当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)
今回はDBとは何か、およびDBのSub-categoryであるStanding Dispute Board (Standing DB)とAd-hoc Dispute Board (Ad-hoc DB)の違いについてお話しします。
DBとは通常、建設工事・契約に深い経験のある中立・公正な専門家や法律家3人から構成される委員会であり、プロジェクトの着工時から竣工後の瑕疵担保期間が終わるまで存続・機能する。DBメンバーは契約関係図書をすべて与えられ、3~4か月ごとに現場を訪問して工事の進捗を観察し、関係者と会って紛争の種を早く発見し、当事者に解決を促す。現場訪問と次の現場訪問の間には月報、出来高証明、クレーム・ノーティスその他の重要書類を受け取り、プロジェクトの進捗やクレームの状況等を把握する。このようにDBはプロジェクト・チームの一部としてクレームの発生を避け、どうしても仕方なく紛争が生じたときには非公式見解や助言の提供をもって、友好的に解決することを手助けする。当事者同士で紛争が解決しないときには、申し立て(付託)を受けて、DRB (Dispute Review Board)は勧告を、DAB (Dispute Adjudication Board)は裁定を出す。仮に勧告や裁定が当事者によって受け入れられなくとも、その後のさらなる交渉のベースとなりえるので、和解のチャンスは大きい。このようにDBは当事者が敵対的(adversarial)な態度をとらないで、紛争の予防と和解による早期解決を促す。
DB合意書は発注者、コントラクター、個々のDBメンバーとの間で取り交わす3者合意書(Three-party Agreement/Tripartite Agreement)である。この中で以下に説明するようなMonthly Retainer、Daily feeを合意する。
DBのコストはDBメンバーに対する月額報酬(Monthly Retainer)と現場訪問(Site visit)時に要する日額報酬(Daily Fee)及航空チケット代やホテル代その他の実費からなる。DBに裁定を求めて付託(Referral)した時には自国で書類を読んだり、定期的なSite visit以外にヒアリングをした時のDaily feeがかかる。また支払い国で控除される源泉課税分は上乗せして支払う。Retainerは3ヶ月分の前払い、Daily feeは実費とともにSite visitの実行後に支払うのが一般的である。
DBのコストはFIDIC条件書の下では発注者とコントラクターが折半することになっている。DBメンバーはRetainer 及びDaily feeや実費をコントラクターに全額請求し、コントラクターはこの全額をいったんDBメンバーに支払う。そのうえで、総請求額の50%を出来高請求時に発注者に請求する。
JICA(独立行政法人国際協力機構)の有償資金融資プロジェクトではDBコストの見積額のうち発注者が負担する50%分をプロジェクトコストとして計上することが認められている。
見積のベースとなるのはDBメンバーのDaily feeである。現在は世銀の国際投資紛争センター(ICSID※1))が採用している仲裁人の日額報酬3,000米ドルが世界的に基準になっている。1995年版の世銀の標準入札書(Standard Bidding Documents 1995)でRetainerは Daily feeの3倍となっているが、実勢は1~3倍相当の範囲にある。
Ad-hoc DBは1999年版のFIDIC Yellow BookとFIDIC Silver Bookに初めて登場した。Yellow BookはDesign Build(設計・施工一括発注)契約であり、Silver BookはEPC/Turnkey(ターンキー発注)契約である。つまり両契約形態ともプロジェクト前期の相当に長い期間、設計業務だけが先行するプロジェクトと考えられる。設計業務だけが進行している間は当事者間に紛争など起きないであろうという想定、設計がコントラクターの業務範囲であり、設計を原因とするクレームは起こりえないという想定から、DBは紛争が起こってから設置すればいいとFIDIC Yellow 1999及びFIDIC Silver 1999の契約約款ドラフターが考えたのではないかと筆者は想像する。
「問題も紛争も起きていないのにDBを常設して、高額の出費をする必要があるのか」と考える発注者やコントラクターはこのAd-hoc DBに飛びついた。その結果、Ad-hoc DBに紛争の予防効果はもちろんなく、未解決の大きな紛争(クレーム)がプロジェクトの最後や竣工後に初めてDBに付託されるという事態になる。筆者の見聞きするところでは※2)結局当事者の一方がDBの裁定を不服として仲裁に行く例が少なくない。節約した少しのDBコストに比べて当事者はDBや仲裁での勝ち負けに係わらず、莫大な出費を余儀なくされる。これなら契約を変更してAd-hoc DBをやめ、直接仲裁に行く方が合理的かもしれない。
DBをプロジェクトの初期から設置した場合と設置しなかった場合の同じ2つのプロジェクトを比較することができないので、DBの費用対効果を明瞭に表すことができないが、最近発表されたJICAの調査報告では、DBを設置することになっている80のプロジェクトのうち、わずかに13プロジェクトしかDBを設置していないが、そのうちの12の発注者がDB設置の効果について満足しているという。当事者とエンジニアが協力して思い切ってDBを着工時に設置する勇気を持つことが重要らしい。
結局FIDICもAd-hoc DBの無意味さを認識し、FIDIC Yellow Book 2017、FIDIC Silver Book 2017では、FIDIC Red Book 1999/2017と同じStanding Boardを採用している。
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※1)International Centre for Settlement of Investment Disputes
※2)DBプロセス、仲裁はConfidentialが基本となっているので、なかなか実情がつかめない。