大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)
前回からはFIDIC条件書の中で最重要条項の一つであるクレーム(20条)、紛争(21条)について書いている。
1999年版ではこの2つの条項はClaim, Disputes and Arbitrationとして1つの条項で扱われていた。この場合、ClaimはContractorからのクレームだけを扱っていた。そしてEmployerのクレームは2条のEmployerの副条項、Sub-Clause 2.5 [Employer’s Claim]として記述していた。
前回は20条のEmployer’s and Contractor’s Claimsについて述べたので、今回は21条のDisputes and Arbitrationについて述べる。
所謂Dispute Board(DB)は1999年版ではDispute Adjudication Board、2010年のMDB Harmonised版ではDispute Boardと呼ばれていた。契約条項の趣旨からいうと紛争(Dispute)に対し裁定(Decision)を下すことが主たる目的としてDBが位置付けられていた。しかるにDispute Review Board (DRB)に始まるDBの歴史からもわかるように、DBの大きな、また、主たる目的は紛争を予防することにある。DBの実務家やFIDICの利用者からFIDIC Conditions of Contractの中でこのことがもっと明瞭に記述されるべきであるという批判がずっとなされてきた。ましてや、1999年版のYellow BookやSilver BookのAd-hoc DABはずいぶん批判されていた。そこで2017年版Red Book、Yellow Book、Silver BookのすべてでDBはDAAB (Dispute Avoidance/Adjudication Board)と位置付けられ、契約後速やかに設置するStanding Boardとして定義された。
冒頭、「紛争はSub-Clause 21.4 [Obtaining DAAB’s Decision]に従って解決される」と規定されている。1999年版では “Disputes shall be adjudicated by a DAB”となっているが、2017年版では “adjudicated”を “decided”と変更している。われわれ日本人にはAdjudicate/Adjudicationはわかりづらいので、Decide/Decisionのほうがしっくりくる。Sole Memberあるいは3名のMember の選択方法は1999年版と大きな差はない。DBの設置時期について1999年版はAppendix to Tenderに記述の日までに設置するとなっているが、2017年版では特段の合意がない場合は、ContractorがL/A (Letter of Acceptance)を受領してから28日以内とすると変更されている。これは期日に合意がない場合にズルズルと先送りにならないように、28日という期日を設定したものと考えられる。
Sole Member、あるいは3名のMember がSub-Clause 21.1通りに選ばれなかった場合、Contract Dataに規定されている指名機関に契約当事者の両者あるいは一方が申請することによってMember(s)が決定される。これは否も応もなく契約上最終的である。1999年版には記述がなかったが、指名されたMember(s)は2017年版ではすでにあるDAAB合意書の内容に同意したものとみなすと念を押している。
これは新しく設けられたSub-Clauseである。1999年版ではGeneral Conditions of Dispute Board Agreement, Clause 4 [General Obligation of the Member]で両当事者の合意があればDABはアドバイスや意見を述べてもよいとの記述があるが、2017年版ではもう一歩進んで、DAABが問題や意見の相違があることに気づいたときに、当事者にDAABのアドバイスや意見を求めることを勧めてもよいとしている。
このような非公式な意見・アドバイスはDAABとのミーティング、現場訪問時等を利用して求めることができるが、原則として両当事者が同席することが条件である(原則としてという但し書きは、”unless the Parties agree otherwise”を訳したのであるが、FIDICは合意があれば(調停のように)同席しない場合もあると想定している様である)。このような意見・アドバイスに当事者は従う義務がないと同時に、DAABも将来 “Decision”を出すときに縛られることはない、と明記されている。
1999年版ではどのようなDisputeも契約当事者の一方がDABに付託してDecisionを求めることができるしまた時間的制約はない。一方、2017年版ではDisputeをSub-Clause 3.7 [Agreement or Determination]に基づいてだされたEngineerのDeterminationに対して、一方の当事者がSub-Clause 3.7.5 [Dissatisfaction with Engineer’s determination]に基づくNOD (Notice of Dissatisfaction)を42日以内に出したものだけと定義し、42日以降に出されたNODは無効とされる。
2017年版では新しい「時効」の考えが導入されている。もしその国の法律で禁止されていなければ、DAABにDecisionを求めるReferralを提出した時からこのDisputeに関する時効の時間が止まることになる。
両当事者が資料やデータを提出すること、DBが要求すれば工事現場や建物へのアクセスを準備することなどは1999年版と2017年版で違いはない。
DAABがReferralを受領してから84日以内にDecisionを出さなければならないのは変更がない。2017年版ではもしDAABメンバーの(Retainer、Daily feeなどの)請求書が未払いになっていた場合は、それが支払われるまでDAABは上記の期間内にDecisionを出す義務を免れるとなっている。
1999年版のSub-Clause 20.7 [Failure to Comply with Dispute Adjudication Board’s Decision]でDecisionはNODが出されないときにそのDecisionは “Final and Binding”となり、もしこれに従わなかった場合は被害を受ける当事者はそのDecisionの履行のみに関する仲裁に進むことができる規定があった。しかしNOD (Notice of Dissatisfaction)が出たときにDecisionに従わない場合の被害者救済に関しては明瞭な規定がなかった。
そこで2017年版ではDecisionに対するNOD が出ようが出まいが、即刻このDecisionは実行されなければならないとされた。支払いに関するDecisionの場合、新たなCertificate (例えばIPC(出来高承認))やNotice(通知)は不要で、即支払いを実行しなければならない。ところでこの場合、将来仲裁でDecisionが覆されることもあることから、受取側がその時返済不能になっている可能性が高いとDAABが認めれば、受取側に保証を入れさせることができる。しかしこの条件は一般的に受取側であるコントラクターに与信枠の設定や保証の設定コストなど負担が大きく、さらなる紛争を招く可能性があるため、実務家から批判もされている。
Decisionに対し不服な当事者はDecisionを受領してから28日以内にNODを提出しなければならないという規定に加えて2017年版では不服の理由を伝えなければならないと規定している。また、2017年版ではArbitrationに行くことが許される場合と許されない場合が明瞭に規定されている。まずNODが出されていなくともArbitrationに行くことが許されている場合は、以下の3つの場合である。
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Sub-Clause 3.7.5 [Dissatisfaction with the Engineer’s determination]の最後のパラグラフに規定されている場合、つまり、Sub-Clause 3.7 [Agreement or Determination]に基づく合意に従わない場合 |
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Sub-Clause 21.7 [Failure to comply with DAAB’s decision]の規定、つまり、相手方当事者がDAABのDecisionを実行しなかった場合 |
・ | Sub-Clause 21.8 [No DAAB in Place]の状況、つまり、DAABが設置されていない場合 |
以上の場合と規定通りにNODを出した場合以外は当事者はArbitrationに行くことができない。そしてDAABが規定通りにDecisionを出し、NODが規定通りに出されていない場合には、Decisionは “final and binding on both Parties”となる。
1999年版では言及がなかったことであるが、Decisionに対して部分的に不服な場合、NODの中ではっきりとどこが不服かを明瞭に述べることが2017年版で要求されている。これによって、不服でない部分は “final and binding on both Parties”となる。