RANDOM FOCUS
(財)港湾空港建設技術サービスセンター 創立10周年記念講演会
「日本経済の将来と構造改革」

● 根本から変わる日本経済の構造

 日本経済の将来を考えるといろいろと苦しいことが待っていると思います。
 例えば、少子高齢化による労働力人口の減少という問題。また日本の総人口も減り始めていることもマイナス材料です。この結果、思いもしなかったことが急速に起こってきています。
 例えば、貯蓄率の急速な低下という問題。日本は十数年前までは約15%と先進国では圧倒的に高い貯蓄率を誇っていましたが、21世紀に入り高齢化が進むとともに急速に落ちて、最近の公式統計では大体約5%程度。UFJ総研では、再来年までには1〜2%になると予測しています。
 この十数年間、日本経済は不況から、企業も設備投資を大々的に行うことを差し控えていました。むしろ、企業は利益が出ると貯蓄に回して債務の返済に当てていたことから、あまり資金需要がありませんでした。ですから、個人の貯蓄率が落ちても、法人の貯蓄があったために、国自体が財政赤字であるにも関わらず、全体としてはまだ辻褄が合っていました。
 昨今、景気が少し上向いてきて設備投資が増えてきましたが、今後、このような状況では、投資資金は誰が出すのかという問題に必ず直面すると思います。
 長期的に考えると、少子高齢化がさらに進むと貯蓄率が0%、高齢者は大体過去蓄積した貯蓄を取り崩す存在ですからあるいはマイナスもあり得ます。国の貯蓄もマイナスとなると、国全体で圧倒的な貯蓄不足になってきます。
 つまり、圧倒的な貯蓄率を背景に、その資金が設備投資に流れて、経済の成長を支えるという、戦後一貫して貯蓄超過国であった日本経済の構造が根本的に変わることを意味しています。
 この問題が表面化したときに、本当にファイナンスできるのかと問われることになるのは間違いありません。では、国内の貯蓄が不足している場合にどうしたらいいのか。海外から資金を借りてくるしかないわけです。もし、それができなければ自分の貯蓄に見合った投資しかできませんから、低成長を余儀無くされることになります。
 アメリカは、先日亡くなったレーガン元大統領の時代から、双子の赤字という言葉が代名詞になっていました。アメリカの貯蓄率は約1〜2%。場合によっては-1%といった時期もありました。アメリカはクレジット社会ですから、稼ぐ前に借金して物を買う。これが経済を支えるという側面もあるわけですが、貯蓄全体が非常に不足している経済体質を持っていますので、国内における貯蓄不足は海外からの資金流入で賄ってきました。この20年間を見ても、経常収支が赤字、財政も赤字で、一体いつまで国がもつのかという懸念材料がずっと存在し続けたにも関わらず、国が相当程度の経済成長を実現しており、No.1の地位は維持できています。アメリカは、移民の国ということもあり、海外からの資本調達に成功してきたのが歴史的現実です。
 それでは、日本はどうなのか。海外から資金を流入させて、海外から企業もたくさん入ってくる、優秀な人材もどんどん入ってきて日本の経済をサポートすることができるのか。あるいはするのか。これが非常に大きなテーマになってきます。これは、時代の転換を象徴する非常に大きな事件であると思います。
 短期的に見ると、日本経済は久しぶりに3%成長が2年続きそうです。2003年度で3%台の成長。2004年度も現時点では3%以上の成長が見込めそうで、この背景にあるのは設備投資と輸出です。
 一方、政府部門の成長寄与度はマイナスです。公共事業は前年比でマイナスが続いています。つまり、政府の景気刺激によって今回の景気回復が起こったのではなく、あくまで民主導によって日本経済の成長が実現してきた。これが今の日本経済の状態です。一方、高齢化が進む、労働力が落ちる、あるいは、家計の貯蓄率が低下していく状況の中でこの成長が持続可能なのか。これが長期的問題です。



