八谷好高客員研究員(SCOPE)
10回ほど続いた「空港舗装マネジメント」の次に、今回からは「空港における野生生物マネジメント」を取り上げます。航空機と野生生物との衝突、すなわち野生生物衝突は、航空機の定時運航を阻害し、また航空機の修理等の経済的損失をもたらすほか、映画にもなった2009年1月に起こった“ハドソン川の奇跡”のような重大な航空事故を引き起こす危険もあります。野生生物衝突は空港およびその周辺での発生事例が全体の約90%となっていることから、空港における野生生物マネジメントは航空機の安全かつ効率的な運航を確実なものとする上で重要なものとなっています。以下では、ICAOの規定やいくつかの国で採られている具体的方策を概括する形で、空港における野生生物マネジメントについて考察していきたいと思います。
1912年4月3日、ライト兄弟によるライト・フライヤー号の初飛行から4年も経たずに、航空機と鳥との衝突(バードストライク、Bird Strike)による死亡事故が発生した。その後のジェット機の出現・普及、交通量の増加に加え、世界各地で進められている野生生物保護活動による個体数の増加に伴って、バードストライクのリスクが増加している。近年では、鳥類が航空機の安全運航に対する脅威となる唯一の野生生物種ではないという認識が高まり、哺乳類やは虫類も含めて、航空機と野生生物との衝突、すなわち野生生物衝突を防止するために、空港およびその周辺における野生生物のマネジメント方策を講ずるようになってきている。
野生生物衝突はそれ以外のハザード* よりも事故を引き起こすリスクは高いと考えられてはいないが、FAAによれば、1960~2004年の間に、野生生物衝突により少なくとも122機の民間航空機が破壊されて255名の人命が奪われ、少なくとも333機の軍用機が破壊された。
後述するICAOとFAAの野生生物衝突に関するデータベース(IBISとNWSD)に登録されている、航空機と野生生物との衝突の状況について以下に取りまとめる。
◆野生生物衝突の発生数とその推移
IBISのデータでは、2008~2015年の間に発生した野生生物衝突として、105の国・地域(大半は北米とヨーロッパ・北大西洋諸国)において97,751件が報告されている。
NWSDのデータでは、1990~2015年の間に米国内で発生した野生生物衝突として166,276件が報告されている。米国内で発生した野生生物衝突数は1990年から2015年までの間に1,813件から13,546件へと7.5倍に増加しており、野生生物衝突が発生した空港数も334箇所から674箇所へと増加している。米国内で発生した野生生物衝突のうちパイロット等により確認されたものをみると、1990年から2015年までの間に、件数は1,679件から9,248件へと増加しているのみならず、航空機運航回数10万回あたりの衝突数(衝突率)も1.7回から10.0回へと増加している(図1)。
◆野生生物衝突の発生時期
IBISのデータでは、野生生物の衝突は通年で発生しているが、5~10月に集中しており、1、2月では極めて少なくなっている(図2)。また、NWSDのデータでは、鳥との衝突はその42%が7~9月に発生し、鹿との衝突の29%が10、11月の2箇月に多く発生している。
◆野生生物衝突の発生時間帯
IBISのデータでは、野生生物衝突の68%、25%は、それぞれ、昼間、夜間に発生している(図3)。また、NWSDのデータでは、鳥類、陸生哺乳類とも、衝突の63%が、それぞれ、昼間、夜間に発生している。
◆野生生物衝突発生時の航空機運航状況
IBISのデータでは、野生生物衝突は、その91%が空港およびその周辺で発生しているため、航空機の運航状況では、離陸時、進入・着陸時に多く、前者で31%、後者で59%となっている(図4)。NWSDのデータからも、野生生物衝突は着陸時に多く、鳥類、陸生哺乳類、こうもりの、それぞれで、離陸時が35%、33%、14%、着陸時が61%、64%、84%となっている。
◆バードストライク発生時の航空機高度
NWSDのデータでは、バードストライクのうち、航空機高度が150m以下のとき発生した件数は、商用機、ジェネラルアビエーション機のそれぞれで、全体に対して71%、73%の割合となっている。高度が150mを超える場合の件数は、300mごとに、それぞれ、34%、44%の割合で減少していく。ただし、より高度のあるときのバードストライクのほうが航空機の受ける損傷の度合いは大きい。
◆航空機との衝突が多い野生生物の種類
