CSRがここ1年ぐらいブームです。実は、日本では2度目のブームになります。最初のブームは1970年代。当時は公害問題やオイルショック前後の不祥事もあって、企業に対する批判が非常に厳しくなった時期でした。 CSRの議論は、アメリカで60年代末から70年代にかけて出てきたものです。以来、アメリカには今日まで約30年間の実績があります。 70年代の日本でもさまざまな議論がありましたが、比較的理念的な議論で終始していました。そして第2次オイルショック(1979年)以降、具体的な企業の取り組み方といった本格的な議論にならないまま消えてしまいました。それぐらい浅い議論でした。 なぜ、再びCSRのブームが到来したのか。その原因を最近相次ぐ企業の不祥事に求め、改めて企業の責任が問われているという人がいますが、私はそれは違うと思います。企業の不祥事が原因であれば、80年代から90年代にかけてもさまざまな事件が山のようにありました。なぜこのときにブームにならなかったのでしょうか。 度重なる不祥事は、今回のCSRブームのトリガーになったとは思います。しかし、大きな背景は市場のグローバル化の進展に伴っていろいろネガティブな問題が発生し、持続可能な発展とは何なのか、が議論されてきたことです。それを受け企業が果たす社会的責任について90年代に世界的規模で盛んに議論される中で、ようやく日本も2000年になりその流れを受け止めるようになってきたわけです。
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現在、ISO14000の認証を受けた日本の企業数は世界で一番多くなりました。 CSRに関する企業行動基準やガイダンスについては、90年代にNGOや経営者ネットワークなどがいろいろなものを提示しています。有名無名を問わず合計すれば200も300もあるといわれています。人権に関するもの、環境に関係するもの、途上国での労働環境に関する行動基準を決定するもの、あるいはそれを認証するもの。ISOでは今CSR規格(ガイダンス)づくりに取り組んでいます。ISOの議論は消費者問題からスタートしました。次第に、商品の安全性や品質の問題にとどまらず、その商品がどのようなプロセスでつくられてきたのかが問われるようになりました。安ければ、高品質でさえあればいいのか。それをつくる途上国の工場で人権すら守られない。最低賃金すら守られていない。俗に言うスウェットショップ(スウェット=汗 ショップ=工場)で、劣悪な条件下で生産し、先進国がそれを享受している。そのような先進国と途上国の関係は、グローバル化の進展によって改善どころか、現実には格差は開く一方です。このネガティブな問題をどうするかという議論になったとき、これは単なる消費政策の話ではなく、CSRそのものだという議論になっていくわけです。 このような問題は、一国政府や国連の枠組みだけではとても対応しきれない問題です。特に途上国の工場などの問題となれば、まさに企業そのものが積極的に対応していかないと難しい話でもあります。 法律は必要ですが、法律のみで企業行動を縛ることはできません。例えば、途上国では工場を誘致するため環境基準を非常に緩いものにすることがあります。先進国の環境基準が非常に厳しいから、基準の緩い途上国に行く企業もあり得る。法律を守っていない訳ではない。企業の倫理や社会的正義を考えたときにこれでいいのかという問題もあります。 |
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