今後、社会資本の整備と社会資本を活用したサービスの国民への提供は、予算の減少に伴いだんだん困難になってくると予想されます。しかし、現在の日本の社会資本整備率は必ずしも良いとは思えません。 わかりやすい例では大都市圏近郊の交通渋滞があります。経済活性化のためには消費を促したいわけですが、東京に住んでいますと、週末にでかけようにも、東名、中央、東北、常磐など高速道路は50〜60キロ先であんなに渋滞があるのでは、どこにも行く気になりません。中央道、東北道のように1,000万人を超す大都市に繋がる幹線道が4車線というのは特異で、これはやはり異常な状況という気がします。 また、日本は下水道の普及率が先進工業国のなかで非常に低い。日本は何らかの目的に使える土地は国土の約25%で、人口密集率は世界で飛び抜けています。家が密集しているわけですから、下水道の建設は容易です。さらに大都市圏で電線が地下に埋設されていないことも特異です。 |
競争の無いところでは効率は上がりません。競争があるところでは官も決して負けないと思いますが、市場化テストのような例を除き、一般に官の提供するサービスには競争はありません。現在、一般的な傾向として、民に任せられるものはできるだけ民に任せて効率を上げていこう、という動きがあります。規制改革・民間開放の動きです。 その中でどうやっていくのか、という方法論になりますが、まずPFI法。これは、社会資本整備とそれを用いた公共サービスの提供を、民間の資金を活用して設計、施工、維持管理、運営まで、一括して発注する仕組みです。契約期間は10年前後から30年にもおよび、その施設を使って提供するサービスの対価として、契約期間を通して、公共から料金を受け取ります。ただし、民が自由裁量でサービスを提供するのではなく、一定の条件下でサービスを提供して、期間が終われば建設した社会資本は官に提供する形になります。 それに対して、もっと広い範囲で議論しているのが、規制改革・民間開放推進会議だと思います。内閣府に置かれた平成19年3月までの時限付きの会議で、幅広い分野を対象に特区を設けて規制改革を実験的に試みています。 また、この会議の提言を受けて、内閣府では市場化テストを検討しています。これは官が実施している公共サービスを、官と民が対等な立場で競争入札に参加して、サービス提供者を決定するというもので、法制化を視野に入れています。良いことですが、法制化されるとき、特定の狭い分野に限定されるのではないかと懸念しています。 こうした動きの中で、PPP(Public Private Partnership)という言葉が日本でも定着しつつあります。官と民が共同して、最も適切な方法で公共サービスを提供しよう、というもので、これが、官の提供しているサービスを民に任せる一番広い概念といえます。PFIは勿論のこと、PFI期間終了後の維持管理、運営の長期一括委託、過去に公共が整備した施設の維持管理、運営の長期一括委託などを含んだ概念です。現在、多くの公務員がサービスの提供業務に従事しており、その人たちの処遇の問題があるため、すぐに広がる、とは思いませんが、こういうものが広がると公共サービスの提供に必要な費用は安価になり、サービスの質が向上すると思います。 地方公共団体では、議会の議決により、民間の者を指定管理者に指定し、従来公共が提供してきたサービスを、指定管理者に任せることが出来るようになっています。どこまでの公共サービスを民間に任せるようになるかは今後の問題です。 |
民を活用し、公共サービスを安価に提供するさまざまな方法が、実施あるいは検討されている一方、社会資本は足りないといえるような気がします。予算が減少する中では、どのように良いものを安価につくるかということが、関心の的になります。次に社会資本建設の入札方式について見ていきます。 私は、国外の工事案件や、設計、施工一括発注案件で、入札段階も含めて、アドバイザーとして参加した経験があります。いずれも大規模案件です。工事案件では入札条件通りの入札と、代案に基づく入札と両方が提出されており、第一優先交渉権者の決定後、発注者とその者間の交渉の後、契約に至っていました。過去6年弱、内閣府のPFI推進委員会の委員を務めている関係から、こうした問題をPFIの視点から見ると、日本の会計法や会計法に準拠している地方自治法の調達方法に改善の余地があるような気がします。 