客員研究員 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 客員教授)
パートナリング契約を形作る選択肢CとD(ターゲット・プライス契約)、及び選択肢E(コスト・レインバーサブル契約(コスト・プラス・フィー契約))を用いる場合、コスト情報は契約当事者間で共有される。なぜなら契約上コストと認められる支出をすべて発注者がコントラクターに支払うのであるからである。選択肢CとDでは変更や追加が生じた場合(Compensation Events ※1 )にもコストとして認められる支出をコントラクターが受け取る。この契約上認められるコストの定義をコスト・コンポーネント(Cost Components)と呼ぶ。コントラクター自らの原因による瑕疵の手直しなどのコストは当然のことではあるが、支払い対象にはならない。
今回はこのコスト・コンポーネントとコンペンセーション・イベントについて説明する。
コントラクターが受け取る支払いはDefined Costs(下請契約の工事費全額及びコスト・コンポーネントに定義された工事費目に該当する金額)、下請契約にかかる経費(Subcontractor’s Fee)、コントラクターの経費(Contractor’s Fee)とからなる。
◇ 人件費: コントラクターが直接雇用している者で、もっぱら工事現場(近くに設置したコンクリート・プラントやプレキャスト・コンクリート・ヤードなども含む)で働く者に対する支払い全額(ボーナス、超過勤務代、有給休暇費、保険等を含む)また、コントラクターが直接雇用しているが、工事現場では不定期に働く者に対しては働く時間に応じて支払う金額。本社の技術職員が現場に出張する場合は現場の人件費として認められるであろうが、本社の管理職が出張する場合はFeeとみなされるかもしれない。リクリエーション費用は支払い対象費目として挙げられているが、飲食代は含まれないであろう。契約時に人件費の定義を詳細に合意することが重要である。
◇ 機械費: レンタルやリース実費、コントラクターの自社或いは親会社の所有による場合は市場単価で実稼働分を計算、コントラクト・データにリストアップし、単価合意がなされているものはその単価を実稼働に用いる。機械の搬入のための輸送賃。機械の時間単価にオペレータの労務費が含まれていない場合は、人件費として計上。プロジェクトのために購入し、不用時に売却する場合は購入価格と売却価格の差額。宿舎や事務所もこれに含まれる。
◇ プラントと材料費: コンクリート・プラント、汚水処理プラントなど及び工事用材料の購入実費すべて。ただし、在庫や不用になったものを売却するときは戻入。
◇ 光熱費その他のチャージ : 工事現場における水、ガス、電気代。土取り場のロイヤリティーや通行税。地代、作物補償等。人件費の合計に比例する係数(%)により、現場のケータリング、ファーストエイド、安全、電話等を計上。
◇ その他製作外注費、保険費
他の標準約款では”Variation”、”Change”にあたる条項である。プロジェクト・マネジャー※2 が変更を指示した場合は勿論Compensation Eventとなるのは従来のバリエーションやチェンジと同様であるが、ここではプロジェクト・マネジャーが指示を出すときに自らこれがコンペンセーション・イベントにあたることを通知しなければならない。そして同時に見積もりの提出を要求しなければならない。ここで言う見積り(Quotation)とはただ単なるコストの見積もりではなく、その指示によってもたらされるすべての影響(工事の内容、施工順序、工程への影響等)を検討した内容を盛り込まなければならない。
どのような事象がコンペンセーション・イベントになるかは細かく定義されている。たとえば、「発注者や他の業者がコントラクターの承認された工程表の時間通りに作業しなかった」場合や「コントラクターからの通信に契約で定められた期間以内に答えなかった場合」を明快にCompensation Eventとして定義している。これによってクレームの権利が始めから確立されているため、コンペンセーション・イベントかどうかの論拠を争う必要がないから、紛争の予防に役立っている。
ところでこのNECでは「クレーム(Claim)」という言葉は出てこない。代わりにコンペンセーション・イベントの通知(Notifying compensation events)という。コントラクターはコンペンセーション・イベントが生じたと考えたとき、8週間以内にプロジェクト・マネジャーに通知を出さなければ価格や工期の変更の権利を失する。この通知に対しプロジェクト・マネジャーが理があると決定したら、コントラクターに前述の見積りの提出を求める。もし理があるかどうかの回答を2週間以内に出さなければこの通知が受け入れられたとみなされ、コントラクターは見積りを提出する。
提出された見積りの査定方法に関する条項は非常に詳しいがここでは省略する。特徴的なことだけを言うと、コントラクターだけではなくプロジェクト・マネジャーにも様々な義務の行使に時間の制限を加え、違反した者が不利になるか、相手に有利になるような仕組みになっている。また、いわゆるコントラ・プロファレンタテム(Contra Proferentem)という法理が条文として明記されている。これは契約構成図書の中に不明瞭な記載(ambiguity)や矛盾(inconsistency)があった場合、その記述をした者にもっとも不利となるように解釈するという法理であるが、NECでは逆にそのような記述の提供者ではない方に最も有利に解釈すると規定されている。この法理が規定されている標準約款は筆者の知る限り他にない。
NECでは問題を早期に発見し、リスクの防止や軽減のために関係者が全員共通の認識を共有することが出来るように「リスク登録」のシステムを取り入れている。契約締結時に想定されるリスクを登録し工事中に注意を払い、問題が出てきたときにはすぐに検討会議を開くよう関係者に呼び掛けることが出来る。関係者は参加する義務があり、この会議で誰が何をいつまでに行うかなどを決定する。契約時に登録されていない事象をだれかが発見したときにはすぐに関係者に通知し(早期警告:Early Warning)、これをリスク登録する。そのうえで上記のような対策をとる。
コントラクターがCompensation Eventの通知を行ったときに、この事象に対してコントラクターが、経験あるコントラクターなら行っていたであろう早期警告を怠っていたとプロジェクト・マネジャーが判断したときには、あたかも早期警告がなされていたとして追加費用や工期の変更を行う。つまり早期警告によって対策をとれば費用も工期への影響も小さくて済んだかもしれないからである。
◎ 次回はコントラクト・データ(Contract Data)とパートナリング合意(Partnering)について説明し、最終回とする予定である。
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※1 支払い対象事象とでも訳せばよいか、ただし工期延長も含む。海外建設協会の「海外に学ぶ建設業のパートナリングの実際」では補償対象事象と訳している。
※2 FIDICや旧ICE約款におけるエンジニアの業務を行う。伝統的な中立専門家ではなく、プロジェクトを円滑に進めていくための専門家と考えるのがよい。