大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)
ディスピュート・ボード(DB)は10年以上にわたりJICAがプロモーションの努力を続けてきたこと、DRBFも同様に普及に努めていること、最近では世銀がFIDIC 2017 Red Bookを融資プロジェクトの契約条件書として採用することが決定されたことなどから、国際インフラストラクチャー建設契約においてDBの設置が進んでいる。
契約金額が50億円を境にして、それ以下なら1人、それ以上なら3人のDBメンバー構成がとられることが多い。多くのDBが設置されれば当然必要とされるDBメンバーの数も増えてくる。FIDIC 2017ではDBはDAAB (Dispute Avoidance and Adjudication Board)と呼ばれ、紛争を未然に防ぐことを最重要にとらえているため、DBは紛争が生じてから設置するAd-hoc DBではなく、着工時から設置するStanding Boardを採用する例が増加している。世銀の方針として、DBの設置が確認されなければ前渡金(Advance Payment)の支払い解除(Disbursement)をしないとも聞いている。ちなみにFIDIC 2017 Yellow Book、Silver Bookも以前のAd-hoc Dispute BoardからStanding Dispute Boardに改定されている。
このようにDBの普及が進んでくるとDBメンバーを見つけることがむつかしくなってくる。ちなみにDBメンバーを務めるための条件は1)建設プロジェクトの経験が豊富であること、2)契約条件書の解釈に長けていること、3)紛争解決の経験が豊富なこと、4)その契約言語に堪能なこと、5)DBのコンセプトを理解し、トレーニングを受けていること、6)中立・公正を保てること等々であり、これらの条件を満たすものであれば当事者が合意すればだれでも採用できる。しかし適切な候補者を探すことは容易ではない。現在最も信頼されているDBメンバー候補のソースはFIDIC President’s List of Approved Dispute Adjudicatorsであろう。
ところがこのListには現在65名ほどしか掲載されていない。したがってこのリストに基づいてDBメンバーを選ぼうとすると当然これらの数少ない登録者に選択が偏ってしまう。そこでFIDICはここ数年の間に現在の65人を450人に増やす計画をしている。
すでに別会社が作られてこの会社*がFIDIC Conditions of Contractのセミナーなどを行う時の講師(トレーナー)などの資格審査や、FIDIC President’s Listに載せるべきアジュディケーターの資格審査を行う。FIDIC President’s List資格審査のための試験問題の作成、試験官の提供はDRBFが協力するという協定も結ばれている。
筆者は最近までFIDIC President’s Listの審査員をしていたが、試験の形式を少し説明する。
まず、書類審査。募集要項でFIDICあるいはFIDICのナショナル・メンバー(日本では旧AJCE、現ECFA) の会員であること、FIDIC条件書の経験、紛争解決の経験、インフラストラクチャー建設契約の経験があること等が要求されている。書類審査に合格すると、面接・筆記・ロールプレー試験が準備されている。ホテルに泊まりこんで2泊3日をかけて行う。筆記試験は多項式選択問題や、ケース・スタディー。1日目も2日目も夕方にだされた問題の答えを翌朝提出する宿題が出る。これは現場で緊急のDecision(決定)を出すことが要求される場合を想定しているということである。今後、新しい方針の下でどのような試験が行われるかわからない。また、しばらくはコロナと付き合いながら試験を実行するなら、オン・ラインで行われるであろう。これまで資格審査は3年毎に行われてきたが、これから3年間は毎年行う予定であると聞いている。
現在、FIDIC President's Listには筆者しか日本人は登録されていない。他のアジアの国の人もいない。10年ほど前にJICAのプログラムとして行われたDB Adjudicatorのトレーニングとアセッスメントで合格した日本人10名、インドネシア、フィリピン等のアジアの方たち10名はこのチャンスを生かして、ぜひFIDIC President’s List Assessmentに挑戦してもらいたい。FIDICと世銀はDBメンバーの性別、人種の多様性を拡大する必要性を認識しているという。FIDICのホームページに募集要項があるので書類を整えて申請してください。スポンサーが必要ですが、筆者が喜んで引き受けます。
アジアやアフリカで多くの日本人DBアジュディケーターが、活躍する日もそう遠くはない。
会社*:FIDIC Credentialing Limited (FCL)