RANDOM FOCUS
ライフサイクルコストを考慮した
港湾施設の維持管理マネジメント技術について

● ばらつきを修正しながら劣化の進展を予測する

 こうしてコンクリート中の塩化物イオン量が計算できて、錆びる時期が計算できると、後は鉄筋の腐食速度になりますが、これには理論値がありませんから現状では実験式を使って表現しています(図−7)。a、c、αには実験から求めた実験定数が入って、そこから腐食による鉄筋の体積減少量が計算できることになります。

鉄筋の腐食速度の算定
図−7 鉄筋の腐食速度の算定

 こうして算定された塩化物イオン量、鉄筋の腐食速度などの数値指標と劣化度を組み合わせて、劣化進行予測を行いました(図−8)。1.2kg/m3の塩化物イオン量ぐらいまでが劣化度0。また、劣化度1、2は数値的に境界がはっきりしませんが、劣化度2の終わりで2.0kg/m3ぐらいだと考えます。さらに、腐食が始まって腐食ひび割れが入ると、後はひび割れを通してどんどん塩化物イオンや酸素が供給されますから、中の鉄筋は非常に大きい速度で錆びていきます。そこで、断面積が1%減るまでが劣化度3.5%ぐらいまでが劣化度4、20%ぐらいまでが劣化度5としました。
 こうして目視の劣化度結果と数値指標が対応できれば、後は計算をして予測をしていけばいいわけです。ただし、C0やDapの値は非常にばらつきますから、実際の構造物の経過年数と劣化度に合うように予測結果を適宜修正しながら、今後の進展を予測することになります。

目視点検結果に基づく劣化進行予測
図−8 目視点検結果に基づく劣化進行予測

 これまでは、このような劣化予測をする計算方法があまりありませんでしたから、劣化が進んでから対策を立てようと考えていたと思います。しかし、様々な桟橋でこうした計算ができるようになれば、いつの時点で対策を取ればいいかがわかります。例えば、あと5〜6年も待てない、今すぐに対策を取りたいということを想定して、電気防食、断面修復、脱塩、あるいはそれらの組み合わせで、実勢の工事単価を入れて、かつ毎年の維持費を見込んでコスト計算をし、社会的割引率も考慮した上でいちばん安い工法を採用すればいいわけです。

● マルコフ連鎖モデルによって予測を拡張する

 Fickの拡散法則と鉄筋の腐食速度を使った予測は、現状では、残念ながらコンクリート構造物、しかも桟橋の上部工だけに使おうとして検討を進めています。他の構造物にも適用が可能な手法として「マルコフ連鎖モデル」を使ってみます。
 これは昔からある有名なモデルで、ある状態から次の状態までどれぐらいの確率で動くのかをモデル化したものです。例えば1年で劣化度0から劣化度1に、確率Pxだけの部材が移ると仮定して、残りの1−Pxについては0にとどまるとします。この繰返し計算を1年に一度ずつ行うと、劣化度がどこの状態にあるかという確率の分布が出てくることになります(図−9)。

劣化進行モデル
図−9 劣化進行モデル

 そこで、10年、31年、47年経過の桟橋について、マルコフ連鎖モデルで表現するために定性的にどれだけ表現できるかを確認してみました。

 図−10は、分布ができるだけ合うように、遷移確率を変化させて適用した結果です。例えば10年経過の桟橋なら、遷移確率を6%に設定すると、実際の劣化度の分布に対する予測の劣化度の分布が定性的に合っていることになります。これを日本全国の全ての桟橋で行えば、平均的な桟橋の劣化の進展状況が確率的に求められることになります。
 桟橋上部工の劣化について、マルコフ連鎖モデルの適用性を説明しましたが、これは様々な形態の劣化・変状にも適用できます。そこで、国有財産である港湾施設について劣化度を判定し、これをマルコフ連鎖モデルで表現してみました。例えば、航路・泊地では水深、漂流物、浮標、土砂投棄などを判断の指標にしています。また、護岸については、消波工、のり被覆、堤体本体、波返し、天端被覆、海底地盤、根固めなどを対象にして、それぞれ移動、散乱、沈下、ひび割れ、鉄筋腐食、目地ずれ、吸出し、空洞などを調べました。岸壁・桟橋、防波堤、臨港道路、港湾の橋梁などについても、様々な指標を用いて劣化・変状を調べました。
 具体的な劣化の判断は、A、B、C、Dの4段階で、それぞれ現地担当者が目視によって行いました。Aは緊急の対策が必要だと担当者が判断したもの。Bは緊急ではないが計画的な対策を必要とするもの。Cは軽微な劣化・変状が見られ、継続して観察が必要なもの。そして、まったく劣化・変状が認められず元気なものがDとなっています。

