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1.はじめに
従来から行われている費用便益分析については、旧建設省の「社会資本整備に係る費用対効果分析に関する統一的運用指針」、旧運輸省の「運輸関係社会資本の整備に係る費用対効果分析に関する基本方針」に基づいて、各事業主体がマニュアル等を策定し活用してきています。一方で、便益や費用の計測手法、計測に当たって使用している原単位等が、類似事業間において整合が図られていないものが見られるところです。
そのため、各種原単位等の設定の考え方を明らかにし、各事業分野で共通的に用いることが適当なもの(例:経済成長率、人口、社会的割引率等)、類似事業分野で各種原単位等設定の考え方の整合を図ることが適当なもの(例:時間価値、人的損失額、環境質削減の価値等)に分類、その考え方や設定方法の事業分野間の整合を図ることとし、平成16年2月に国土交通省では「公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針」を策定、国土交通省所管公共事業の評価結果の信頼性を高める観点から費用便益分析に係る計測手法、考え方などの整合性の確保、手法の高度化を図る上で考慮すべき事項を定めました。
ここでは、従来の指針との主な相違点について概説します。
2.評価指標について
事業評価にあたっては、原則として費用便益分析を行い、事業の投資効率性を評価するものとし、様々な視点から判断できる環境を整え、事業評価結果の透明性を高めるため、純現在価値(NPV)、費用便益比(CBR、B/C)、経済的内部収益率(EIRR)の3指標を示すこととしています。(表-1参照)
| 表-1 費用便益分析の主な評価指標と特徴 |
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従来の旧建設省の運用方針では費用便益比を、旧運輸省の基本方針では純現在価値、費用便益比、必要に応じて経済的内部収益率を示すこととしています。
3.残存価値
公共事業によって整備される施設は、一般的に評価期間以降も適切な維持管理によってその施設としての価値を発揮し続けると考えられることから、当該事業の評価期間末における残存価値を計上する場合は、理論的な考え方に則り、評価期間以降に発生する純便益を算定し、これを便益として計上します。
事業の評価期間末において、土地などの非償却資産や、耐用年数に達してないなど十分な価値を有する償却資産が残る場合は、それらの残存価値を計上してもよいこととし、この場合は、評価期間以降も施設が永久に継続する場合の純便益を算定し、これを便益として計上するよう統一しました。
ただし、評価期間以降に発生する純便益を遠い将来にわたって計測することが実務的に困難で、残存価値が無視できないほど大きい場合は、例えば、企業会計の減価償却の概念を援用した定額法などの方法で評価期間末における資産額を求め、それを残存価値としてもよいこととしています。なお、このような方法を用いる場合は、その旨を明記することとしています。
4.時間価値
従来は各事業で事業特性に応じ、時間価値を設定していますが、本指針では以下のように整理を行っています。
便益計測に時間価値を用いる場合は、需要予測手法や入手可能なデータに応じ、利用者特性等を反映した適切な手法を用いて、以下の方法により時間価値を設定することとしています。
| (1) |
時間価値が需要予測モデルから「選好接近法」によって内生的に導出される場合は、既存計測事例等に照らしてその時間価値の妥当性が確認されれば、それを便益計測に適用する。ただし、「選好接近法」により導出された時間価値の適用に課題がある場合には、その理由を明らかにした上で「所得接近法」や既存計測事例に基づく時間価値を適用してもよい。 |
| (2) |
時間価値が需要予測モデルから導出されない場合は、「所得接近法」や「機会費用法」により時間価値を設定し、その時間価値を便益計測に適用する。
なお、需要予測に時間価値を適用する場合は、その値を便益計測に適用する。ただし、利用者特性等から、より適切な時間価値が設定可能な場合には、その理由を明らかにした上で、その値を便益計測に適用してもよい。
また、時間価値は利用者特性等を反映して異なる値となることを踏まえ、その算定方法や根拠データ、既存計測事例等に照らし、適用する時間価値としての妥当性を確認することとしています。 |
5.人的損失額
便益計測に人的損失額を用いる場合は、「逸失利益」、「医療費」、「精神的損害」を基本構成要素として人的損失額を算定することとしています。(図-1参照)
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| 図-1 人的損失額の構成要素 |
