八谷好高客員研究員(SCOPE)
空港の安全性の自己点検に関して、前回までに米国連邦航空規則、米国連邦航空局 (FAA)の規定ならびに米国の空港における自己点検の実施状況を紹介しました。今回は、自己点検プログラムの担当者に関するトレーニングの方法について記したあと、米国の空港におけるトレーニングの実践状況についてアンケート調査の結果に基づいてまとめます。
◆ トレーニングプログラムの文書化
空港の安全性に関する自己点検プログラムでは、点検担当者に対するトレーニングの種類と内容を規定することが肝要である。各空港は点検を自ら実施することをFAAにより要求されているが、その点検業務は連邦航空規則パート139「空港証明」(以下では単にパート139と称す)で規定された要件を満たすトレーニングを経験した人材のみが担当できる。そのため、空港ごとに点検担当者に対する文書化された効果的なトレーニングプログラムを整備することが必要となる。このトレーニングに関する記録は、前々回のコラム(第26回)で示した空港業務に関するものと同様、複雑なものとする必要はなく、表1のようなもので十分である。トレーニング記録を文書化することは、認証空港(FAAにより空港運用証明を与えられた空港)において必須のものとなっているが、他の空港においてもそれが推奨されている。
◆ トレーニングプログラムの内容
認証空港にあっては、点検担当者に対して、空港運用業務(第26回コラムの表1)と点検業務(今回の表1)の項目に関するトレーニングを実施する必要がある。これらパート139で規定されている事項に加え、本テーマに関するコラムの初回(第25回コラム)で紹介したAC 150 / 5200-18C「空港の安全性に関する自己点検」において各空港がその特性に応じて検討すべきとしている事項もトレーニングの対象となる。そのため、点検担当者は、パート139に加えて、担当している空港に適用されるFAAの規定を理解する必要がある。このほか、現在進行中ならびに今後予定されている建設プロジェクトの安全計画、空港認証マニュアル (ACM)においてトレーニングと点検業務に関して必要とされる事項、空港認証に関する施策等についても精通している必要がある。
◆ トレーニングプログラムの計画
トレーニングプログラムの計画としては様々なものが考えられるが、トレーニングプログラムへの参加者が担当している空港に特化したものが最適であることは言うまでもない。トレーニングプログラムを計画する場合に最も重要なことは、トレーニング参加者を中心にすえること、すなわち、参加者がトレーニングで得られる知識や技術そして終了時の達成度に焦点を当てることである。従来は、トレーニング参加者が能動的に学習することではなく、受動的に教えられることに重点を置いていた。現在でもそれはある程度事実である。たとえば、パート139、特定のFAAのAC、空港レイアウト、保安検査区域における要求事項等については、講義の対象となっているものであったとしても、点検担当者はあらかじめ知っておかなければならない事項である。現在では、アウトプットではなく、アウトカムに焦点を当てたトレーニングプログラム計画を立案することが目標となっている。
参加者を中心にすえたトレーニングプログラムを実現するためには、参加者が有している知識と経験を考慮して、効果的なトレーニングを実施できるようなプログラムを計画・開発する必要がある。具体的には、単に古いビデオを見せるのではなく、対象空港の写真や事例に基づいてその空港に特化した事項について議論するといった双方向のトレーニングプログラムを開発する必要がある。これには、他の空港を訪問したり、業界イベントに出席したり、FAAの担当者から学習したりするといったことも含まれる。新任の点検担当者を考慮してトレーニングプログラムを計画することから始めれば、より効果的なトレーニングプログラムが実現できよう。
◆ 初回トレーニング
初回トレーニングでは、空港全体の安全性の確保ならびにパート139の規定との適合性を確認するために実施すべき点検業務の内容だけでなく、適切な点検方法についての教育をまず行わなければならない。各空港における初回トレーニングの基本的カリキュラムには、パート139で規定されている事項に関するものに加え、独自のものを組み込む必要があるが、この点に関しては多くの選択肢があろう。
トレーニング方法として一般的なものは、現場でのトレーニング (On the Job Training, OJT)である。この方法は、他の点検担当者の手助けを必要とするものであり、適切な点検方法と担当する空港に特有な点検項目についての知識を得るために、所定の期間、経験豊富な担当者と一緒に点検業務を行うことが必要になる。ある空港では、新任の点検担当者は6ヶ月以上のOJTを経て筆記・実技試験に合格することにより、単独で点検業務を担当できるようになるという仕組みを採用している。
OJTを補完するためによく使用されるトレーニング方法には、講義(ビデオや教科書使用)、筆記・口頭試験、自主学習、グループ学習、シミュレーション、双方向トレーニング等がある。シミュレーションを使用すれば、航空交通管制官に連絡したり、その指示に従ったりといった業務について、昼間と夜間の両方で、現実感のあるトレーニングが可能になる。また、航空機走行区域内での車両運転に慣れていない担当者にとって、それを室内で安全にシミュレーション学習できることは極めて効果が大きいものとなる。コンピュータを用いた双方向トレーニングプログラムでは、対象とする空港特有の内容を表示するタッチスクリーンモニターを使用するが、実際の空港の映像を用いることにより現実感が増す。