劣化進行モデルの適用性
図−10 劣化進行モデルの適用性

 一例ですが、鋼矢板岸壁の腐食について調べ、これをマルコフ連鎖モデルに置き換えて、実際と予測とを合わせる努力をしました。すると、遷移確率3.6%を使うと実際と予測を合わせることが可能だとわかりました。この3.6%を使って構造物の劣化の変状曲線を書くと、図−11のようになります。耐力や変形などの構造性能指標として、例えば使用限界を80%、終局限界を60%に設定すると、日本の平均的な鋼矢板岸壁はだいたい60年弱ぐらいで使用限界に達し、80年ぐらいで終局限界に達することがわかります。これは平均的な鋼矢板の腐食の劣化で、これより速いものも遅いものもあります。どの程度ばらつくかはもう少しデータの蓄積が必要だと思います。

鋼矢板の腐食
図−11 鋼矢板の腐食

 ケーソン護岸のコンクリートの劣化でも、同じようなことを行って実際と予測を合わせてみますと、遷移確率は平均して2%程度になります。ケーソン式護岸のコンクリートの劣化という観点で見ると、100年ぐらい経っても80%ぐらいまでの性能低下で収まることになります。感覚的に桟橋の上部工に比べて、防波堤や護岸のケーソンのコンクリートの劣化は緩やかであるいうことがわかっていますが、数値的にもそれが出てきたわけです。これを様々な構造形式に当てはめてみると、遷移確率として図−12のような値になります。

遷移確率一覧
図−12 遷移確率一覧

● こまめな維持管理や対策が低減につながる

 このように劣化の様子が描けたならば、それに対する対策のシナリオをつくっていくことになります。これまではある程度劣化が進んでから、大規模な補修をする方法、いわゆる事後保全が取られていましたが、これからは事後保全よりもむしろ予防保全、こまめな維持管理や対策を行っていくことがライフサイクルコストの低減につながると考えます。
 そこでマネジメントシステムを使って、構造物の性能の要求水準を満足し、かつ延命化させながら、対策の費用の平準化を図ることが重要になります。これからは人口も減ってきますから、社会資本ストック維持にかかる1人あたりのコストをできるだけ下げて、かつ性能設計のように説明責任や、資源の最適配分などを考えなければいけないことになります。私たちが行った推計では、将来的に港湾関連事業費のかなりの割合を維持管理に投資しなければいけないことがわかりました。限られたお金をどう配分するかが、今後の重要な課題になると思います。

 今まで述べてきたようなパーツの技術を組み込んで、現在ライフサイクルマネジメントシステムづくりを行っています。このシステムの特徴は、劣化・変状の予測をするということにあります。今までのように点検によってその時の状況を判断して補修や対策をあわてて検討するというのではなく、将来どうなるか寿命を予測することになります。そのためには、理論的な点から進められるものもあるし、そうでないものはデータベースを充実して、これまでの劣化の傾向から将来を推計する必要が出てきます。ライフサイクルマネジメントを使えば、機能寿命に合わせた補修量を適切なタイミングで推計できるようになるメリットがあります。それを表したのが図−13です。放っておいて後で一度に補修するよりも、小幅な対策をした方が、同じ程度の年数を持たせることができるうえ、費用も3分の1ぐらいで済むという結果が出ています。これを先ほどの港湾施設に当てはめてみると、大きなコスト縮減効果が得られそうだとわかりました。

構造物のライフサイクルマネジメント
図−13 構造物のライフサイクルマネジメント

 最後に今後の課題としては、精度の向上、データベースの充実、ライフサイクルコストの計算手法の確立、当初設計と維持管理のシナリオとの関係、診断結果の客観性の確保、維持管理技術者の養成や資格制度などが挙げられると思います。これについては、私たちも積極的に取り組みたいと思いますし、皆様方のご協力やご指導を頂きながら進めたいと考えています。

会議の様子


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