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コラム

第4回 「建設契約紛争とその解決(4)」    ~2017.2.6~

客員研究員 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)


エンジニア

 英国、ヨーロッパ、米国或いはこれらの社会の制度の影響を受けた世界の地域においては、建設契約に「エンジニア(the Engineer)」を用いることが多い。日本の典型的建設契約約款である公共工事標準請負契約約款において請負者の施工を監理するのは発注者の監督員である。しかし欧米や国際的な建設契約では請負者の施工を監理し、発注者からの支払い、工事変更や追加の指示、請負者からのクレーム対処等を発注者に代わって実行するエンジニアを用いる。(以下の模式図参照)

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 国際的な建設工事の標準約款として用いられてきた旧FIDIC Red Book※1)においてエンジニアが契約上のなにかの決定をしたり、(追加や変更の)価格を決めたりその他契約当事者の権利・義務に影響を与える行為をするときには、公正不偏に(impartially)行わなければならないと規定している。エンジニア(若しくはエンジニアの代理人※2))の決定や査定に不服がある場合、発注者或いはコントラクターは契約的拘束力のある、Engineer ‘s Decisionを求めることができる。Engineer’s Decisionに不服がある場合、契約当事者は不服申し立てをし、仲裁に判断を委ねることが出来る。FIDIC約款の基となった英国のICE約款※3)及びFIDIC初版から4版(1987年版)までの約款ではこのようにエンジニアに契約当事者からの独立、中立・公平性を求めている。つまり、工事監理・契約管理という発注者の代理人としての業務、中立・公平な査定・決定者、最後に準司法的裁定者(Quasi-Adjudicator)の2重、3重の異なる責務を果たすことが求められている。一方、エンジニアは発注者に雇用されかつ工事契約の準備段階における設計や契約図書作成に関わったコンサルタントがそのままエンジニアになることが一般的である。このような契約構造の中ではたしてエンジニアが中立・公平を保つことが出来るかどうかが常に疑問視され、かつ、実際実現されない例も多く、ついにFIDICの新しいRed Book※4)ではこの重圧からエンジニアを開放することとなった。つまりエンジニアははっきりと発注者の為に職務を果たすことが明記されることになった。※5)※6)

 新しいFIDIC Red Bookが出された1999年にはYellow Book※7)、Silver Book※8)、また2008年にはGold Book※9)が発行されているが、Yellow BookにおけるエンジニアはRed Bookにおけるエンジニアと全く同じ責務をもっている。Silver BookとGold Bookにおいてはエンジニアは存在せず、発注者の代理人(Employer’s Representative)が工事監理、契約管理を行う。発注者又は発注者の代理人が決定や査定を行うときには、Red Bookにおけるエンジニアと同様、契約と状況を鑑みてフェアーに行うことと規定されており(脚注5)、また当事者間で解決できない紛争をDABの裁定にゆだねることも同様で、今やエンジニアと発注者代理人に違いがないと理解してよい。

 以上見てきたように今や伝統的「エンジニア」のコンセプトは死んだと言ってよい。そもそもエンジニアに託していた理想のコンセプトが実現されたことがほとんどないのだから、無理のないことである。エンジニアを間に挟んで敵対し合う契約形態、契約履行ではなく、当事者が如何に協力し合って契約を遂行し、工事コストを抑え、工事遅延を防ぎ、紛争を予防するかを真剣に考え、実行する時代が来ていると理解すべきであろう。ディスピュート・ボード(Dispute Board)の導入、パートナリング(Partnering)やアライアンス(Alliance)の採用、コントラクターの早期起用(ECI: Early Contractor Involvement)などのよい成果が報告されている。国際建設契約のみならず、国内の工事契約においてもこれらの新しい契約形態や紛争解決手続きを今以上に採用する価値が十分あると筆者は考える。

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※1)Conditions of Contract for Works of Civil Engineering Construction, 4th edition, 1987

※2)Engineer’s Representative

※3)ICE Conditions of Contract (ICE: Institution of Civil Engineers) 

※4)Conditions of Contract for Construction, 1st ed.. 1999

※5)ただし、決定や査定は契約とその時の状況に応じてフェアーに出さなければならない。Sub-Clause 3.5 … the Engineer shall make a fair determination in accordance with the Contract, taking due regard of all relevant circumstances.

※6) 一方、ICEはNEC 3(New Engineering Contract 3)を発行し、発注者の代理人として機能するプロジェクト・マネジャー(Project Manager)を導入することになった。つまり、エンジニアのコンセプトを捨てたのである。

※7)Conditions of Contract for Plant and Design-Build

※8)Conditions of Contract for EPC/Turnkey Project

※9)Conditions of Contract for Design, Build and Operate Project

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