IBISに報告された野生生物衝突のうち、47,748件では野生生物の種類が特定されている(図5)。大半は鳥類であるが、哺乳類(こうもり含む)も3%ほど含まれている。
NWSDのデータでも野生生物衝突の大半は鳥類とのものである(図6)。鳥類以外では、近年はこうもりとの衝突事例が増加している。
◆野生生物衝突による航空機の損傷
米国内で発生した野生生物衝突のうち、パイロット等により確認されたもので航空機が損傷を受けた件数は、1990年から2015年までの間に1.72倍に増加しているのみならず、航空機運航回数10万回あたりの損傷件数(損傷率)も1.87倍へ増加している(図7)。なお、野生生物衝突により航空機が損傷を受けた件数の野生生物衝突件数全体に対する割合をみると、26年間の平均では9%であるが、1990年から2015年までの間では20%から5%へと徐々に減少している。
野生生物衝突による航空機使用不能期間(時間)と修理等のコストとしては、1990年から2015年までの平均で、それぞれ、最低でも年間で11.2万時間と1.9億ドルと推定されている。
IBISのデータでは、野生生物衝突により航空機が損傷を受けた件数は、野生生物衝突件数全体の34%、すなわち33,376件となっている。そのうち、17件は航空機の破壊、600件は重大な損傷、1,814件は軽度の損傷であるが、残り(全体の92%)は損傷がほとんど確認できない程度のものである。
◆野生生物衝突が航空機運航に及ぼす影響
IBISのデータでは、野生生物衝突のうち12,227件で航空機運航に影響があった。このうち、20%の2,501件は重大な影響であり、1,230件が目的地外着陸、513件が離陸中止、63件がエンジン停止となっている(図8)。図中にある「その他」には、211件の運航遅れ、54件の緊急事態宣言、137件の引返しが含まれる。
NWSDのデータでは、26年間に目的地外着陸または緊急着陸が5,539件、離陸中止が2,232件あった。野生生物衝突のうち航空機の運航に影響が出た割合は、1996年の12%から2015年の4%へと減少している。この割合を野生生物の種類別にみれば、鳥類、陸生哺乳類のそれぞれで、6%、20%となっている。なお、野生生物が大きいほど航空機に損傷を与えるリスクも高く、鳥類の場合は体重が100g増すごとにリスクも1.26%ずつ高くなっている(衝突数の多い30種類の分析による)。
航空機と野生生物との衝突リスクの低減方策については、ICAOが第14付属書 (ICAO Annex 14)における一つの節(9.4)に規定を設けている。その要点は次のとおりである。
★空港およびその周辺における野生生物の航空機との衝突の危険源(野生生物衝突ハザード)は以下によって評価する。
• 野生生物の航空機との衝突事例の記録・報告
• 空港およびその周辺において航空機運航上リスクとなる野生生物に関する情報の収集
• 野生生物衝突を引き起すハザードの適切かつ継続的な評価
★野生生物衝突があった場合は、データベースに記録するためにICAOに報告する。
★野生生物衝突リスクを最低限に抑えるための措置を講じて、航空機運航上のリスクを低減する。
★ごみ捨て場等、野生生物を空港およびその周辺に引き付ける可能性のある場所・施設が形成されないようにする(土地開発計画時には航空機の運航安全性を考慮)。すでにある場所・施設の廃止・撤去が不可能ならば、航空機運航上のリスクをできる限り低減する。
ICAOは、バードストライクの事例を収集・保管するために、ICAO鳥衝突情報データベース (ICAO Bird Strike Information System、IBIS)を1979年に整備した。同時に、衝突事例の登録促進のためにバードストライク報告様式 (Bird Strike Reporting Form)を制定し、バードストライクに遭遇したときの状況についてパイロット等が報告する必要のある項目・内容を明らかにした。その後、バードストライクによる経済的損失やエンジン・機体の損傷といった事項について航空機の運用者が報告するための追加情報様式 (Supplementary Bird Strike Reporting Form)も制定している。前者における報告項目は次のようなものである。
★運用者 (Operator)
★航空機型式 (Aircraft Make/Model)
★エンジン型式 (Engine Make/Model)
★航空機登録番号 (Aircraft Registration)
