当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)
FIDIC Conditions of Contract(Red Bookなど)やその他の国際建設契約において、DBや調停によっても紛争が解決しない場合には最終的に仲裁によって紛争の解決を図ることになる。国内の公共工事標準請負約款の下では前回述べたように、建設業法による建設工事紛争審査会のあっせん又は調停により紛争の解決を試みる。あっせん又は調停により解決する見込みがないと当事者の一方又は双方が認めたときは、仲裁合意に基づき、審査会の仲裁に付し、その仲裁判断に服する。
以下、国際建設仲裁について述べる。
我が国における建設契約は欧米に比して曖昧であるにもかかわらず、仲裁や訴訟に進む例は極めてまれである。これは発注者と請負者間の阿吽の呼吸による紛争回避、妥協という商取引慣習に負うところが大きい。しかし欧米諸国においては、高い専門性を必要とする建設仲裁や訴訟が比較的最近まで日常茶飯事であった。そのため建設紛争及びその解決に関わる様々な専門家を輩出することとなった。国際建設仲裁においてもこれらの専門家を用いることが一般的となっており、通常は次のような専門家が関与している。
FIDICなどの標準約款を用いないときの契約書作成や紛争解決手続の申立人・被申立人の支援をしたり、当事者の代理人を務めたりする多くの専門弁護士が活動している。特に英米では土木や建築の専門家でありながら弁護士資格を持つ者が少なくない。また、英国のBarrister※1) の中には建設紛争専門の仲裁人として知られている人も多く、著名なBarristerは常に多忙である。
英国の仲裁人協会(CIArb: Chartered Institute of Arbitrators※2))は仲裁人の教育や仲裁の普及を目的とする公認の協会である。会員には等級があり、試験に合格しなければならない。弁護士などの法曹界以外の様々な専門性を持つ多くの人達※3)もこの協会の会員となっていることはこの協会の特徴となっており、その人達が実際に仲裁人として活動している。
QS (Quantity Surveyor)やCivil Engineerを主体とするコンサルタントで、コントラクターのクレーム作成、交渉、仲裁等の支援を行う専門家である。勿論、発注者の支援もする。
著名なコンサルタントはコントラクターや発注者の要請に応じてプロジェクトに常駐するスタッフを提供している。日本のコントラクターも国際工事においては、このような派遣QSを多く採用している。
建設工事にかかわる紛争はコストと時間に関するものがすべてであると言っても過言ではない。さまざまな自然あるいは人為的事象が工期に影響を与え、完成工期の遅れの責任や遅れを取り戻すための突貫工事の費用の負担責任が誰にあるのかが常に争われる。大規模な工事では様々な工種の工事が並行して、或いは前後関係を持って施工されている。そこで、ある遅れの原因がどの工事に直接影響し、また他の工事に間接的に影響し、結果として全体的にどれだけの遅れが生じたか、その遅れはだれの責任かを論理的に解析する専門家が必要とされる。英米でも極めて能力の高い工程解析専門家は数が少なく、引っ張りだこの状態である。
土木工事の特徴は地面を掘って基礎工事をしたり、山岳トンネルや地下鉄を作るために地中を掘ったりすることである。基礎や地下構造物の設計に必要な地盤の質や強度はボーリングやその他の解析法を用いて調べる。これらの情報は設計だけでなく施工方法の選択や施工スピードの予想に用いられるために、工事契約の入札時に開示される。もし掘削時に遭遇した地質が入札時の予想と異なり難工事が強いられる結果となれば、コストと工期に大きな影響が出てくる。その結果の責任が誰にあるのかを問うために、遭遇した地質が入札時に想定されたかどうかを判断してもらう専門家が必要となる。この専門家は単に地質の専門家であるだけではなく、土木の建設契約がどんなものかを熟知している必要がある。このような条件を満たす地質学の学者や専門家が欧米には存在し、仲裁や訴訟における専門家証言に慣れている人も少なくない。
国内においても少し普及し始めているBIM※4)が国際建設プロジェクトで用いられるようになってきた。工程管理や遅延解析のテクニシャンやプロフェッショナルと同様、BIMの専門家がプロジェクト・マネジメント、紛争解決に必要とされるようになってきた。
次回は仲裁判断の執行性やコストについて述べる。
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※1)法廷弁護士、特に優れたBarristerはQC (Queen’s Counsel)の称号を与えられる。
※2)Charteredは公認と解してよい。
※3)Civil Engineer, Architect, Quantity Surveyorなど
※4)Building Information Modelling. 日本の土木界ではCIMというらしいが、国際的には土木・建築を問わずBIMと呼ぶ。