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わが国沿岸では多くのタンカーや大型貨物船が航行しており、これらの船舶の事故による油濁被害の可能性は少なくない。近隣諸国はわが国と同様石油類の輸入国であり、近年の極東地域経済の発展状況を鑑みれば、油濁事故の機会は決して小さいとはいえない。 1997年に日本海で起きたナホトカ号重油流出事故は約6,000klものC重油を流出し、大きな被害をもたらした。事故処理後に各団体等から請求された被害額は約360億円に上ったが、補償額は約260億円にとどまった。同年には東京湾でダイヤモンドグレース号が座礁し、約1,500klの原油を流出したが、対応が早かったことや原油の軽質分がほとんど蒸発したために、ナホトカ号事故のような惨事とはならなかった。 海外では1999年にフランス沖でエリカ号事故が起き、原油約11,000klが流出した。2002年にはスペイン沖でプレステージ号事故が起き、重油約40,000klが流出した。これらはナホトカ号事故のように重油が海岸に漂着する大惨事となっている。 こうしたタンカー事故のほかにも、大型貨物船が事故により航行用の燃料油を漏出すれば流出後もほとんど蒸発しないことからその被害は小さくない。例えばわが国において2002年に志布志港でコープベンチャー号事故により400〜600klの燃料油が漏出した。 このように、我々は常日頃から海上の流出油事故による沿岸の油濁汚染のリスクに直面していると理解するべきである。また、ナホトカ号事故以前も多くの油濁事故を経験していたことを忘れてはならない。 |
事故が発生して、油が流出した場合、これが漂流して海岸に漂着すると被害が急拡大する。ナホトカ号事故以後、現状ではわが国の大型油回収船は国土交通省の清龍丸、海翔丸、白山の3隻体制となっているが、油は漂流して位置を変えていくので現場への到達時間は早ければ早いほど良い。このため、迅速性の確保や浮流油の監視が重要である。 また、時間が経つにつれて重油は拡散するとともに海水を内部に取り込んだ油/水エマルジョンを形成し、ムース化する。こうしたムース化油は元の重油に比べて粘度が飛躍的に高まり、機器類の閉塞などを引き起こす。さらに、体積が2〜3倍に膨張し、作業量を膨大にする。比重も1に極めて近くなるため、沈降しやすくなり、砂浜の砂中に埋もれるなど環境に影響を及ぼしやすい状況となる。 したがって、油流出事故が起きたら、できるだけ早く作業を開始して、海上に油があるうちに回収することが被害を低減することとなる。 しかしながら、現状では世界的にも海上で回収できる油の量は15%程度であるといわれており、海上回収の困難性は高い。したがってこうした問題を早急に解決していく必要がある。 |
油濁対策用資機材は種類がたいへん多く、ワールドカタログ1)の分類ではオイルフェンス、回収機器(スキマー)、吸着材、ポンプ、油水分離機器、ビーチクリーナー、油処理剤散布機器類、臨時貯蔵タンク類、となっている。これらの資機材がそれぞれの現場条件で適切に組み合わされて、全体として十分な機能を発揮しなければ油回収作業は困難になる。 しかしながら、これらの製品がうたうスペックが必ずしも実海域で十分に発揮されない例が少なくないといわれている。また、スペックの数値についてもそれぞれが独自の実験や論理で掲載していると考えられ、一列に並べて比較することは容易でない。対象の油の粘度もASTMの基準では最高で170,000cStであり、先の重油流出事故でエマルジョン化した重油が示した数十万cStといった高粘度油に対応できるかどうかは不明である。 すなわち、数ある製品群の特性をカタログスペックなどから予測することは非常に困難であり、実際に実験により確かめることが必要であると考えられる。そのためには安定した特性を保持できるような実験施設が不可欠である。 米国においてはニュージャージー州にOhmsettと呼ばれる全長203m、幅20m、水深2.4mの巨大な曳航水槽があり、米国沿岸警備隊およびカナダの環境部局(Environment Canada)はこの水槽で研究開発を行っている。またノルウェーではKYSTVERKET(ノルウェーの公害対策機関)に大型の回流水槽があり、実験が行える。また、数年に1度実海域でも油を散布した実験を行っている。これに対してわが国では同様のレベルで本格的な実験を行える施設がこれまでなかった。また、近年特に大きな被害を与えている重質油およびそのエマルジョンを対象とした資機材はあまり研究開発されてこなかった。 |
