八谷好高客員研究員(SCOPE)
人的交流の活発化,産業ネットワークの広域化等を実現するための高速輸送手段として,また災害救援時の人員・物資の輸送手段として,航空輸送の重要性はますます高まっています.さらには,近年のLCCの成長にも見られるように,今や航空は社会活動にとってなくてはならない交通輸送手段となっていますが,より一層の安全性の確保と効率性の向上が社会的に強く要請されています.空と陸との結節点である空港は,わが国においては,航空システムがネットワークとしての機能を一応は果たすことができる程度までには整備できているとされてはいますが,質,量とも西欧の航空先進諸国に比べると必ずしも十分とはいえず,このような要請に直ちには対応できない状況にあることが懸念されます.
一方,今から30年ほど前に出版された,インフラに関する警告書とも言うべき「荒廃するアメリカ (America in Ruins)」により世界中に与えられた衝撃の大きさが,ようやく一般社会にも実感をもって認識されてきています.冗長化の難しい空港インフラにおいては,航空機運航の安全性と定時性を確保するために,同書で指摘された,インフラの陳腐化,老朽化といった問題に対応できるような高度なマネジメント手法が必須のものとなっています.
本コラムにおいては,わが国内外の最新の情報に基づいて,航空システムの基幹をなしている空港インフラのマネジメントについて考えることにします.本コラムがいくらかでも皆様の参考になれば幸いです.
わが国の公共事業費は平成10年度をピークに減少を続けており,このままではインフラの新設中止はもとより,メンテナンスの対象とするインフラを選択して資金を集中させなければならなくなる状況に陥りかねないとの警鐘が鳴らされています.国土交通省では昨年度を社会資本メンテナンス元年と位置づけ,今後急速に老朽化が進行するインフラの長寿命化策の実施に精力的に取り込んでいるところですが,この4月には,土木学会が,国土交通省等と連携して,インフラメンテナンス工学の確立,技術者の確保・評価,インフラ通信簿の作成等に取り組むとの声明を発表しました.
本コラムの最初の話題として,この声明で言及された「インフラ通信簿」を取り上げて,海外の事例を紹介します.
インフラ通信簿を作成する活動は,米国,英国,カナダ,オーストラリア,南アフリカといった国々で行われています.これらの国では,中立的な立場にある第三者機関が,インフラの状況を客観的に評価して,(必要ならば)その改善方策を明らかにするという活動を行っています.その成果は,インフラ通信簿として,学校の「通信簿」と同じ形式にすることにより,一般市民が一目でわかるように,とりまとめられています.これにより,皆が自分たちのインフラの状況について関心をもち,適切なマネジメントの必要性を理解し,ひいてはその実行をバックアップするようになってもらうことを意図しています.評価方法は,明確にはされていませんが,インフラをいくつかのカテゴリに分け,それぞれを専門技術者が評価し,その結果を審査委員会が統括して取りまとめ,成績点(グレード)を決定するという流れになっています.なお,具体的な方法は国によって若干の違いはありますが,その骨子については以上のようにまとめられます.
具体的なインフラ通信簿として,米国の2013年版インフラ通信簿 (2013 Report Card for America’s Infrastructure)を紹介します.以下では,上記のインフラ通信簿の作成方法に出てきたキーワードについてまとめています.
● インフラ通信簿をまとめる第三者機関
第三者機関は米国土木学会です.インフラの状況については,2,000名以上の専門技術者の報告に基づき,32名の審査員により構成される審査委員会が,グレード付けを行い,インフラとしての機能を果たすために必要となる資金額を算定します.ちなみに,審査員は公表されています.
●インフラのカテゴリ分け
インフラは次の16種類に分類されています:ダム,飲用水,有害廃棄物,堤防,固形廃棄物,下水,航空,橋梁,内陸水路,港湾,鉄道,道路,トランジット(公共交通),公共公園とレクリエーション,学校,エネルギー.
●インフラの評価規準
インフラの評価規準は次の8項目です.
①容量:現在および将来のニーズを満たすためのインフラの容量を評価する.
②状態:インフラの現時点または近い将来の状態を評価する.
③資金:インフラに対する行政からの資金供給額を評価し,投資資金の必要額を比較する.
④将来ニーズ:インフラの改善に必要なコストを評価し,投資資金の将来見込み額がインフラに対するニーズに見合うかどうか判定する.
⑤運用・メンテナンス:インフラ運用者の能力を評価し,インフラの状態が規準に合致しているかどうか判定する.
⑥公共の安全:インフラの損傷により公共の安全性が危険にさらされる程度,インフラの崩壊の結果として起こる事態を推定する.
⑦弾力性:インフラの崩壊と事故そのものを防止できる能力,それらが公共の安全性,経済性等に及ぼす損害を最小にして機能を速やかに回復できる能力を評価する.
⑧イノベーション:革新的な技術や方法とそれらの戦略性を評価する.
●インフラのグレード
インフラのグレードは,上記の8項目の評価規準に基づいて,下表のとおり決められます.
グレードA:別格 (Exceptional)-インフラの状態は将来的にも十分
グレードB:良好 (Good)-インフラの状態は現時点では十分
グレードC:普通 (Mediocre)-インフラの状態には注意が必要
グレードD:劣悪 (Poor)-インフラの状態は危険
グレードE:破壊/限界 (Failing/Critical)-インフラは使用できない
●インフラのグレード付けのプロセス
インフラのグレード付けは以下のような手順に従って行われます.
1) カテゴリごとに利用可能なデータ,アンケートおよびレポートの確認・分析
インフラの目的と現状の評価,インフラの更新・再建設に必要となる投資額の検討
2) インフラのステークホルダーや業界リーダーへのインタビュー
利用可能なデータソースの識別,インフラのニーズ・開発状況の調査
3) サマリーの作成
現状および将来のニーズと資金レベルの把握,以前のインフラ通信簿からの進展状況,対応を怠った(inaction)結果の推定
4) グレードの決定
8項目のグレード付け規準の使用,5段階の評価尺度の適用
(続きは次回)
参考資料
国土交通,No.122 (2013.10-11),国土交通省,2013年.
わが国におけるインフラの現状と評価,土木学会,2008年.
各国のインフラ通信簿(URLは以下のとおり).
http://www.infrastructurereportcard.org
http://www.ice.org.uk/State-of-the-Nation
http://www.canadainfrastructure.ca/en/index.html
https://www.engineersaustralia.org.au/infrastructure-report-card
http://www.saice.org.za/services/saice-topical-publications