◆ 繰返しトレーニング
点検業務の担当者に対しては業務開始前にトレーニング(初回トレーニング)を行ってはいるが、技術・技能の維持・向上を図るためにはトレーニングを繰り返し行うことが肝要である。繰返しトレーニングを行わなければ、初回トレーニングの効果は徐々に減少し、空港の安全性に関する点検プログラムが十分に機能しないことにもなる。繰返しトレーニングは少なくとも12ヶ月ごとに実施する必要があるが、これより短い間隔で行うことが必要になる場合がある。例えば、フリクションテスタのような新しい計測機器を導入した場合には、適切に使用するためのトレーニングが欠かせない。
繰返しトレーニングは、初回トレーニングと同様、様々な方法を用いて行うことができるが、ワークショップ、会議や外部トレーニングに頼ることも多い。点検担当者に対してパート139をより深く理解するための繰返しトレーニングを実施することにより、パート139の要求事項を単に暗記するだけではなく、あらゆる状況の下でも要求事項に対応できる能力を高めることが可能となる。
◆ 社内トレーニング
初回ならびに繰返しトレーニングのどちらにおいても、社内、外部どちらのトレーニングも選択できる。トレーニングの質を高めるためにはトレーニングでの指導に熟達した講師を準備する必要があるが、そのような人材を組織内部に有する空港においては社内トレーニングが適していよう。また、外部トレーニングに必要な資金が不足していたり、トレーニングの対象者が少人数ですむといったりする小規模空港でも社内トレーニングが有効であろう。
社内トレーニングの利点は、参加者の旅費が不要なことと職場から離れる時間を最小にできることである。また、対象となる空港の環境や状況に合うようにトレーニングの内容を調整可能であることから、これにより参加者は担当する空港の状況を熟知して、点検を手際よく確実に行うことが可能となろう。また、社内トレーニングでの指導者を空港職員によりまかなえれば、その職員自身も自分の長所と短所を自覚でき、結果として自分自身の技術・技能を向上できるばかりか、空港にとってもトレーニングに関するコスト削減が可能になるというメリットがある。
ただし、社内トレーニングにも欠点がある。例えば、社内トレーニングしか経験していない点検担当者は、他の空港で実施されている点検方法を学習する機会がなく、社外指導者の専門知識も吸収できない。また、社内指導者自身に対するトレーニングの実施とトレーニング施設の提供に加えて、トレーニングの日程調整とトレーニング記録の保管体制の構築も必要になる。このようなことから、場合によっては、社内トレーニングは、外部トレーニングよりも費用がかかるばかりか、トレーニングの質も低いものとなってしまう恐れがある。
◆ 外部トレーニング
外部トレーニングは、一つの空港の担当者に対して、あるいは複数の空港の担当者に対してまとめて行われる。対象となるテーマは、顧客サービス、野生生物ハザードマネジメント、点検といったものである。外部トレーニングとして、業界団体、地方組織・機関や民間研修機関がワークショップ、会議、スクーリング等を行っており、点検担当者は専門家によるこれらのトレーニングに参加することが可能となっている。また、これらの外部トレーニング組織は様々な資格・認証制度も提供している。なお、外部トレーニングの期間は、数時間から1週間であるが、半年にまで及ぶ場合もある。
外部トレーニングの利点は、これにより参加者が他の空港の点検担当者からも多くを学ぶことができ、自身が担当する空港にとって有用なアイデアや方法を生み出すことが可能となることである。また、外部トレーニングを利用すれば、社内の指導者を確保するための調整作業も最小限に抑えることができる。ただし、空港管理者は外部トレーニング受託者に対して監督責任を負っていることに留意しなければならない。
外部トレーニングの欠点は、参加者が空港外で実施されるトレーニングに参加する場合には費用がより多くかかることに加え、参加者が職場から離れる時間も長くなってしまうことである。また、場合によっては、トレーニングの内容が担当する空港に適したものとはならないこともあろう。
外部トレーニングの例として、米国空港管理者協会 (American Association of Airport Executives, AAAE)* による空港安全性・業務スペシャリストスクール (Airport Safety and Operations Specialist Schools, ASOS)を紹介する。これは、AAAEとFAAが20年以上にわたって協同して空港業務に携わる人材に対して実施してきているトレーニングプログラムであり、10,000名を超えるトレーニング実績がある。スクールは、参加者に対して、パート139の規定を理解し、ケーススタデイにより学習した知識を用いて規定・基準の改訂や更新への対応策について検討する機会を与えるものである。コースは、表2のように、基本コース (Basic Course)と応用コース (Advanced Course)の二つに分かれている。期間はどちらも2日間であるが、前者は講義が、後者は討議が中心となっている。
