当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)
筆者がゼネコンに入社後、海外のプロジェクトに携わる前の数年間は、国内の数か所の現場に配属された。そこでは主任や班長クラスの工事係が再々工程表を作成しているのが見られ、また自分でも作った。このときの工程表は専ら現時点から工期内に工事を完了するためにはどのように工事を進めるのが最適かを探し、示すものであった。何か事が起こるたびに或いは予定に反して工事が遅れているときに工程表を作りなおすのである。遅れの原因が何か、その遅れは誰の責任なのかを追求することはない。ひたすら工期内完成を目指すためのツールなのである。
これに対して国際工事では、工程表は工事管理の重要なツールであるとともに、遅れの原因や大きさ、他の工種への影響等を考えるための契約管理ツールでもある。契約管理ツールとして用いるときに初めてCPM (Critical Path Method)の真価が発揮される。この場合、工程表は上述のようにその都度新しいものを作るのではなく、着工時の工程表をアップ・デートしていくのである。この作業により完成時期はそのまま工期よりはみ出すことになる。この予想される遅れは誰のせいか、工期を延長するのか、工期内に終わらせるために突貫(Acceleration)をかけるのか等が発注者・エンジニア・コントラクターの間で話し合われたり、論争されたりする。
「(契約の内容に不確定要素の多い契約の場合)受注者は設計図書に基づいて請負代金内訳書及び工程表を作成し、発注者に提出し、その承認を受けなければならない。」と規定されているにもかかわらず、「内訳書及び工程表は(中略)発注者及び受注者を拘束するものではない。」とも規定している。契約の内容に不確定要素の多い契約以外の場合は、内訳書と工程表を提出するだけで、甲の承認行為はない。これらが甲・乙を拘束するものでないのは同様である。この契約約款のもとではたとえ着工時の工程表が承認されていても、これを基準に遅延や突貫の証拠立てには利用できないということである。国内の公共工事において詳細な工程解析をもとにクレーム交渉をしたという話は聞いたことがない。
Red Book 8.3条においてエンジニアから着工指示が出たら28日以内に詳細工程表(Detailed Programme)を提出しなければならない。また、進捗が提出工程表からずれた場合、修正工程表を提出しなければならない。工程表は施工計画(Method Statement)に記述された人員・機械等の計画と整合性が取れていなければならない。
エンジニアは提出された工程表を承認する必要はない。提出から21日以内に工程表が契約内容と合わない旨、エンジニアから指摘がない場合、コントラクターは自分の提出した工程表に従って工事を進めなければならない。また、発注者はプロジェクト全体の運営や監理においてこの工程表を信頼することになる。ところで施工時、工程に影響を与える事象が生じたり、或いは生じる可能性がある場合、コントラクターは速やかにエンジニアに通告しなければならない。
工期の延長や追加コストクレームの根拠となるのはすべてこの工程表、とくに着工時に提出した工程表(Baseline Programmeとも呼ぶ)が重要である。たとえ契約時に存在しなかったとしても工程表や施工計画書などはすべて契約図書となる。
ところで読者には周知のことであるが、CPMのおさらいをしておこう。CPMとはプロジェクトのすべての作業の前後関係を明らかにし、どの作業のつながりが最も時間がかかるか、つまりクリティカル(Critical Path: CP)かを読み取る技法である。
CP上にない作業には時間的余裕があり、これをフロート(Free Float)という。コントラクターは自らの理由による作業の遅れが全体的な工程の遅れにならないよう、このフロートをうまく工程表の中に設ける努力をする。したがってこのフロートは自分のもの(コントラクターのもの)と考える。
以下の図は工事完成後に遅延の理由を分析する最も一般的な方法、計画‐実績比較分析方法(As-Plan vs. As-Built)を示している。
工事は4つの作業からなり、青色で示したバーが計画工程、赤色で示したバーが実施工程である。オレンジ色はさまざまな理由による遅れを示している。
計画ではAがDへつながり、このラインがCPを示している。B、C、Dには2週間のフロートがある。作業Bに追加工事が出て3週間伸び、また、作業Cではコントラクターの管理不足で2週間の遅れが生じた。Aに異常な天候による遅れが1週間生じたけれども、結果的にはB、C、DにCPが移動した。
さてここで、もしd3のコントラクターの責による2週間の遅れがなければ、追加工事による3週間の工期の伸びがあっても、元のCP上のd1の異常天候による1週間の遅れの結果によってDが1週間押し下げられるだけなので、コントラクターには工期延長(Extension of Time: EOT)が1週間与えられるだけでよかった。(ちなみにFIDICでは、天候による工期の延長は必ずしも追加費用支払いの対象とはならない。)ところがBの追加工事によってフロートを食いつぶし、d3のコントラクターの責による遅れと相まって全体工期を遅らせ、結果的に完成が3週間遅れた。エンジニアは異常天候による1週間のEOTを認め、2週間の遅延損害賠償を支払えと言い、コントラクターは発注者の責による追加工事がなければ、d3の遅れは全体工期に全く影響を与えなかった、Baseline Programmeにもともとあるフロートはコントラクターに属していて、発注者に使う権利はないと主張する。
この問題に関し、正解はない。「先着順:First come, first served」、つまり、フロートは先に使った者勝ちという一般論もあるが、そのプロジェクトの他の契約条件、その時の状況等を考慮して判断しなければならない。
英国を根拠地とする建設法学会では“Delay and Disruption Protocol”(いい訳が思いつかないが、「遅延と工事混乱に関する指針」とでも訳しますか。)を発行し、発注者、コントラクター、コンサルタントから中立的立場でDelayとDisruptionの扱い方のガイドラインとして発注者・コントラクター・コンサルタントに利用してほしいと勧告している。上記のような問題に対して、どのように助言しているかを次回にお話しします。