八谷好高客員研究員(SCOPE)
「空港舗装マネジメント」の最初の構成要素であるシステム設計を今回取り上げます。
舗装の性能は、図1のように、舗装の供用後徐々に低下し、ある時点(限界状態)からは急速に低下する。この限界状態に達するまでの期間は、舗装の構造、材料の品質、交通量、気象およびメンテナンスといった要素によって違ってくる。
図1 舗装の性能が低下する状況 (AC 150/5380-7B)
舗装の保全工事の費用はその時期により異なるが、「非常によい」・「満足」と「よい」・「やや悪い」の時点で実施するときの費用では5倍程度の違いがある。本格的な補修(重補修)を実施するのは性能が急速に低下し始める限界状態の時点が適切であろうが、そのタイミングははっきりとわかるわけではない。
このような舗装の性能低下は、航空機荷重および環境の作用により引き起こされる、舗装表面での損傷や構造的損傷の結果である。環境の作用により舗装表面に損傷が生じたとしても、通常構造的には健全な状態が保たれている。また、航空機荷重の作用による性能低下速度のほうが環境の作用によるものよりも大きい。舗装の構造的健全性は、目視により確認できる舗装表面の損傷の場合とは異なり、試験によって判定せざるを得ず、そのため、舗装のマネジメントにおいては、舗装の将来状態を予測し、損傷原因を判定するために舗装状態評価システムを構築する必要がある。
舗装の性能低下に関する情報に加えて、種々の保全工法の費用や有効性に関する情報を入手することにより、費用対効果に優れた保全戦略を策定できる。図2は、舗装の耐用期間中の早い段階で保全工事を適用するという舗装の保全の概念を説明している。この保全工事を継続して実施することにより、補修工事費用を最小化したり、重補修工事や再建設を抑制したりできるようになる。また、工事による施設の閉鎖も短期間で済ませることができる。
図2 舗装の保全の概念 (AC 150/5380-7B)
舗装のマネジメントでは補修工事と日常的維持工事を区別する必要がある。日常的維持工事は舗装の性能を設計耐用期間中保持するための保全工事、すなわちルーティンワークとして計画・実施すべき作業であり、舗装の全体的な保全体系の一部となっている。
空港舗装マネジメントシステム (APMS) は、空港舗装インフラの設計・建設と、それに引き続く保全(維持および補修)工事といった、関連する全ての行為を対象としている。APMSは、舗装、建築・土木構造物、航空機誘導システム等空港の中核をなすアセットを対象とした空港アセットマネジメントシステムの一部となっている。APMSを用いることにより、舗装インフラの整備と管理に関する十分な検討ができることとなり、航空機の安全かつ効率のよい運航が確保できる。
APMSの基本設計においては、管理面と技術面での検討が必要となる。
管理的側面としては、システム運用に関する意思決定方法、システム運用予算の確保、APMS担当スタッフの選定、APMS担当スタッフとそれ以外のスタッフの間の連絡体制の確立といった点についての検討が必要となる。APMSの運用を成功させるにはAPMSを組織の意思決定プロセスに結びつけることが肝要である。
技術的側面としては、舗装関連データの保存と検索のためのデータベースの構築、APMSソフトウェアの開発、舗装状態の評価方法の確立、舗装の劣化状況の推定方法の確立、費用対効果に優れた保全工事の選定といった点についての検討が必要となる。
APMSを十分に活用するためには、舗装の状態に関する情報を収集し、継続的に更新して最新のものにする必要がある。また、舗装の保全戦略を所定の判断基準・方針に従って策定する仕組みとする必要がある。さらに、舗装の性能予測モデル、補修費用算定方法および最適化方法を組み込む必要がある。
APMSにおいて必要となる具体的なデータは次のとおりである。
●データベース
舗装一覧表、舗装構造、保全工事の履歴(費用も含む)、舗装状態、航空機運航状況等。
●舗装一覧表
滑走路・誘導路・エプロンの位置・長さ・広さ、舗装の種類、建設時期、直近の主な保全工事、資金源等。
●舗装構造
舗装の初期建設データ(時期、構造)、その後の保全工事の履歴、PCN等。
●保全工事の履歴
補修工事の履歴(費用も含む)、日常的維持工事の履歴(破損の種類・程度、工事の種類・量・費用等)等。
●舗装状態
PCI等。
●航空機運航状況
航空機の型式、運航状況等。
APMSの出力には次のものがある。
●舗装一覧表
ネットワーク内の舗装のリスト。舗装形式、位置、長さ・広さ、舗装の機能等の情報を含む。
●点検計画
日、週および月ごとの点検ならびに年一回の詳細点検の結果と点検の将来計画。これを使用して、許容最低性能レベルと性能低下速度に基づいた点検計画を策定する。
●舗装状態
個別およびネットワーク全体の舗装の状態の一覧表。これを使用して保全工事の将来計画を立案する。
●予算計画
計画期間中の日常的維持工事、軽補修工事、重補修工事を対象とした予算計画。これを使用して舗装ネットワークを所定のレベル以上に保持するために必要となる予算額を計算する。
●ネットワークの保全状況
最新のPCI調査結果を取り込んだネットワーク全体の保全状況。これを使用して保全戦略を立案する。
●経済分析
舗装保全戦略に関するライフサイクルコスト分析と有効性の比較検討結果。これを使用して最も対費用効果に優れた保全戦略を選定する。
APMSでは次の検討対象の違いを認識する必要がある。
●ネットワーク (Network)
