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性能の経時変化を数値的に表現する |
港湾構造物では、問題が生じてから対策を講じていてはお金もかかる上に、工事も大変です。そこで、劣化や変状の進行を事前に予測して、最適なタイミングで良い対策を取るべきではないか、それによってライフサイクルコストが下がるのではないか、そうした観点から私たちが行っている研究事例をお話させて頂きます。
今回ご紹介する研究は、「港湾・空港構造物の性能評価技術の高度化に関する研究」として、平成14年度から港湾空港技術研究所の特別研究として重点的に行っています。ここでは、構造物の供用期間中の性能評価を行い、当初設計から設計供用期間中に、どういうシナリオで構造物をマネジメントしていくかが主題になっています。
昨今の設計の考え方は、仕様設計から性能設計に徐々に変わってきています。その中で構造物については、任意の時点で機能や性能がきちんと確保されていることを照査することが求められています。そのためには、性能の経時変化を数値的に表現しなければいけません。その1つの手段として、ライフサイクルマネジメント(LCM)という技術があると考えています。
これには2つの観点があります。当初設計の際には50~100年といった設計供用期間を設定するわけですが、維持管理を前提にしないと一般にはそれだけの長期間にわたり機能や性能は確保できません。したがって、当初のシナリオ通りに機能や性能を維持することが、LCMの目的の1つになります。また、当初設定していた機能や性能の変化が、本当に予定通りに進んでいるか、適宜判断して修正することも必要です。そのためには診断・調査、それに伴う評価が必要になります。つまり、このようにLCMは当初の構造物の設計ともリンクしているのです。
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自然環境下での劣化を再現する |
私たちは「現時点における構造性能の数値化」と、「性能低下曲線をどういうふうに設定し、確定するか」という2つの課題について研究しています。様々な試験を行って性能劣化の曲線を引いていきますが、自然環境での暴露試験はかなり長期に渡ってしまいます。そこで、人工的に劣化を促進させて、自然環境下での劣化をできるだけ再現する「促進劣化」の方法を採用しています。
促進劣化は「電食」「乾湿繰返し」「海水噴霧」「高温」などの方法があります。例えば電食による方法は、水槽の中にコンクリートの試験体を入れて、鉄筋と周辺環境の間に直流電流を流し鉄筋を強制的に錆びさせます。その結果が図-1です。左図が、与えた電流量に対して鉄筋がどれぐらい錆びるかを示したグラフです。1Qの電気量を与えると、コンクリートの表面に鉄筋の腐食によってひび割れが入ることがわかります。「ひび割れあり」「ひび割れなし」というのは、電食を始める前にひび割れが入っていた場合と、健全な場合を想定したものですが、電食の結果ではひび割れの有無はあまり関係なく、電流を流すとほぼ同じような傾向で鉄筋はどんどん錆びていきます。
右図は、電食で鉄筋を錆びさせた試験体に力をかけて、どれぐらい終局耐力があるかを示したものです。8Qの電流量をかけると8~10%ぐらい鉄筋の断面積は減りますが、あまり耐力は落ちていないことがわかります。鉄筋が錆びても耐力はほとんど落ちないというのは意外な結果でした。
乾湿繰返し、海水噴霧、あるいは自然の海洋環境暴露についても、同様の試験をしました(図-2)。左図が鉄筋降伏時の耐力に対する鉄筋断面積の減少量を示しています。右図が同じく終局耐力ですが、乾湿繰返しでは、先ほどの電食のグラフよりもやや右下がりになっています。海水噴霧になるとさらに落ちて、断面積の減少が2%程度でも耐力としては約10%も落ちる結果になっています。
鉄筋の断面積が減少することによって生じる力学性能の低下は計算によってある程度求められます。降伏強度については実験結果はほぼ計算通りになっていますが、終局強度については計算よりもかなり落ちています。その原因としては、鉄筋の断面減少量だけではなく、鉄筋とコンクリートの付着の低下などが終局耐力に大きく影響しているのではないかと推測しています。