「逸失利益」は、被害者の収入に基づき算定されるため、収入の違いを適切に反映する必要がありますが、現実的には、被害者を特定できないことが多く、そのため、事業実施により影響を受ける地域レベルの平均的な収入データの適用が望ましいと考えられます。算定方法としては、ライプニッツ方式(中間利息控除を複利計算で行う方式)を用います。ただし、被害者の属性を考慮した逸失利益が、保険・裁判等により算定されている場合は、これを用いても構いません。
「医療費」は、災害・事故等による傷害の程度で大きく異なりますが、過去の類似事故・災害事例等の実績データから平均的な「医療費」を設定します。
「精神的損害」は、過去の類似事故・災害事例等において支払われた「慰謝料」をもとに設定します。
ただし、事故などによる人命の損失は、本来、「支払意思額による生命の価値」により計測するべきです。現在、日本において適用されている人的損失額原単位は、このような考え方に基づいて設定されておらず、諸外国に比べて低くなっています。したがって、今後、諸外国の計測事例などを踏まえ、評価手法の確立、評価値の算定に向けた検討が必要です。
6.環境質の価値
環境質に係る要素としては、大気質、水質、騒音、振動、地形・地質の改変、植物・動物への影響等、多くの要素がありますが、これらはいずれも現在のところ取引市場が形成されていない非市場財であるため、貨幣価値を算定する場合は、代替法、ヘドニック法、CVM、トラベルコスト法といった計測手法を用いています。
CO2については、今後、排出権取引市場が確立した場合は、排出権取引価格に基づき価値を設定する方法についても検討することとしています。
いずれの環境質についても、今後とも、価値計測手法の熟度を高め、結果の信頼性を向上させるための取り組みを継続的に行うこととしています。
7.防災事業のリスク評価
防災事業の効果項目は、各マニュアルで現在評価されている「人的損失額」の軽減効果、「物的損害額」の軽減効果に加え、災害がいつ発生するかわからないという状況下における「被災可能性に対する不安」の軽減効果という3つの効果項目を基本とします。
「被災可能性に対する不安」の軽減効果とは、「実際に災害が発生した場合、大きな被害を被るかもしれないという不安感」を軽減する効果です。これは、実際に災害が発生した場合の効果項目である「人的損失額」、「物的損害額」の軽減効果とは重複しないため、便益として計上するべきものです。
ただし、「被災可能性に対する不安」の軽減効果の計測手法については、現在までに得られた研究実績・成果が少ないため、今後さらなる検討が必要です。
8.再評価における留意事項
従来の再評価では、「事業全体の投資効率性」による評価を実施していますが、今回、再評価における費用便益分析は、原則として、「残事業の投資効率性」と「事業全体の投資効率性」の両者による評価を実施することとしています。
残事業の投資効率性は、投資効率性の観点から、事業継続・中止の判断にあたっての判断材料を提供するものであり、事業全体の投資効率性は、事業全体の投資効率性を再評価時点で見直すことによって、事業の透明性確保、説明責任の達成を図るものです。
●事業全体の投資効率性における
費用・便益の計測
残事業の投資効率性の費用は、「継続した場合(with)」の費用から「中止した場合(without)」の費用を除外して求めます。つまり、再評価時点までの既投資額のうち、回収不可能な投資額(埋没コスト)については費用として計上しないと考えます。
また、残事業の投資効率性の便益は、「継続した場合(with)」の便益から「中止した場合(without)」の便益を除外して求めます。つまり、再評価時点までに発生した便益(既発現便益)については便益として計上しないと考えます。
●再評価の結果の取扱
再評価の結果は、投資効率性の観点から基本的に以下のように取り扱うこととしています。
| (1) |
「残事業の投資効率性」が基準値以上の場合
「事業全体の投資効率性」が基準値以上の場合は、事業は継続。基準値未満の場合は、基本的に継続とするが、事業内容の見直し等を行う。 |
| (2) |
「残事業の投資効率性」が基準値未満の場合
「事業全体の投資効率性」が基準値以上の場合は、事業内容の見直し等を行った上で対応検討する。基準値未満の場合は基本的に中止とする。 |
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| 図―2 「残事業の投資効率性」の評価における費用便益分析の方法 |
| 表-2 再評価における費用便益分析の評価結果の投資効率性の観点からの取扱い |
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9.感度分析について