平成14年度の補正予算で港湾空港技術研究所に油回収機器の実験のための総合的な施設の建設が認められ、平成16年3月に完成した。この施設は実海域の条件を再現する大型回流水槽である油回収実海域再現水槽(Simulation Tank for Oil Recovery in Marine Situations ; STORMS)および水深10m、口径5mの海底での油濁対策に関する研究のための水槽、流出油の特性を試験するための理化学分析室および恒温室水槽など総合的なものとなっている。 このうち、油回収実海域再現水槽(写真−1、2)はわが国では初の海水を使用したもので、重油およびそのエマルジョンの特性のひとつである比重の高い油の現場での挙動を再現しやすくしている。 また、水温の管理ができ、実験中の供試油の粘度変化を防止する。冬季の日本海では北海道の江差沖で水温が5℃程度であり、こうした状況での浮流油はエマルジョン化が進行する以前から高粘度となるため、初期には比重の比較的小さい高粘度油となり、常温で粘度を合わせたものとは挙動が異なると考えられる。このように水温の管理ができる油回収実験用大型水槽は現在のところ世界でも当水槽だけであると考えられる。
油回収実海域再現水槽の規模は、油回収機の模型縮尺をできるだけ小さくしないように大型となっている(表−1)。例えば油回収船白山に搭載された渦流式の油回収機は1/2スケールで実験が可能である。直轄事務所が運航する海面清掃船用の油回収機であれば、実機サイズでの実験が可能である。このようにできるだけ実物による実験により実海域での挙動の把握をしやすいように配慮した。
このほか、造波機による波高は最大値で0.5m(周期2秒、波長推定約6m)、波長10mで周期2.6秒、0.4mなどとなっており(図−1、2)、油回収船の特定油回収能力の規定(波高30cm、波長10mの状態にある海面において、厚さ6mmのB重油を収取する場合に、1時間に収取することができる特定油分の量が3kl以上2))を満足する性能かどうかについても試験が可能である。 また、回収時の回収機の移動速度を再現するために最大約2ノット(1.0m/s)の水流を発生することができる。これは船速や潮流を模すことができる。例えばオイルフェンスの耐油性能の試験や展帳実験など、波のある中での流れの影響を模して実験ができる。これらの実験状況は壁面に設けられた大型の観測窓から観察することができる。
このほかに付帯施設として洗浄スペース(写真−2)が設けられており、油で汚れた実験後の模型等を高圧水で安全に洗浄でき、作業効率を高めている。供試油として重油をエマルジョン化する作業等の汚れ作業もこうした施設により円滑に行うことができる。 |
当研究室で行っている研究テーマは、ナホトカ号事故とそれ以後の油濁事故を十分に鑑みて以下のように取り組んでいる。 (1)迅速性の確保
このように、研究テーマは広範にわたるが、すべて現場に注視した成果を目指すものである。また、今後は当水槽を用いた現場性能の推察を可能とする実験のスタンダードを確立していきたいと考えており、多くの既存の油回収機について当水槽で実験データを積み重ねたいと考えている。 |
油濁事故は、一種の災害であり、ビジネスとしてみればわが国ではあまり市場性がないと考えられる。こうした分野で研究開発力を維持し、伸ばしていくことは国の機関としての責務であると感じている。しかし取り扱う科学技術の範囲がたいへん広く、また今後は大規模な実験施設を運用しての研究開発となることから、企業や海外との連携を視野に入れた体制の整備が重要と考えている。 ■参考
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