★日付(Date)
★時刻(Local time):薄明/昼間/薄暮/夜間
★空港名 (Aerodrome Name)
★使用滑走路 (Runway Used)
★発生場所 (Location if En Route)
★地上よりの高さ (Height AGL)
★指示対気速度 (Speed (IAS))
★衝突時の飛行区分 (Phase of Flight):駐機/巡航/タキシング/降下/離陸滑走/進入/上昇/着陸滑走
★衝突・損傷を受けた航空機の部分(Part (s) of Aircraft):レドーム/ウィンドシールド/ノーズ/エンジン/プロペラ/翼/胴体/着陸装置/尾部/灯火/その他
★フライトへの影響 (Effect on Flight):なし/離陸中止/目的地外着陸/エンジン停止/その他
★天候状態 (Sky Condition):快晴/一部雲/一面雲
★降水 (Precipitation):霧/雨/雪
★鳥の種類 (Bird Species)
★視認・衝突した鳥の数 (Number of Birds):1/2~10/11~100/多数
★鳥の大きさ (Size of Bird):小/中/大
★パイロットへの警告の有無 (Pilot Warned of Birds):有/無
なお、米国での野生生物衝突については、FAAがデータベース(FAA National Wildlife Strike Database、 NWSD)を整備して、内容も公開している。また、わが国においても、バードストライクに遭遇した場合には所定の様式に則って国土交通省へ報告することになっており、鳥衝突情報共有サイトを通じて関係者による情報共有が図られている。
空港における野生生物のハザードの効果的なマネジメント方策を構築する試みは、防火等に関するものとは対照的に、ほとんど行われてきていなかった。これは、野生生物のリスクレベル、生息地の種類、野生生物の種類が空港によって異なり、一つの空港で成功した方法が他の空港には必ずしも当てはまらないことに加え、空港ごとに利用可能なリソースが異なること、空港管理者等の野生動物衝突のリスクに対する認識が異なることによっている。
このような状況の下、国際バードストライク委員会** は、2006年に、野生生物衝突のリスクを低減するために、空港における野生生物マネジメントに関するベストプラクティスの標準 (Standard)を提言している。ただし、全ての分野において普遍的な方法を見出すことは難しいことから、野生生物の生息地管理、野生生物の管理施設・設備、人員といった限られた分野に関するものとなっている。その概要は次のようにまとめられる。
★空港管理者は、野生生物マネジメントプログラム(野生生物自体と生息地管理の両方)に責任を負う。
★ハザードとなる野生動物を空港に引き付けているリソースを正確に特定し、それを取り除いたり、量を減らしたりするとともに、野生生物が空港に近づかないようにするための野生生物マネジメント計画を策定する。この場合、必要に応じて、専門家の支援を求めるとともに、計画策定プロセスの実施記録等を保存する。
★野生生物管理者は、航空機の離着陸の少なくとも15分前には(離着陸間隔が15分未満であれば常時)現地にいて、野生生物の防除業務に専念する。航空機の運航数が少ない場合には、滑走路周辺からハザードとなる野生生物をすべて防除するためには15分は十分ではないため、その前から防除業務を行う必要がある。夜間は、供用する滑走路や誘導路において、通常の時間間隔で野生動物の有無を確認し、必要に応じて防除業務を行う。
★野生生物管理者は、野生生物の種類・数や管理対象領域に適した野生生物防除設備・装置を確保する。担当スタッフは、銃器や罠など野生生物を防除するために必要な装置を確保し、専門家に速やかにサポートを求められる体制を構築する。すべてのスタッフは野生生物防除装置について適切な訓練を受ける。
★野生生物管理者は、少なくとも30分ごとに次の項目を記録する(巡回間隔が30分以上となる場合は巡回ごと)。なお、管理者名、業務時間、気象条件などの一般的な情報は、業務開始前に記録しておく。
• 巡回した領域
• 発見した野生生物の数、場所、種類
• 野生生物の防除方法
• 防除業務の結果
★野生生物によるインシデントは、次の3つのカテゴリに分けられる。
• 確認された衝突
─ 野生生物の死骸やその一部、航空機の損傷等、航空機と野生生物との間の、報告のあった衝突
─ 死因が明確でない空港内での野生生物の死骸(車両との衝突、窓への飛込み等以外)
