大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)
FIDICよもやま(11)に続いて、2017年版FIDICが1999年版FIDICからどのように変わったかを見てみよう。
英国の旧ICEやFIDIC契約条件書の特徴は契約当事者の間にEngineerという専門職を設けたことである。Engineerの業務は建設工事の施工・契約管理を発注者に代わって行うことである。Engineerは発注者が任命する外部の個人またはコンサルタント等の法人である。法人の場合は雇用者の中からEngineer’s Representativeを任命し現場に駐在させEngineerの任務を遂行させることができる。
EngineerはFIDIC契約条件書が定める様々な義務(施工法のチェック、様々な指示、承認、査定、評価等)を遂行しなければならないが、これらの行為はEmployerのために行うとみなされる(deemed to act for the Employer)。ただし、当事者間の紛争に関して決定(Determination)を行う時はフェアーな決定(a fair determination)を行わなければならない。ここまでは1999年版も2017年版も同じである。
1999年版ではEngineerの口頭による指示に対してContractorは2日以内に書面による確認を要求し、Engineerが2日以内に書面によってこたえなければ、その口頭による指示は書面による指示とみなされるとの条項があるが、書面による指示であってもそれがVariationであるかどうかに言及していない場合、Variationを構成するかどうかについての定めがない。
これに対し2017版ではEngineerの口頭による指示には一切の言及がない(条件書のどこかで言及しているかもしれないので、筆者の宿題とする)。特筆すべきは、指示の中でそれがVariationを構成するかどうかを明記していない場合、ContractorはもしVariationであると考えたら即刻、その工事を始める前にEngineerにNoticeを提出して確かめなければならない。7日以内に回答がない場合、その指示は取り消されたものとみなされる。もしContractorがこの条件通りにNoticeを出して確かめなかったら、その後に出されるEngineerの回答通りに従うものとする。つまりは工事金額の増加と工期の変更に関する権利を失うということである。
Engineer’s InstructionがVariationを構成するかどうかは往々にして紛争の種となる。2017年版では手続き上厳密にはなるが、できるだけ紛争にならないような配慮があるともいえる。
Engineerが紛争に関しAgreementまたはDeterminationを当事者に通知した時にそれらは効力を発し、Clause 20 (Claims, Disputes and Arbitration)によって覆されるまで、効力を持続する。
1999年版ではAgreementという表題はなくDeterminationだけである。1999年版ではAgreementについて、「Engineerは両当事者の意見を聞いて*¹両者の合意を得る努力をする」と2行の文言はあるが、あとは「もし合意が得られなかったら、EngineerはフェアーなDeterminationをすること」と規定されている。”a fair Determination”の定義はない。
一方2017年版ではSub-Clause 3.7 [Agreement or Determination]に基づいて行動するときには、Engineerは通常Employerのために行動する(Sub-Clause 3.2)のではなく、両当事者の間にあって中立でなければならないとされている。原文は以下のようである。
“When carrying out his/her duties under this Sub-Clause, the Engineer shall act neutrally between the Parties and shall not be deemed to act for the Employer.”
1987年の旧Red BookではDecision、Opinion、Consent、Approvalを与えたり、工事の対価を査定したりするときに、Engineerは中立でなければならないと規定されていた。
“the Engineer shall exercise such discretion impartially withing the terms of the Contract …”
1999年版でどのような行為もEngineerは”shall be deemed to act for the Employer”となったものを2017年版ではもう一度、少なくとも紛争に関するAgreementあるいはDeterminationを実行するときにはEngineerは”shall act neutrally between the Parties and shall not be deemed to act for the Employer”とEngineerの中立性を元に戻した態になっている。
筆者のDB member経験から言えることは、Employerの顔色を見て、偏ったマネジメントをしているEngineerのプロジェクトの方が、Engineerができるだけ中立・公平を守ろうとしているプロジェクトよりずっと紛争が多いように思われる。前者は紛争解決に時間とコストがかかり、結局最終的にEmployerにとって高くつくことになる。
なお、2017年版ではAgreementやDeterminationのNoticeを出す期限、それらの効力、また、Determinationに不服な場合の手続きや効力などについて詳細な規定があるが、詳細について次回に説明する。
*¹ AgreementあるいはDeterminationを実行するにあたり、Engineerは両当事者の意見を聞かなければならないが、1999年版では”with each Party”となっているが、2017年版ではこれを、”with both Parties jointly and/or separately”とすることによりもっと明瞭に「一緒でもいいし、別々でもよい」と規定されている。この点EngineerはDB memberやArbitratorと大きく異なっている。DB memberやArbitratorは一方の当事者と会うことを固く禁じている。理由は他の当事者がその時に反論の機会を奪われること、DB memberやArbitratorが一方の意見に影響されるかもしれないことなどである。