従来の各マニュアル等では、「必要に応じて感度分析を実施することが望ましい」と記述されているものが多くなっています。
今回、事業評価の精度や信頼性の向上を図るため、新規事業採択時評価、再評価において、費用便益分析結果に大きな影響を及ぼす要因について感度分析を実施し、その要因が変化した場合の費用便益分析結果への影響の大きさ等を把握するとともに、費用便益分析結果を幅を持って示すこととしています。
なお、感度分析結果は影響要因とその変動幅を費用便益分析の結果と併せて公表することとしています。
●感度分析の手法
要因別感度分析や再評価・事後評価の実施結果等の蓄積を踏まえ、順次、上位ケース・下位ケース分析を実施するように努めることとしています。
なお、感度分析には、表-3に示す3つの手法があります。
| 表-3 感度分析の手法 |
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| 図-3 感度分析および上位ケース・下位ケース分析のアウトプットイメージ |
●要因別感度分析
| (1) |
影響要因の設定
分析対象事業の特性や事業環境等を考慮し、当該事業の評価結果に大きな影響を及ぼすと考えられる需要量、事業費、工期など主要な影響要因を適切に設定します。
影響要因は、同種事業の再評価や事後評価の結果から得られるデータに基づいて設定することが望ましいが、データの蓄積が不十分である場合については、類似事業等での感度分析の実施事例や、実務経験者、有識者の意見等に基づいて設定します。 |
| (2) |
影響要因の基本ケース値の設定
影響要因の基本ケース値は、評価の時点においてもっとも確からしいと考えられる前提条件や仮定として設定された値とします。 |
| (3) |
変動幅は、社会経済データや同種事業の費用便益分析結果、事例分析等に基づき設定します。
ただし、社会経済データや同種事業の費用便益分析結果、事例分析等の蓄積が不十分な影響要因については、基本ケース値の±10%を変動幅の標準とします。それ以上に不確実性の度合いが大きい又は小さいと想定される影響要因については、実務経験者や有識者の意見等に基づいて変動幅を設定します。なお、影響要因の予測値が幅を持って示されている場合には、その幅を当該影響要因の変動幅としても構いません。 |
| (4) |
分析対象とする影響要因以外の全ての影響要因を基本ケース値に設定し、当該影響要因のみを変動幅で変動させた場合の費用便益分析を実施し、費用便益分析結果への影響を把握します。
その際、各影響要因について、費用便益分析の結果が基準値を下回る値(基準値分岐点)や基本ケース値から基準値分岐点までの変動量(許容変動量)についても確認します。 |
| (5) |
要因別感度分析の結果の提示方法
個別の影響要因が変動が費用便益分析結果にどのような影響を及ぼすかを把握するため、また、費用便益分析の結果が基準値を下回る変動幅を確認するために、各影響要因について費用便益分析の変動がわかるように感度分析結果を提示します。 |
●上位ケース・下位ケース分析
上位ケース・下位ケース分析を実施する場合は、次の手順に従って実施します。
| (1) |
要因別感度分析の実施 |
| (2) |
上位ケースシナリオと下位ケースシナリオの設定
費用便益分析結果が良好になるケースや悪化するケースを設定します。 |
| (3) |
上位ケース・下位ケース分析の実施
上位ケースシナリオと下位ケースシナリオについて、費用便益分析を実施し、費用便益分析結果を幅をもって示します。 |
●感度分析結果の取り扱い
事業の採択や継続の可否の意思決定に当たっては、感度分析の結果も判断材料の一つとして扱うこととしています。
再評価時において費用便益分析の結果が新規事業採択時評価において実施した感度分析の変動幅を超えた場合、または、事業実施中において事業を取り巻く環境の変化等により、この変動幅を超える予兆が見出された場合は、その原因について分析するとともに、各影響要因について設定した変動幅の適正さについて検証し、必要に応じて、事業の見直し等を検討します。(図-4参照)
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| 図-4 感度分析結果の取り扱い |
10.おわりに
本技術指針は、「事業評価手法検討部会」(部会長:森地茂 東京大学大学院教授)での検討結果を踏まえ、とりまとめたものです。今後、各事業主体は、事業の特性を踏まえて、事業評価のための費用便益分析に係るマニュアルの改訂等を進めていくこととなります。
なお、このなかでもいくつか指摘されていますが、引き続き評価計測手法の熟度を高め、結果の信頼性の向上に向けた取り組みを行っていく所存です。 |