当センター理事 大本俊彦(京都大学経営管理大学院 特命教授)
今回からしばらくDispute Board (DB)についてお話したい。前回のシリーズ「建設紛争とその解決」の第4回、第6回、第7回で少しずつ触れて来たが、今回からのシリーズでDBの実践についてお話ししたい。その際、いろんな場面で起こる様々な問題についても触れる。また、現在DBがどの程度普及しているのか、どのような普及活動がなされているのか、普及が進まない理由は何なのか、等についてもお話しする。
本コラムの前回のシリーズ「建設紛争とその解決」ではFIDIC契約条件書の”The Engineer’s Decision”の代替として”DB’s Decision”を位置づけることになったと説明した。しかしDBのコンセプトが1990年代後半にDispute Adjudication Board (DAB)として急に出てきたわけではない。DBのコンセプトは1960年中期に米国ワシントン州のダムと地下発電所プロジェクトで生まれた。
地下発電所やトンネル工事にありがちなことではあるが、工事が難航し遅延が発生、コントラクタから多額のクレームが提出されて、解決の見通しがつかなくなりかけた時、発注者の提案により当事者双方から2名ずつ計4名の外部専門家を選んで諮問委員会(A Four-Person Consulting Board)を設置、問題の整理を委ねた。問題の整理に基づいてなされたBoardの勧告を当事者が受け入れて紛争の決着と工事の正常化に大きな成果をあげた。
このような経験が積み重なって1975年、コロラド州のアイゼンハワー・トンネル第2坑道プロジェクトで初めて「Dispute Review Board (DRB:紛争審査委員会)」が用いられた。付託された3つの紛争に委員会が出した勧告をもとに合意が成立し、最終的な結果にすべての関係者が満足し、初めてのDRBは大成功を収めた。1980年には世銀融資のホンジュラス、エル・カホン水力発電所で、初めて米国以外の国際プロジェクトでDRBが用いられたが、大成功に終わった。
この後FIDICは旧Red Book 4版、1996年版にSection A – Dispute Adjudication BoardをSupplementとして追加した。その後読者もご存知のように1999年版から正式にDispute Adjudication Board (DAB:紛争裁定委員会)が採用された。
米国で生まれたDRB、国際的プロジェクトで生まれ発展してきたDABの違いはDRBが勧告を出すことに対し、DABは決定を出すことである。勧告は文字通り勧告(Recommendation)であって、受け入れるかどうかは当事者に委ねられている。これに対し、DABの決定(Decision)は契約上の拘束力を持つ。当事者が不服申し立てをして、仲裁や裁判に訴え、このDecisionが覆されるまで、法的な拘束力を持つ。
米国ではDBは生まれてから一貫してDRBである。少しデータが古いが※1)下のグラフはその年の一断面を切ると北米(ほとんどが米国)ではDRBを設置しているプロジェクトが2005年では1300以上あるということである。圧倒的な数である。各州政府が発注する公共工事ではほぼ必須である。そしてこの下のデータに対して、紛争の98%がサイト・レベルで解決されたと報告されている。(2%が仲裁に進み、そのうち1%で和解が成立している。)このことからもDRBが非常にコスト・エフェクティブな紛争予防・紛争解決手続きであると理解されていることがわかる。
一方、アジアの途上国ではJICAや開発銀行の融資を受けて行うインフラストラクチャー・プロジェクトでは契約条件書としてFIDIC Pink Book※2)を用いて行うが、DBはDABである。この場合、DABは付託された紛争にDecisionを出す。このDecisionに対して、不服申し立てと仲裁へ進む意思の表明※3)を行う例が少なくないと聞く。そのうえ、Decisionをすぐに実行しない場合もあると聞く。紛争が第2の紛争を招きかねない。
法や強制力のない勧告(Recommendation)が受け入れられて紛争が解決するのに対し、法や強制力のある決定(Decision)が拒否されたり、無視されたりするという違いが出るのにはどのような理由があるのか。これをきっちり説明できることがこれからDBを正しく普及させるための必要条件なのであろう。
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※1)Dispute Resolution Board Foundation (DRBF)のウェブサイト(www.drb.org)には最近のデータもあるが、整理されていない。
※2)FIDIC Conditions of Contract for Construction, MDB Harmonised Edition, 2010
※3)Notice of Dissatisfaction and Intention to Commence Arbitration