大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)
昨年末から感染が拡がり始め、その後今日まで世界中を席巻し続けている新型コロナウィルス(COVID-19)の影響が国内外の建設産業界にも重くのしかかってきている。2020年4月20日付で国交省は「工事及び業務における新型コロナウィルス感染症拡大防止対策の徹底について」という通知を出し、感染拡大防止対策に係る設計変更(請負代金額又は工期の延長)を認めている。この通知は都道府県及び市区町村にも周知されていると、一般社団法人全国建設業協会は会員企業に連絡している。
ところで上記の国交省通知が「公共工事標準契約約款」とどのようにかかわるのか、何条のもとに出されているのか不明である。5月14日には同じく国交省から「建設業における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」が出されており、おそらくこのガイドラインに沿って行った対策に要した追加設備や経費は先の通知に基づいて発注者と受注者が協議し、設計変更が行われるのであろう。クレーム・ノーティス(通告)、クレームの手続きの詳細な定めがない日本の契約約款のもとでは所謂信義則に基づき、問題は解決されるのであろう。もし契約約款に基づいて協議するなら、おそらく、第二十条(工事の中止)「天災等」や第二十九条(不可抗力による損害)等が適用されるのであろう。
さて国際工事契約に目を向けると、ことはそう簡単ではない。そもそも英国をはじめとするコモン・ロー(Common Law)に支配される国や地域では不可抗力(Force Majeure)の概念がない。Force Majeureという言葉はフランス語であり、ドイツ、フランスなどの大陸法系の国や地域(日本も含む)で通じる言葉である。FIDIC Red Book 1999やFIDIC Pink Book 2004に初めてこの文言が導入された。もともとFIDIC約款は英国のICE約款をベースにドラフトされ、それまでの旧Red Book 1987では1999版でも扱われているEmployer’s RiskやSpecial Riskとして、戦争、内戦、放射線汚染、自然災害等を列挙しているだけでForce Majeureとは言っていない。
FIDICのコントラクト・コミッティーにも最近では大陸系の弁護士なども多く参画しており、今やFIDIC約款はコモン・ローと大陸法の折衷の成果物である。
今回のCOVID-19の感染の拡がりによって筆者の知る限りでも、アジア・アフリカで工事を完全に中断したり、工事を続けてはいるが十分な労務・資材・機材が入手できず、非常に低い生産性に甘んじている現場がある。
いづれにしても工期の遅延と追加コストの発生から免れない。発注者が政府の指示や命令に従ってエンジニアを通じて工事中断命令(Suspension Order)を出せば、コントラクターはクレームの論拠を示すことは容易だし、エンジニアはクレームのQuantum(量:工期の延長の長さや追加支払いの金額)を査定すればよいことになる。ところが、エンジニアから何ら指示が出ないうちに、労働者の数が減り、いくつかのサブ・コントラクターが作業をストップし、コントラクターがやむなく自ら工事の中断を決断して、外国人スタッフが帰国してしまったりした場合、なかなかむつかしいことになる。
Force MajeureはClause 19に規定されている(Red BookとPink Bookは同一文言)。Sib-Clause 19.1 Definition of Force Majeureでは例外的な出来事、状況を言うと定義している。つまり、
(a) 契約当事者が制御できない、
(b) 契約時に考慮できなかった、
(c) 当事者が防いだり、克服したりすることができない、
(d) そして相手当事者にその責を問うことができないような出来事や状況を言う。
上記の条件をすべて満足し、次に掲げる出来事や状況の例に当てはまるときにForce Majeureというとして、5つの類型が挙げられている。(i) 戦争等、(ii) 反乱等、(iii) 暴動等、(iv) 軍需品等、(v) 地震、ハリケーン、台風、火山活動等の自然大惨事。さてここでは(i) 戦争等としているが、戦争の後にいくつもの例示があり、(ii) 以下にも同様の例示がいくつもある。そしてどこにも、特に最後の (v) の自然大惨事としてEpidemic(流行病の蔓延)もPandemic(世界的な流行病)も挙げられていないことである。
今回の新型コロナウイルスの感染の世界的拡がりは上記 (a) ~ (d) を満たしているように思われるが、詳しく掲げられている例示のどの類型にも果てはまらないとしたらどうであろうか。(v) の自然大災害に当てはまるのかどうか、議論のあるところであろう。Force Majeureの例示の文言の中で、これら例示の限りではない(but is not limited to)と謳っているので、(a) ~ (d) さえ満足すればいいという考えも出てくる。
このようないろいろな解釈において、コモン・ローと大陸法による各々の解釈に違いが出てくるのではないだろうか。大陸法の場合、もともとForce Majeureの法理があるので、原則的な解釈に基づいてこの新型コロナウイルス感染の状況はそれにあたるとするのではないか、また、コモン・ローの場合はForce Majeureの概念がないので、書かれた文言が重要で、これらの例示の仕方が非常に重要になってくるのではないだろうか。
ところでこのような状況の中、国や地方政府が命令や支持を出した場合には、Sub-Clause 13.7 Adjustments for Changes in Legislationが適用される可能性がある。またその他、Sub-Clause 8.4 Extension of Time for Completionも適用される可能性がある。
いづれにしても、コントラクターは契約条項に従ってノーティスを出し、記録を残し、期日以内に詳細なクレームをエンジニアに提出しなければならない。
徐々に工事は再開されるであろうが、遅延とコスト増の問題が紛争化する可能性がある。発注者、コントラクター、エンジニア、サブ・コントラクター等のプロジェクト関係者が相互信頼と協力の精神のもとに問題を解決することを切に希望する。さもなければ、世界中で建設紛争が勃発することになる。COVID-19で疲弊し、また紛争で疲弊することだけは避けてほしいと筆者は念じている。今こそDispute Boardが真価を発揮する時かもしれない。