなければならないという意識づけに結びつく。実際の現場では、ジョブローテーション、トレーニングやさまざまな点検パターンを使用することによりこの問題に対処している。
 次のヒューマンファクターは「疲労」である。24時間365日運用という空港の環境では、疲労は一般的な勤務時間外で業務を実施する点検担当者にとってはよく起こりうる問題である。輪番制、夜間作業、短時間作業等、通常の勤務とは異なる時間帯での作業は、しばしば睡眠時間の不足や疲労の蓄積につながり、作業中の注意力にも悪影響を及ぼすことになる。点検担当者には、その注意力のレベルが低いほど、疲労していなければ確実に見つけられるような項目をも見落とすといった傾向が表れてくる。このような空港特有の環境に基づく問題は避けることはできないので、短時間作業や輪番制を極力少なくしたり、夜間作業が特定の担当者に偏らないようにシフトを割り当てたりするといった対策を講ずる必要がある。このほか、休暇を適切にとらせたり、スケジュールをフレキシブルにしたりすることによっても疲労の影響は小さくできよう。
 三つ目のヒューマンファクターは「自信過剰」である。これは、経験豊富な担当者ばかりではなく、新任担当者にもみられることがある。いずれにしても、そのような傾向のある点検担当者に対しては次のような点について注意喚起・指導をする必要がある。
• 滑走路誤侵入、FODの見落としやパート139に対する不適合事項は常に存在しうること
• 常に細部に注意して点検を行う必要があること
• 点検ルーチンを変えることが有効であること
 これとは逆に、「自信喪失」の傾向が顕著な点検担当者もいる。そのような場合は、点検作業が不完全になったり、不適合事項やその修復措置の報告が不十分になったりする可能性がある。これは経験の浅い担当者にありがちであるが、適切なトレーニングやフィードバックにより対処できる。
 「満足度」、「疲労」、「自信過剰」、「自信喪失」といったものに加えて、「状況把握力 (Situation Awareness、 SA)の低下」も、点検担当者に影響を及ぼす恐れがある。状況把握力の保持はパイロットに対するトレーニングでは重要な事項ではあるが、点検担当者に対するトレーニングではあまり重要視されていない。これは、点検担当者の場合は状況把握力に関するトレーニングを一度受ければ、その能力は維持できるとみなされているからである。しかし、視界の悪い状況下での点検では、無線や携帯電話を使用したり、同乗者がいたりすることにより点検担当者の状況把握力が低下する危険性があるのも事実である。点検担当者が状況把握力の低下・喪失を引き起こしかねない状況を上司が把握できるように具体的な手順・方法が示されている点検プログラムを開発することによって、この問題を防ぐことができよう。
 ヒューマンファクターの種類によらず、初回トレーニングと再トレーニングの両方において点検担当者に影響を及ぼすヒューマンファクターを取り上げることが肝要である。同様に、様々なヒューマンファクターに起因する問題やその他の一般的な問題、そして失敗を克服する方法については、能力向上・啓発プログラムを用いて教育できる。このプログラムは、独自に開発したものでも他の空港やFAAから借用したものであっても、点検システムの機能を保持する上で必要不可欠なものである。このほか、点検担当者の離職もヒューマンファクターに起因する問題であると考えられる。上司の指導・監督が不十分で、経験豊富な担当者が勝手気ままに点検作業を実施しているような状況下にあっては、新任担当者は業務の実施方法に矛盾を感じてしまう。このような要因を考慮して、新人とベテランを交流させるようにするとともに、能力が低下したままの担当者については解雇することも検討する必要がある。
 空港管理者にはヒューマンファクターに起因する問題が起こらないようにする責任がある。そのため、ヒューマンファクターに起因する問題に対処するためのプログラムを策定して、点検担当者に対する教育を行い、空港の運用に影響を及ぼしかねない問題が生ずることがないように点検業務に対するモチベーションを高めさせる必要がある。この場合、作業を怠って不適合事項を見落とした場合に点検担当者が負うことになる責任を明らかにしたり、点検業務に対するFAAの要求事項を明らかにしたりすることによって、点検業務を適切に実施することの重要性を強調できる。ヒューマンファクターに起因する問題を把握し、これによる被害・損害を避けるために点検担当者に対する教育計画を作成することは極めて重要である。

