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コラム

第7回 「FIDICよもやま(7)」    ~2021.06.29~

大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)

 

 FIDIC Red Book、Yellow Book、Silver Book Second Edition 2017が発行されてから、4年になるが、筆者はまだこの版が実際に使用された例を知らない。というのもJICA ODA Loanプロジェクトでは標準入札書類として、FIDIC Red Book 1999をベースにしたFIDIC Pink Book 2010がいまだに用いられているからである。世銀は2017年版を正式に標準入札図書として採用したがまだ日も浅いので、お目にかからない。
 しかし他の多国間開発銀行(Multilateral Development Banks)やJICAも遅かれ早かれ2017版を用いることになると考えられるので、1999年版(Pink Book 2010年版)との違いを見ておきたくなったが、いっそ、もう少し前の版からの変遷をみることにした。特にエンジニアのポジションとクレーム・紛争解決に注目したい。1999年版以前のものを旧FIDIC約款と呼び、1999年版を第1版と呼んでいるのでここでは旧3版、旧4版、1999年版、2017年版と呼ぶことにする。
 旧FIDIC初版は1957年8月29日にFIDICと欧州コントラクター協会が合意して発行された。以降1977年に第3版が出されるまで、1969年に浚渫・埋め立て工に関する条項が追加になっただけで、内容に変更はなかった。1972年に第2版が発行されたが、これはそれまでに参加することになったアジア・西太平洋コントラクター協会、アメリカコントラクター協会、国際コントラクター協会及び最初の参加団体の欧州コントラクター協会とFIDICの名前を表紙に表記して、それまでの約款を再発行したものである。以上のように3版が発行されるまでの背景には国際工事契約でFIDIC約款が広く用いられるようになったことがある。
 FIDICには特に重要な2つの条項がある。その一つは「コントラクターは工事の施工と維持をエンジニアが満足するように行わなければならない。」*1) という条項と、「紛争が起こった場合にはまずエンジニアに付託して、その決定をえなければならない。」*2) という条項。FIDICによると、これらのエンジニアの権限を小さくし、損なう勢力があり、これがFIDIC条件書の重要なコンセプトを台無しにしようとしているとコントラクト・コミッティーで報告されている。一つには途上国のプロジェクトで、発注者の組織の役人をエンジニアに任命する行為、他の一つに建設弁護士の主張である、「エンジニアはこの条件書では中立な第3者ではなく、発注者の利益を守る立場にあるように受け取れる。」と。そしてこの弁護士の目的は当事者の協力や柔軟さを台無しにし、不信頼と敵対関係に置き換えることである、と結論付けている。このような中で出てきたのが、旧4版 1987である。
 旧4版Sub-Clause 2.6ではエンジニアが様々な場面で裁量権を行使するときには中立公正に行使しなければならないと明記されている。*3)
 しかし、その後も一部の発注者が自分の組織の人間をエンジニアに指名することも続いているし、そもそも発注者に雇用されているエンジニア(コンサルタント)に完全な中立性を求めること自体に無理があり、エンジニアにある時は発注者のエージェントであり、またある時は発注者とコントラクターの間にあって中立、公正な第3者であるという二役を押し付けるのが無理であると広く認識されるようになった。
 一方、北米を中心に80年代末、90年代初めからディスピュート・ボードが普及し始め、FIDICも1996年に4版の補充版としてDAB (Dispute Adjudication Board)を導入し、それまでエンジニアに負わせていた紛争に対する決定の義務をなくした。これを正式に1999年版でClause 20の紛争解決の柱として位置付けた。そしてエンジニアの定義の中で、エンジニアは発注者のために行動する*4) 、と明記した。
 ところが、1999年にRed Bookと同時に発行したYellow BookとSilver BookではこのDABを常設ではなく、紛争が生じてから設置する構造とした。そもそもDAB設置の主たる目的は紛争の予防である。したがってこの主目的が果たせないDAB条項は非常に評判が悪く、結局常設DABに変更することになる。そしてRed Book、Yellow Book、Silver Bookともに2017年版で常設となり、かつ名称もDAAB (Dispute Avoidance/Adjudication Board)と変更し、紛争の予防に力点を置くようになった。
 次回、FIDIC 2017版をもう少し詳しく見ることにする。

*1)“The Contractor must execute and maintain the Works in strict accordance with the Contract to the satisfaction of the Engineer.” (Except insofar it is legally or physically impossible.)
*2) “If any dispute … arises … it shall in the first place be referred to and be settled by the Engineer who …”
*3)“the Engineer shall exercise such discretion impartially”
*4) “whenever carrying out duties or exercising authority, … the Engineer shall be deemed to act for the Employer”

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