数多くの舗装を管理するために組織化されたユニット。具体的には、一つの空港の全ての舗装または地域全体の空港の全ての舗装といったものが考えられる。なお、ネットワークは一つ以上のブランチに分割される。
●ブランチ (Branch)
ネットワーク内で容易に識別可能な特性を有するグループ。具体的には、滑走路、誘導路、エプロンである。ブランチは、少なくとも一つのセクションを有するが、ブランチ内で特性が異なる舗装があると複数のセクションに分割される。
●セクション (Section)
保全工事の方法・実施時期を検討する場合の最小マネジメント単位。セクション分割時の要素は、舗装の構造・形式・機能・供用期間・状態、航空機の形式・運航回数、工事履歴、排水施設、ショルダー等である。
舗装マネジメントシステムでは、二つのレベル、すなわち、ネットワークレベルとプロジェクトレベル、における検討が必要となる。
●ネットワークレベル
ネットワークレベルでのマネジメントでは、短期的および長期的な予算の必要額、ネットワーク全体の状態、プロジェクトレベルで対象とすべき舗装について検討する。すなわち、資金調達方法を最適化し、保全工法の優先度を決定することにより、ネットワーク全体の舗装マネジメントの方針を決定する。
滑走路1、2本程度、誘導路数本とそれにエプロンといった規模の小さい空港の場合、ネットワークレベルでの舗装マネジメントでは、十にも満たない程度のセクションが対象となるのに対し、規模のかなり大きい空港の場合には数百のセクションがその対象となる。そのため、ネットワークレベルにおける舗装マネジメントにおいて必要となる事項とその検討方法は空港規模によって異なったものとなる。
●プロジェクトレベル
プロジェクトレベルのマネジメントでは、ネットワークレベルでの検討において保全工事の必要性が特定されたセクションを対象に、最も費用対効果に優れた保全工法を決定する。しかしながら、直近の検討の時期と実際の工事の予定時期がかなり離れているといった場合には最適工法の見直しが必要となることもある。保全工事は、通常複数のセクションが対象となるので、保全工法として種々のものが含まれることもある。なお、それぞれのセクションについて舗装状態についての詳細調査を新たに実施すべきである。
プロジェクトレベルでの舗装マネジメントは、空港による大きな違いはないものの、保全工事の規模と重要性によっては違ったものとなる。たとえば、保全工事が大規模の場合や設計に関して高い信頼性を必要とする場合には、費用を最小化し、工事の質と高い信頼性を確保するために、高度な設計方法と品質管理方法が必要となってくる。
APMSを導入するメリットとしては次のようなものが挙げられる。
●データベースの電子化
APMSを導入するためには、舗装関連データ(舗装の構造や状態等に関するデータ)を一つにまとめ、容易に検索および保存できるようにコンピュータ化されたデータベースの開発が必要となるため、データの電子化が促進される。
●客観的な舗装状態のモニタリング
APMSを運用するためには、定期的かつ体系的で客観的な舗装状態のモニタリングが必要となる。これにより保全工事の必要性が客観的に判定でき、信頼できるデータに基づいて保全工事の予算を空港ごとに割り振ることができる。
●舗装性能低下速度の把握
APMSを運用するためには、舗装性能低下速度の把握が必要となる。これにより保全工事の必要性の推定、保全工事ごとの耐用期間の決定、劣化速度の異常に高いセクションや保全工事の種類の特定できる。
●計画および予算
APMSを利用することにより、使用可能な予算の下での保全工法を客観的にリストアップでき、最適工法の選定もできる。
●予算獲得
APMSを利用することにより、保全工事の必要性を体系的にまとめたり、文書化したりすることが容易になる。
●運用の柔軟性
APMSを導入することにより、舗装マネジメントプロセスの全面的な文書化が促進される。これによりシステムの運用や変更に柔軟に対応できる。
APMSの現在から将来にわたる利用とその継続性を確保するためには、APMSの基本設計が重要である。APMSの基本設計においては次の事項を確実に実行する必要がある。
●APMSの確立・運用と、それに関する予算を確保する。
●APMSを必要とする部門・スタッフを特定するとともに、システムに対するニーズを把握する。
●APMSの開発および運用スタッフを選任する。
●APMSソフトウェアを選定する。
●ネットワークのセクション分割、舗装状態の初期評価を取り込んだ、データベースを開発する。
●舗装性能低下速度、保全戦略、保全工事費用、保全工事の選定に関する優先度等、現地の状況を正しく反映できるようにソフトウェアをカスタマイズする。
●ネットワーク状況分析や地理情報システムの組込み等、データの分析や出力に関する優先度を取り込めるようにソフトウェアをカスタマイズする。
●スタッフの初期および継続研修を確実に行う。
●フォローアップ計画を構築し、舗装状態の定期的な評価や新たに実施された保全工事等のデータを更新し、ソフトウェアを新たな状況に対応可能なものとする。
(続きは次回)
参考資料
・Common Airport Pavement Maintenance Practices, Airport Cooperative Research Program Synthesis 22, TRB, 2011.
・Airport Pavement Management Program (PMP), Advisory Circular 150/5380-7B, FAA, 2014.