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コラム

第6回 「建設契約紛争とその解決(6)」    ~2017.6.26~

当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)


 前回、英国を根拠地とする建設法学会が発行する“Delay and Disruption Protocol”についてお話しすると予告しましたが、都合により無期延期とし、今回は本シリーズ第4回で触れたDB (Dispute Board – ディスピュート・ボード)についてお話します。

DBの概念

 建設契約は非常に不確定要素の多い契約とならざるを得ない。建設プロジェクトでは、工事が一般的に大規模で複雑なため設計図書や仕様書を完ぺきに準備することが不可能であり、かつ工事が長期にわたり、その間に政治・経済の状況が大きく変わるといった状況変化も珍しくはない。また、気象・海象等の自然を相手にし、さまざまな予期せぬ出来事が起こるリスクをはらんでいる。こうした建設契約の特徴が契約の不確定性となって現れ、工事が進むにしたがって実際の状況と契約時の想定が乖離してくる。
 その乖離の責任を誰が取るか・・・。つまり「誰がコスト増の負担や工期延長の責任を持つか」などに関して発注者・エンジニア・コントラクター間に意見の相違が生まれやすい。そしてこのような意見・契約解釈の相違が紛争に発展することもまれではない。紛争がエンジニアの決定(Engineer's Decision)や再交渉による和解(amicable settlement)で解決されなければ調停や仲裁に発展する。これらの法的手続きは時間と費用を要するだけではなく、契約当事者の関係を悪化させ、これがさらに紛争をエスカレートさせるという悪循環に陥る。
 契約上の紛争に対処する最善の方法は、紛争が大きくなる前に解決するか、あるいは最初に紛争を生じさせないことである。DBの目的のひとつは契約当事者間で解決できない紛争に対し勧告または裁定を下し、早い段階で現場レベルでの解決を可能にすることである。
 しかし、DB経験者はDBの真の目的と価値は紛争の予防であると報告している。最も新しく出たFIDICの標準約款のひとつである、デザイン・ビルド・オペレート契約条件書※1)ではこれまでの「クレーム、紛争、仲裁条項(Clause20 Claim, Disputes and Arbitration)」に「紛争の予防(Sub-clause 20.5, Avoidance of Dispute)」がはっきり謳われている。
 DBとは個別プロジェクトに設置する紛争処理委員会のことである。当該プロジェクトと同様の工事に精通しており、建設契約の契約解釈に長けており、また紛争解決の経験も豊富な1人又は3人の経験ある技術者※2)でDBを構成する。3名の場合、当事者が各1名ずつのメンバーを指名し、指名された2名のメンバーが第3のメンバー(Chair)を推薦し当事者が決定する。DBメンバーはすべての契約図書を与えられ契約内容に精通し、定期的に現場を訪問し、プロジェクトの進捗を熟知することによって契約や工事の問題点やクレームを良く理解し、紛争の予防のために当事者やエンジニアを支援する。もしどうしても紛争にまで発展した場合は仲裁を申立てる前に、DBに付託して決定(DAB’s Decision)を得なければならないことになっている。DBの決定は契約上拘束力(Binding)があり、どちらの当事者からも不服申立が一定期間内に行われなければ、最終的(Final)となる。不服申し立てをして仲裁を開始する意図がある場合でも、DBの決定は先ず履行されなければならない。

DABとDRB

 これまでFIDICの定義のようにDB=DABとして話を進めてきた。DAB (Dispute Adjudication Board)のもとではDBは拘束力のある決定(Decision)を出すが、DRB (Dispute Review Board)のもとではDBは勧告(Recommendation)を出す。勧告には拘束力はないため、受け入れるか拒否するかは契約当事者に任されている。DB発祥の地、米国では公共工事において広くDRBが採用されているが、勧告の受け入れ率が非常に高い。DRBが設置されているプロジェクトが米国内で常時1,000以上存在するが、これらのプロジェクトで発生する意見の相違やDRBに付託される紛争のうち98%が現場段階で解決されていると報告されている※3)。

DBのコスト

 米国でDRBが生まれてから40年余、FIDICにDABが採用されてから20年弱が経つ。米国におけるDRBの著しい普及とは対照的に特にアジアでは一向にDABが普及しない。この第一の原因はユーザーがDABは追加的コストがかかるプロセスであると認識しているからであろう。筆者はいくつかのプロジェクトのDBメンバーをした経験もあるが、その経験からいってもまた、コンセプトから考えても、DBはコスト・イフェクティブ或いはコスト・セービングとなりえる紛争予防手続きであると考えている。
 ここでDBのコスト構成を見てみよう。DBコストの主な要素はDBメンバーの月額報酬(Monthly Retainer)、定期的な現場訪問や付託された紛争のヒアリングのための日当(Daily Fee)、交通費・ホテル代等である。月額報酬については過去に世銀がガイドラインを出した。それは「DBメンバーと契約当事者(発注者とコントラクター)間でDaily Fee、Retainerに関し合意が整わない場合、世銀の国際投資紛争解決センター(ICSID※4))が採用している仲裁人のDaily Fee(US$3,000)とMonthly Retainer(US$3,000 x 3)に準じることとする。」というものであった。実際この通りの報酬額で設置されたDBを筆者は知らないが、DBとは非常に高いものあるとの印象をまき散らしたように思う。現実にはまず、Monthly RetainerはDaily Feeの1日分というのが相場のようである。また、Daily FeeはUS$2,000~3,000のようである。
 筆者は常々、DBのコスト・ダウンを提唱している。まず、Monthly Retainerの廃止である。月々送られてくる月報やクレームレターを読むのに丸1日かかることはない。せいぜい2~3時間で十分である。これをDaily Feeから計算されるHourly Rateで精算すれば済むことである。次に、契約当事者が十分に協力的であり、工事工期の半ばまでに契約や工事内容の不確定な要素を洗い出してしまい、契約紛争の可能性を限りなく0に近づけることができれば、DBを契約半ばで解除することができる※5)。DBの設置によってクレームが少なくなり、紛争が予防されれば、費用のかかる膨大なクレーム図書の準備も不要となり、竣工前後のクレーム交渉にかかる費用も不要となる。ましてや仲裁にかかる莫大な費用と時間の節約となる。プロジェクトを遂行する実務家にはこのような工夫をして、DBを積極的に導入することを勧める。

 

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※1)Conditions of Contract for Design, Build and Operate Projects, First Edition 2008

※2)建設契約・建設工事の経験が豊富な弁護士、あるいは、弁護士と技術者の両方の資格を持つ専門家も少数ではあるが、存在する。

※3)DRBF (Dispute Resolution Board Foundation), https://www.drb.org/,のデータによる

※4)International Centre for Settlement of Investment Disputes

※5)筆者がDBメンバーを務めたマダガスカルの港建設工事で実際に起こったことである。DBメンバーは喜んでDB合意の解除を受け入れた。

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