• 確認できない衝突
証拠はないが、航空機と野生生物との間の、報告のあった衝突
• 重大なインシデント
衝突の証拠の有無にかかわらず、空港およびその周辺の野生生物が航空機の運航に影響を及ぼした
インシデント
★空港およびその周辺も含めて、すべての野生生物の衝突が報告される仕組みを確立する。
すべての野生生物衝突についてできるだけICAO報告様式に則ったデータを記録・照合して、 ICAOに毎年提出する。
★野生生物衝突についてリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて野生生物マネジメントに関する目標を定め、その有効性をモニタする。リスクアセスメントは、定期的に、できれば毎年実施する。
★空港周辺の13kmの円形領域 (Bird Circle)内で、空港周辺や離着陸ルートに特に注意して、野生生物を引き付ける場所をリストアップする。これらの場所に引き付けられる野生生物の行動パターンが航空機運航に対してリスクになるかどうかを調査し、必要に応じて、実行可能性・対費用効果性に優れた追加措置を講ずる。これら一連のプロセスを毎年繰り返して、新しい場所や既存の場所のリスクレベルの変化を把握する。
13kmの領域内でハザードとなる野生生物を引き付ける可能性のある土地の開発・利用計画がある場合、可能であれば、空港管理者も関与する。そのような開発により野生生物衝突のリスクが高くなる可能性がある場合には、計画に対して変更を要請したり、反対したりする。
注)
* 野生生物衝突以外の航空機事故に対するハザードとしては次のようなものがある。
航空機が飛行中に回復不可能な制御不能状態に陥る (LOC-I、 Loss of Control - In Flight)
航空機が制御されたまま地表に向かって飛行(激突)する (CFIT、 Controlled Flight Into Terrain)
航空機が滑走路から逸脱・オーバーランする (RE、 Runway Excursion)
** 国際バードストライク委員会 (International Birdstrike Committee)は、航空機と鳥類およびその他の野生生物の衝突のハザードと衝突リスクの低減策に関して、専門家と他の組織との間の情報交換・協力を促進することによって、航空機運航の安全性を改善するために設立された非営利団体である。その活動は、2012年に設立された世界バードストライク協議会 (World Birdstrike Association、 WBA)に引き継がれた。
参考資料
Strategies for Prevention of BirdStrike Events, AERO QUARTERLY, QTR_03 | 11, Boeing Company, 2011
2008 - 2015 Wildlife Strike Analyses (IBIS), EB 2017/25, ICAO, 2017
Wildlife Strikes to Civil Aircraft in the United States 1990–2015, FAA-USDA, 2016
Annex 14 - Aerodromes, Volume I - Aerodrome Design and Operations, Seventh Edition, ICAO, 2016
Airport Services Manual, Part 3 - Wildlife Control and Reduction, Doc 9137, Fourth Edition, ICAO, 2012
Manual on the ICAO Bird Strike Information System (IBIS), DOC 9332-AN9091, Third Edition, ICAO, 1989
Reporting Wildlife Aircraft Strikes, AC 150/5200-32B, FAA, 2013
http://www.mlit.go.jp/koku/birdrep.html(航空機への鳥衝突(バードストライク)等が発生した場合の報告について(お願い))
Standards for Aerodrome Bird/Wildlife Control, Recommended Practices No. 1, Issue 1, International Birdstrike Committee, 2006
(続きは次回)