● 継続的改善

 ヒューマンファクターだけが空港の点検プログラムの質の管理に影響を及ぼすものではない。多くの空港では、点検プログラム以外も含めたすべての業務に対して継続的改善の考え方を採用して、質の改善に取り組んでいる。たとえば、ナッシュビル空港では、シックスシグマプロセス* を採用して継続的改善活動に取り組み、メンテナンス作業の要求方法や契約に関するコンプライアンスについて改善を図っている。また、ボストン国際空港では、マサチューセッツ州港湾局、航空会社、FAA、業界の代表からなるチーム (Tiger Teams)を作り、航空機運航の安全性を向上させるための長期的および短期的な目標を設定したアクションプランを作成している。
 自己点検プログラムを継続的に改善するためのより具体的なアプローチには、パート139の規定に関する事前検証がある。これは他の空港から点検担当者を招いて検証を実施してもらうというものである。このほかにも、他の空港を訪問して点検プログラムについて学ぶ方法もある。トレーニングから点検、不適合事項の発見・報告、クローズアウトに至るまで、あらゆる方法について他の空港との間で情報交換をすることは点検プログラムの改善を図る上で有益である。

● 航空業界における質の管理

 業務の質の向上への取組みは航空業界全体でも行われている。その一つにIATA(国際航空運送協会)による航空機運航の安全性に関する検査プログラムがある。このプログラムはFAAにより認定され、また国際的にも認知された、航空会社の航空機運航システムを評価するために開発されたものである。これを採用することにより航空会社とレギュレータ(規制当局)の双方にとって次のような利点がある。
• 航空会社と規制当局のコストと検査に必要なリソースが削減される
• 規定の改正と業界のベストプラクティスの進展を反映するために基準が継続的に更新される
• 検査プログラムの質がIATAにより継続的に管理される
• トレーニングを受けた、資格のある検査員がいる認証された組織による検査が実施される
• 標準化されたチェックリストを有する等、検査手法が構造化されている
• 検査報告の相互承認により検査の冗長性が排除される
• 航空業界に関する検査員に対するトレーニングコースが開発されている
• 構造化されたトレーニングコースを有する認定された機関により検査員に対してトレーニングが実施される
 なお、同様の外部検査システムは、FAAによるパート139に記載されているもの以外に対する点検プログラムにも適用できるが、現時点では実行されていない。

● 自己点検の質の管理の実際

 空港の安全性に関する自己点検プログラムの質の管理では、自己点検の重要性と様々なヒューマンファクターへの対応を担当者に自覚させることが肝要である。これら二つについての現場での実行状況は以下のようにまとめられる。
◆ 自己点検の重要性
 自己点検が重要である理由としては、空港全体の90%はFAAにより点検が必要とされていること、87%は空港の機能が十分でなければ航空機事故が発生する危険性があること、84%は(以前の)点検が適切に実施されていない可能性があることを挙げている。
◆ 点検担当者に悪影響を及ぼす要素
 点検担当者に悪影響を及ぼす要素とその度合いは図1のようにまとめられる。空港の多くは「自己満足」の影響が大きいとする一方で、「トレーニング不足」と「自信喪失」はほとんど影響がないとしている。他の「疲労」、「騒音・注意散漫」、「点検時間の不足」、「自信過剰」、「注意力不足」といった要素は両者の中間にあり、いく分は影響があるとしている。

 

 

◆ 自己満足への対策

 担当者に最も影響を及ぼすとみなされた自己満足の度合いを低く抑える方法については図2のようにまとめられる。GA空港以外ではトレーニングと管理・監督が最も一般的なものであるのに対して、GA空港では検査と点検ルートの変更が一般的なものである。

 

 

◆ 質の管理を確実にする方法

 自己点検の質の管理を確実に行う方法は次のようにまとめられる。最も一般的なものは管理・監督であり、日常点検報告書のレビュー、検査員による検査への点検担当者の同行、定期的な検査、担当者の能力の総合評価といった様々な形を取る。また、トレーニングもその方法の一つに挙げられ、適切なトレーニング(初回トレーニングと再トレーニングの両方)を行うことにより質の管理がある程度確実に行われると考えられている。このほか、ピアレビュー(相互検証)、引継ぎ報告の確実化、文書の適切化、責任の所在の明確化といったものも挙げられている。

 

注)
* 100万回作業を行った場合にエラーの発生を3.4回に抑えることを目標に、1980年代に米国モトローラが開発した品質管理手法

 

参考資料
・Airport Self-Inspection Practices, ACRP Synthesis 27, TRB, 2011 (ACRP)

(続きは次回)

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