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コラム

第7回 「建設契約紛争とその解決(7)」    ~2017.8.15~

当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)


 前回に引き続きDBの話題を取り上げる。FIDIC Red BookではDABを用いることが規定されている。また、国際的公的融資機関※1)が入札要綱で使用を義務付けている契約条件書、FIDIC開発銀行調和版※2)で規定しているのもDABである。ただし、この調和版ではDABのことを単にDBと呼んでいる。
 DABは当事者の一方から付託された紛争に対して、決定(Decision)を出す。今回は、この決定がどのような契約的・法的効果を持つのかを検討する。

DAB決定の拘束力

 DABの決定は不服申し立てをした当事者に対しても拘束力があり(binding)、ただちに実行されなければならない。決定に不服な当事者は不服申し立てをするとともに、仲裁開始の意思表示をしなければならない。もし一定期間内に不服申し立てをしなければ決定は確定する(final and binding)。発注者に対して、コントラクターに一定額の金額を支払えというDABの決定があった後、発注者が不服の通告と仲裁の意思表示をしながら決定内容を実行せず、また、仲裁も始めないという状況にコントラクターが置かれるというケースが報告されている。このような場合、コントラクターが取れる手段はDABの決定内容を実行せよという仲裁判断を求めることである。以下はDABの決定の拘束力に関する仲裁と訴訟の長い物語である。

PGN vs CRW

 ケースはインドネシア国営のガス会社(PGN)がCRWというコントラクターに発注した196Kmのガス・パイプラインの設計施工工事から発生したクレームである。DABはPGNに対し、CRWに17億ドルの支払いを命じる決定を2008年11月に出した。PGNは即刻不服通告と仲裁の意思表示を出したが支払いを実行しなかった。このケースはシンガポールで仲裁及びそれに続く訴訟が行われた。最終的にシンガポールの最高裁にあたるコート・オブ・アピール(SGCA)で、DABの決定を実行するよう命じた2013年5月の仲裁判断(2回目の仲裁)の有効性を確認する判決が2015年5月に出された。
 まずCRWはFIDIC条件書Sub-Clause 20.4に基づいてDAB決定を実行するよう仲裁に申し立てた。20.4は次の通り規定する。
“if a dispute arises between the Parties in connection with, or arising out of, the contract or the execution of the Works … either Party may refer the dispute in writing to the DAB for its decision …
“The decision shall be binding on the both Parties, who shall promptly give effect to it unless and until it shall be revised in an amicable settlement or an arbitral award as described below…
“neither Party shall be entitled to commence arbitration of a dispute unless a notice of dissatisfaction has been given in accordance with this Sub-Clause…
“If the DAB has given its decision and no notice of dissatisfaction has been given by either Party within 28 days after it received the DAB’s decision, then the decision shall become final and binding upon both Parties…
 仲裁についてはSub-Clause 20.6が次のとおり規定している。
“Unless settled amicably, any dispute in respect of which the DAB’s decision has not become final and binding shall be finally settled by international arbitration…
 2009年から2015年の間に2回の仲裁と4回の裁判が行われた。1回目の仲裁では単にDABの決定を実行するように命令する判断を仲裁廷に求め、仲裁廷はCRWに有利な判断を出した。判断の中で仲裁廷は”Final Award”という文言を使った。もちろんこれはDABの決定に関する実質的な判断は別の仲裁で行われることが前提である。しかし、シンガポール裁判所一審(HC)と上訴審SGAC(終審)では”Interim Award”或いは”Partial Award”でないとの理由により、仲裁廷の判断は取消された(set aside)。そこでCRWは第2回目の仲裁手続を始めた。今度は、DABの決定内容に関しては別の仲裁で判断を求めることを明らかにしたうえ、それまでの間、契約にある通り、PGNに即刻DABの決定額の支払いを命令ずる ”a partial or interim award”を求め、仲裁廷はその通りの判断をした。これに対しPGNは仲裁判断の取消しを申し立てたが、今度はHCとSGACはともにこれを退け、PGNは敗訴した。最高裁(SGAC)は1)DABが決定した額は即刻支払われなければならない、2)DABの決定の履行を巡る紛争をDABに付託し、その決定を待つ必要はなく、直接、仲裁を申立てることができるという判決をした。

FIDICの応対

 FIDICはこのケース以外にもDABの「binding but not final」な決定が実行されないケースの報告の存在に対し、ガイダンス・メモ※3)を発行し、FIDICを使用する発注者とコントラクターに条件書の修正を呼び掛けている。この修正によって、決定が「binding but not final」であっても「binding and final」であっても即時実行されなければならないこと、また、実行されない場合、実行の命令を求める仲裁を始めることが契約上確実なことになると考えられている。
 上記の判決はFIDICの条文の真意に沿ったものであるが、DAB関連の条文を今のままにしておくと、別の国の裁判でどのように判断されるかは明言できない。筆者はFIDICがガイダンスだけでなく、明快な条文に改訂することを期待している。
 詳しい経緯や見解についてはGerlando Butra氏※4)、Christopher Seppälä氏※5)、Nael Bunni氏※6)などの著述を参照されたい。また、2015年のSGCAの判決は裁判所のウェブサイトに掲載されている※7)。

 

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※1)世界銀行、アジア開発銀行、JICAなど

※2)Conditions of Contract for Construction, MDB Harmonised Edition 2010

※3)FIDIC Guidance Memorandum to Users of the 1999 Conditions of Contract dated 1st April 2013

※4)“The Persero Saga”, DRBF Forum, Vol. 19 Issue 2 June/July 2015

※5)“Enforcement by an Arbitral Award of a Binding but not Final Engineer’s or DAB’s Decision under the FIDIC Conditions”, The International Construction Law Review, Vol. 26, Part 4, October 2009

※6) “The Enforcement of Dispute Adjudication Board Decisions: Persero and the FIDIC Standard Form of Contract”, Arbitration, CIArb, Vol. 81, No.4, November 2015, pp.359-482

※7)https://arbitrationnewsaltana.files.wordpress.com/2015/07/2015-sgca-30-amended-4-jun-3.pdf#search='Singapore+Court+of+Appeal+Nos+148+and+149'

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