● 車の両輪が回らなくなった原因

 歴史的に振り返ると、日本経済を国際競争力の観点から長い間支えてきたのは、自動車とエレクトロニクス産業でした。
 70年代半ばまで、日本はもっと先進的な経済構造にならなければいけない、終身雇用など後進的な制度ばかり持っている、と批判されていました。
 ところが、80年代前半まで、この2つの産業は急速に成長しました。その結果、アメリカでは家電メーカーが一つも無い状況となり、自動車でもじわじわと強い競争力を持つようになりました。ジャパンアズNo.1のような本が出て、日本経済は凄いという評判になった。なぜ日本の自動車やエレクトロニクスが80年代まで驚異的な国際競争力を持つようになったのか。逆に、90年代以降、日本経済が低迷した理由は何なのか。日本経済を支えてきた自動車、エレクトロニクスのうち、自動車は依然として健在だが、エレクトロニクス産業が競争力をかなりの程度失ってきたのはいかなる理由によるのか。このことを詳しく考えてみましょう。
 実際、90年代以降も、自動車産業は力をつけてさらに強くなってきました。現在アメリカでのマーケット・シェアは30%を越えましたが、これが2010年までに40〜50%になるのは間違いないと思います。ヨーロッパでは、まだシェアは低い状況ですが徐々に浸透しています。中国もこれから主戦場になってきますが、日本車に対する評価は非常に高い。自動車産業が日本の産業の柱として生き残ることはいまのところ確実だと思います。
 ところが、エレクトロニクス産業は、90年代になってから競争力が低下しました。90年代のメーカーの利益率の推移を見ますと一貫して低下しています。2001年には主要家電メーカー9社の総利益がマイナスになりました。
 エレクトロニクス産業の競争力が落ち込んだ根本的な原因は2つあります。1つはグローバリゼーションの急速な進展。もう1つはIT革命の急速な進展です。
 わかりやすい例はパソコンです。パソコンは今まで日本企業が得意としていたものづくりと根本的に違います。それは、「モジュール化」という流れが本格的に出てきたからです。
 モジュールとは部品をいくつか寄せ集めたユニットのことです。ディスプレー、キーボード、ハードディスク、MPU、OSなどの各モジュールが、他のモジュールとは独立して設計、開発、製造、販売できるようになりました。これが「モジュール化」です。
 モジュール化が本格化した理由は、モジュール同士を連結させるルールがデジタル的にプログラム化できたからです。連結ルールさえ守れば、各モジュール内で何をやってもいい。そうなると、各モジュールで世界的な競争が起こります。その結果、MPUはインテル、OSはマイクロソフト、マザーボードは台湾のエーサーと、グローバルな各モジュールのプレイヤーが出てきました。
 パソコンを組み立てるメーカーは、安く、品質の良いモジュールを世界中から調達して、これを組み立てるしか安くて品質の優れたパソコンを製造する方法がなくなりました。ところが、組み立てるだけでしたら、パソコンに詳しい若者ならば秋葉原に行って各モジュールを買い集めてくるだけでできます。だから、利益は出なくなってしまった。
 つまり、90年代に入って急速に進んだモジュール化に日本の電気メーカーはうまく対応できなかったわけです。なぜ対応できなかったのか。それは、日本の企業の強さは、モジュール型の水平分業的な生産体制ではなく、どちらかといえば垂直統合的な自己完結型の生産体制が得意だったからです。
 同系列のグループから部品を調達して、それをすり合わせてていねいに物を作っていく。こういう物の作り方をしてきて日本は70〜80年代にかけて強い競争力を作り上げた。自動車がその典型です。
 ところが、パソコンはモジュール化によって、各モジュールを独立して開発を進めればよい状況になった。
 そうすると、付加価値はすべてkeyになるモジュールを作っているメーカーへ流れていきます。組み立てる側には何も付加価値は残らないことになり、パソコンで従来型の生産方式の企業はほとんど儲からないという構造になりました。
 つまり、エレクトロニクスは、自動車に比べるとはるかにモジュール化の波に強く洗われており、体質転換できないことから利益率が低下する構造が定着した。これが80年代前半に日本経済を支えた自動車とエレクトロニクスの、その後20年間の歴史の違いです。構造が非常に複雑なために、モジュール化が進まない自動車は健在、モジュール化が進んだエレクトロニクスは苦戦を強いられている。できれば、かつてのように、自動車だけでなくエレクトロニクス産業も、競争力を回復したいが果たしてそれは可能なのか。


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