大本俊彦 客員研究員(京都大学経営管理大学院 特命教授)
今回からしばらくFIDIC契約条件書(FIDIC Conditions of Contract)についてお話したい。これまでのいくつかのシリーズで、必要に応じて触れて来たが、今回からのシリーズで系統的な解説ではなく、興味のありそうなポイントに絞って話題を提供したい。
そもそもFIDICとは何なのか。我々が通常FIDICを口にするのは、国際建設契約の条件書としての呼び名である。本来は国際コンサルティング・エンジニア協会 ※2)の略であり、その守備範囲は契約条件書に限らない。設立当初の目的はコンサルティング・エンジニアの社会的地位と技術力の向上としていたが、現在ではインフラストラクチャーを対象とする産業、プロジェクト、提供されるサービスの質や持続可能性を高めることによって人類の生活をよりよくしていくことを最も肝心な目的としたコンサルティング・エンジニアの世界的な集まりである、と謳っている。FIDICは1913年にベルギーのゲント(ヘント:Ghent)のミーティングで設立された。ベルギー、フランスが中心となり、ドイツ、デンマーク、オランダ、アメリカなど12ヶ国のMember Association of Consulting Engineersが参加したが、イギリスのACEはその意義を認めず参加しなかった。その後メンバー・アソシエーションのたゆまぬ説得の末、ついに1948年12月に協会に加盟することとなった。戦後、工業先進国となった日本の参加を望んでいたFIDICは技術士会(JCEA: Japan Consulting Engineers Association)※3) メンバーと交渉を続けていたが、この会は西洋の理念におけるConsulting Engineerではなく、請負もするし、FIDICの定義するIndependentを満たしていないことが分かり、FIDICの認める新しい組織を作ることで合意した。そして、日本コンサルティング・エンジニア協会(AJCE: Association of Japanese Consulting Engineers)※4)が1974年に誕生し、同年、南アフリカのケープタウンでのFIDIC総会で加盟が認められた。パシフィックコンサルタンツの創始者である河野康雄氏はAJCEの会長を務め、FIDICのタスク・フォースの委員長をするなど、非常に活動的であった。現在もAJCE(ECFA)はFIDICの熱心なメンバー・アソシエーションであり、世界各地で行われる年次大会に大勢の参加者を送り出している。来年の大会が東京で開催されると聞いているが、今世界中に蔓延している新コロナウィルスの影響がなければいいと願っている。
FIDICは1999年、それまで発行していたRed Book 旧版(1987)※5)、Yellow Book旧版(1987)※6)、Orange Book(1995)※7)を廃止し、新しくRed Book ※8)、Yellow Book ※9)、Silver Book ※10)、Green Book ※11)を発刊した。2004年には世界銀行、アジア開発銀行などの開発銀行群(Multilateral Development Banks)と協力してPink Book ※12)を刊行し、また、2008年にはGold Book ※13)を刊行した。このほかにも2006年刊行のBlue-Green Book ※14)、2019年刊行のEmerald Book ※15)がある。このように表紙の色でそれぞれの条件書を読んでいるが、これにちなんでRainbow Suiteと呼んでいる。
Green BookはShort Form of Contractといい、比較的規模が小さく少額なプロジェクト、規模によらず、内容が単純な工事等に用いられる。Clauseの数も少なく、30ページと非常に薄い条件書である。筆者はこの条件書で大きな工事も複雑な工事もEmployer’s Representativeをthe Engineerで置き換え、Dispute Boardを導入すれば十分扱えると考えている。
FIDICは上記のプロジェクト施工(設計を含むものもある)者と発注者の契約条件書以外に、発注者とコンサルタントとの設計・工事契約管理契約の条件書(White Book ※16))やRed BookとBack-to-Backで用いられる下請契約条件書 ※17)も発刊している。
ところでRed Book、Yellow Book、Silver Book 1999は2017年に改定され、Second Edition 2017として刊行されている。Red Bookを例にとるとGuidanceを除いて1999年版で68ページの本文が128ページと大部の図書となっている。目方も526グラムから977グラムに増え、持ち運びにも難儀する。日本の公共工事標準請負契約約款30ページで63グラムであることを考えると契約管理に費やす時間と労力が如何に多く求められるかがわかる。
次回からはRainbow Suiteの比較や各々の特徴について考えてみる。
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※1)FIDICの歴史についてはRagnar Widegren: Consulting Engineers 1913-1988, FIDIC, ISBN91-7970-468-9の一部を要約した。
※2)FIDIC: Fédération Internationale des Ingénieurs Conseils(仏)
International Federation of Consulting Engineers(英)
※3)1958年設立、2001年より「The Institution of Professional Engineers, Japan」と正式英語呼称が採択された。
※4)現在はECFA(海外コンサルタンツ協会)と合併し、ECFAの名前でFIDICのMember Associationとなっている。
※5)Conditions of Contract for Works of Civil Engineering Construction
※6)Conditions of Contract for Electrical and Mechanical Works including Erection on Site
※7)Conditions of Contract for Design-Build and Turnkey
※8)Conditions of Contract for Construction for Building and Engineering Works designed by the Employer
※9)Conditions of Contract for Plant and Design-Build for Electrical and Mechanical Plant and for Building and Engineering Works, designed by the Contractor
※10)Conditions of Contract for EPC Turnkey Project
※11)Short Form of Contract
※12)Conditions of Contract for Construction MDB Harmonised Edition
※13)Conditions of Contract for Design, Build and Operate Projects
※14)Dredgers Contract based on the Short Form of Contract
※15)Conditions of Contract for Underground Works
※16)Client/Consultant Model Services Agreement
※17)Conditions of Subcontract for Construction for Building and Engineering Works designed by the Employer