◆ トレーニングの頻度
アンケートに対して回答のあった空港の大部分(91%)では、点検担当者が新たに配置されたときに、必要に応じて初回トレーニングを実施している。繰返しトレーニングについては、72%の空港では毎年、10%の空港では毎月、残りの空港では毎週または2ヶ月間ごとに行っている。
◆ トレーニングの指導者
図1に示すように、点検担当者に対するトレーニングを担当する指導者については、空港運用業務担当者と回答している空港が最も多い (85%)。トレーニング担当マネージャは空港全体の18%で指導者となっているが、空港規模別でみれば、大型ハブ空港の18%、小型ハブ空港の25%、そしてノンハブ空港の25%で指導者となっている。空港マネージャは空港全体の30%でトレーニングを担当しているが、ノンハブ空港のすべてとGA空港の50%といったように、比較的規模の小さい空港での実績が多い。このほか、双方向トレーニングは、大型ハブ空港の27%とノンハブ空港の25%で使用されている。
◆ トレーニングの期間
点検に関する初回トレーニングについては、図2に示すように、新規配置者に対するトレーニングに組み入れて実施することが多い。トレーニングの期間は、点検に関するトレーニングが他のトレーニングと組み合わされている場合には数ヶ月となる場合もあるが、単独の場合には大幅に短縮されたものとなっている。なお、自由回答からは1~3ヶ月間の継続的なOJTを実施する傾向のあることが明らかになっている。
◆ トレーニングの方法
初回トレーニングとしてはすべての空港で社内トレーニングを採用している。なお、大型ハブ空港の9%と中型ハブ空港の17%では外部トレーニングを併用している。
点検担当者に対する初回トレーニングの方法としては、図3に示すように、OJTが最も一般的であるが、このほかにも様々な方法を用いている。規模別にみれば、大型ハブ空港ではOJT (100%)、双方向トレーニング (82%)、自主学習 (73%)を多く用いているのに対して、中小型ハブ空港ではOJTを、ノンハブ空港とGA空港では自主学習とOJTを通常用いている.また、ノンハブ空港の75%で双方向トレーニングを用いている。
初回トレーニング方法の選択理由は、「信頼できる」、「過去に成功した」、または「効果的である」ことが最も多く、「低コストである」ことがそれに続く。なお、いくつかの空港では、トレーニングをより確実にするために現行のトレーニング方法の変更を検討中である。これは、トレーニング方法そのものを変えたり、個別方法の組み合わせを変えたりすることにより、トレーニング参加者がより多くの情報を得られ、学習意欲を向上できるようになるとみなしているからであろう。
繰返しトレーニングの方法としては、初回トレーニングの場合と異なり、図4に示すように様々な方法を使用している。いく分ではあるが、OJTと双方向トレーニングが多い。空港規模別にみると、大型ハブ空港では双方向トレーニング (90%)と試験 (80%)を、中型ハブ空港ではOJT (67%)を用いており、小型ハブ空港では自主学習、OJT、双方向トレーニング、会議やワークショップを組み合わせている (63%)。また、ノンハブ空港とGA空港では、自主学習とOJTを最も多く用いている。
繰返しトレーニング方法の選択理由として一般的なものは、「信頼できる」、「効果的である」、または「過去に成功した」ことであり、他には、「いろいろな方法の組み合わせが可能である」と「低コストである」ことが挙げられている。空港の大部分(97%)では定期的な社内トレーニングを実施しており、ハブ空港の一部では外部トレーニングを使用している。
◆ トレーニングの対象者
空港全体の87%では、空港運用業務担当者に対してパート139に規定されたトレーニングを実施している。一部の空港では他の業務担当者に対してもこのトレーニングを実施しているが、空港全体の71%ではACMで規定された特定の人材に対してのみ必要に応じてトレーニングを実施しているだけである。すなわち、空港運用業務担当者に対してはあらゆる分野に関するトレーニングを実施しているものの、航空機救難消防 (ARFF)やメンテナンス等の個別業務担当者についてはその分野に関してのみトレーニングを実施している。
◆ 資格・認証
点検担当者の資格・認証については、空港全体の34%では点検担当者に対して取得することを強く推奨しているが、59%では推奨したり、要求したりはしていない。なお、2つの空港では点検担当者はこれらの資格・認証を取得していなければならないとしている。
注)
参考資料
・Airport Self-Inspection Practices, ACRP Synthesis 27, TRB, 2011 (ACRP)
・CFR-2011-title14-vol3-part139, https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CFR-2011-title14-vol3/pdf/CFR-2011-title14-vol3-part139.pdf
・https://aaae.org/AAAE/AAAEMemberResponsive/Events/2015/12/151203/CCO_Master.aspx
(続きは次回)