鉄筋とコンクリートの付着については、図-3のような結果が出ています。赤が健全なコンクリートなのに対して、腐食が生じて腐食ひび割れが開くと青い線のように下がります。この直線が鉄筋単体の荷重とひずみの関係ですが、これから少し上がっている部分は、コンクリートの「Tension
stiffening効果」と言われるもので、ひび割れが入った後もコンクリートが負担できる引張応力の大きさを示しています。腐食が大きくなると、この効果は次第に低下して鉄筋の単体に近づいてくる傾向が表れています。これらに囲まれた面積を「付着破壊のエネルギー」と定義しますと、腐食ひび割れが入るほど付着破壊のエネルギーが減ってきます。
こうした実験をふまえて、実際の構造物の性能評価をするわけですが、目視だけでは限界があるので、非破壊調査手法を組み合わせてより精度を高め、かつ客観的な性能指標を得ようという研究も進めています。現状では「自然電位」と「分極抵抗」の2つを使って、鉄筋の腐食を調べようと考えています。自然電位は鉄筋が持っているポテンシャルを測る方法で、これを使うと鉄筋の腐食の範囲がどれぐらいの領域に広がっているかなどがわかります。また、分極抵抗はコンクリート表面に強制的に分極させ、腐食電流の量を測り、それを腐食の速度に換算する方法で、腐食速度や腐食の度合いがわかります。どちらの方法も、実験室での結果について実際の構造物でどれほど再現性があるかを検証している段階ですが、係数をうまく与えれば、桟橋の上部工やケーソンの中の鉄筋の腐食速度が判定できるのではないかと考えています。
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Fickの拡散第2法則で予測する |
木桟橋上部工の点検・診断は、点検員が桟橋の裏側を覗いて劣化度を判定することになります。一例を挙げれば、劣化度3は錆汁を伴うひび割れ、劣化度4は幅3mmを超えるひび割れ、劣化度5はかぶりコンクリートが大量に剥落して中の鉄筋が露出している状態です。
こうして出てきた劣化度を構造性能の試験値に何らかの形で適合させないことには、劣化度の重み付けがうまくいきません。そこで、暴露した試験体の劣化度を判定して、それと耐力との関係を調べてみました(図-4)。劣化度5は再現できませんでしたが、劣化度4になると耐力の低下が出始めるようです。
劣化の進行予測を理論的な手法に基づいて行ってみます。これは、コンクリート中の塩化物イオン量が年とともにどれだけ増えていくかを調べ、内部の鉄筋がどれぐらい錆びていくかを予測するもので、土木学会のコンクリート標準示方書の中にも取り入れられています。これを計算するにはパラメータが必要になります。C0が表面塩化物イオン量で、コンクリート表面にどれぐらい塩分が供給されているかというパラメータで、構造物が置かれている環境条件によって決まる数字になります。xはコンクリート表面からの位置で、ここに鉄筋のかぶり厚さを入れると、鉄筋の位置での塩化物イオン量が出てきます。また、tは時間。erfは誤差関数。さらに、Dapは、コンクリートの見かけの拡散係数で、コンクリート中の塩化物イオンの移動のしやすさを表しています。この値が大きいほどコンクリート中を物質が移動しやすいことを表します。これらを使った式を「Fickの拡散第2法則」といいます(図-5)。
ここで表面塩化物イオン量はどれぐらいの値を入れればいいのか。数年前にある桟橋で調べたデータでは、平均値でコンクリートの質量に対して0.265%、つまりコンクリート1m3あたり6kgぐらいの塩化物イオン量が入っていました。また、生存確率90%では0.471%で、10.8kg/m3の塩化物イオン量になります(図-6)。コンクリート標準示方書では、海岸地域に建設される構造物の表面塩化物イオン量は13kg/m3で設計することになっています。
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