日本の会計法は、完成品を買うのであれば現状のままで良いと思います。反対に言えば、そのような目的で法制化されている、とも思われます。完成品は品質や値段もわかっています。例えば計算機が欲しければ、そのカテゴリーから品質と値段を考慮して目的に合ったものを選択すればよく、後は、単純な価格競争でいいわけです。 ところが、設計のように、これからつくるものを紙の上に描く、といった場合、カタログ製品のように完成した状態がわかりませんから、誰が絵を描くかが重要な問題であり、技術力を含めた創意工夫が問題になります。工事も同じです。官の調達に占めるカタログ製品の割合は少なく、社会資本の設計や工事の金額が80%を超えるのではないかと思います。 技術に余り通じていない人には、一般的な公共事業は、すでに詳細な仕様が示された仕様発注だと誤解されています。私はそんなことはありえない、と言ってきています。工事については、一般に仕様発注されているのは当然ですが、その前に仕様を決める段階があります。設計です。一般的な公共工事は、例えばオリンピックの競技場を作る場合を考えてみれば、設計の発注段階では、どの程度の規模の、どの種の競技場を作るかが決まっているだけです。最初から細かい仕様が決まっているわけではありません。大体こういう規模を条件に、設計してくれ、からスタートして、設計業者は設計を始めます。設計の各段階で、発注者と設計者との間で何回も設計協議を行います。この設計と設計協議の過程で関係者が参加してブレイン・ストーミングを行います。そして協議を重ねながら、詳細な仕様を固めていき、その結果が図面になります。その図面に従って発注される工事は完全に仕様発注です。PFIも同じで、設計段階で全ての創意工夫がされています。このように、設計の発注段階では性能発注以外はありえないわけです。 そうすると、今度は発注形態が問題になります。現在は設計、施工の分離発注が標準的です。 建設工事の入札では、普通の工事は別として、大規模かつ難易度が高い工事では、発注者が設計者と設計協議を十分に行っても、本当に良い設計はできないと思います。両者の知識、経験、技術力だけでは不十分で、施工企業の知識、経験が必要です。さらに、維持管理、運営の知識、経験も必要です。 設計、施工分離発注の設計の段階では、工事費の検討や、工事の施工方法などは、ある程度考慮されるでしょうが、維持管理、運営までの配慮は困難です。発注者にも、設計者にも、工事の施工や、維持管理、運営がある程度わかる人はいるでしょうが、本当に通じた人材がいるとは思えません。仮にいたとしても、全体を考えて、創意工夫に最大の努力をし、全体の金額を最小にしないと受注できないという入札方式になっていません。設計者の受け取る金額は決まっています。性能設計が真価を発揮できない理由です。 設計者が描いた図面を基に、工事の入札が行われますが、性能設計が真価を発揮していないとなると、入札時に手直しした方が良い結果を生むことが考えられます。工事の入札では競争原理を働かせ、工事費を安価にするため、多くの企業が入札に参加できる条件の設定が必要になります。特定の企業が持つ技術や特許に守られた工法は採用されません。さらに、どの企業でも施工可能な工程が採用されます。 このため、大規模で難しい工事では、過去の実績から判断してある程度技術力のある施工業者であったとしても、工事の発注段階で、発注者と施工業者との間で、工法の変更など、何らかの協議、交渉があった方が良いものが出来るのではないか、と思います。入札時VEにも限界があります。 設計、施工分離方式の他に、必要な性能のみを規定し、仕様を全く書かないで発注する、設計、施工一括発注があります。 設計、施工の一括発注にした場合には少なくとも設計費用と工事費用の最小化が図られます。設計、施工の一括発注であっても、大規模で、かつ技術的にも難しい施設の建設では、設計、施工企業体と、発注者、場合によっては発注者側にその分野で経験豊富な有識者を加えた二者の間で、何らかの協議、交渉がないと良いものを調達できない、と思っています。 こういう視点で現在の入札方式を見たときに、日本の会計法、地方自治法による入札には、そうした協議、交渉の余地がまったくありません。 |
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