飛行場計画技術研究会 小坂英治
成田空港株式会社の株の上場の準備が進められていると聞く。かって、NTTの株が公開され、その売却益が公共事業の財源の一部とされ感謝した記憶がある。成田会社の国の出資分がNTTのように空港整備特別会計の借金の穴埋めになるとしたら、国民の一人としても株がなるべく高く売れることを願うばかりである。
ところで、成田会社の株式の値段はどのように評価されるのだろうか。株主の立場に立てば、株価の基本は投資のリターンが確保されるか否かであり、成田空港がいかに独占的に且つ安定した収入を得ることができるか、そして、その将来性はどうかと云うことになろう。しかし、現状の成田空港はマスコミの取り扱い方でも、さすがに空港の重要性は理解しているとは云え、空港をまともに扱う場合は、過去の長い習慣から悪口を基調からはずすことはない。
成田空港は、建設されようとしたときから、一世代の長きを越えて、マスコミの'いじめられっこ'であり続けている。1970年の成田闘争以来、成田空港の悪しき看板となっている過激派問題も、1500人規模の警察力(小県一県の全警察力に相当)を動員し続けても何ら解決できない状態で、空港の民営化はともかく、株式を公開して市場の人気で値付けをしようとするのは、今時点の評価としては、素人目から見て異常と思うが、やはり素人の浅はかさだろうか。
そのタイミングの悪さを云えば、これもマスコミ報道に根拠を置くものだが、今、成田空港の先行きを決しかねない羽田空港の国際化が、羽田空港の過去の経緯、立地条件の実体を超えて、政府や経済界の中で脚光を浴びている最中にあることである。羽田空港が最近のように過大に期待されている間は、成田会社の株の上場は待った方が良いのではと思うが如何。
昭和から平成に変る頃、首都圏の空港能力は、国際、国内、旅客、貨物全てで絶望的であった。このため、国際空港機能については全国の空港の国際化の可能性を求め、国内については、いわゆる首都圏第3空港調査なるものが始まった。近年は、国の役人の独走を防ぐと云う理由からか、'第三者機関'の出動を云々することが多いが、このときは、さすがに国の空港政策への不満か各方面の民間による自主研究が自発的に起こり、首都圏空港の民間試案がいくつも発表された。 空港適地をまともに検討すれば、当然のように首都圏地域は各地に既設飛行場があり、これらは自衛隊や米軍の管理するところとなっている。新提案はいずれも成田空港より利便性の遥かに悪いものであった。普段成田空港の利便性の悪さばかりが話題になるが、成田空港はやはり全体として優れた立地特性を有していたことに気が付くのである。成田空港は、当初の計画に欠陥があるのではなく、計画決定から今日にいたるまで、寄ってたかって不完全空港に仕立て上げられたのである。 本来的に空港立地の問題を今から理想的なものには変えられないとしても、それに近づけるためには、何を目指すべきであろうか。
まず、施設面について云えば、昭和30年代末の航空審議会計画まで遡ることは出来ないとして、現在整備中の第2滑走路を第1滑走路と同規模にすると同時に、第2滑走路が無いときの第2ターミナルビルの不便さを思い出し、かっての沖縄海洋博時代の那覇空港のような、空港ターミナルビルが滑走路端からはずれている無様な現状は何としても解決し、ターミナルビルが滑走路に正対する本来の姿に戻さねばならない。空中でも、陸上でも、航空機の移動距離を最短にするのは、環境時代に要求される必要条件である。
また、近代的国際空港の必須要件である鉄道アクセスは、現在、かって、建設途上で中止させられた新幹線ルートを再現できる見通しとなっているので予定通り完成されることを願っているが、次第に悪化しつつある道路アクセスは、圏央道の南側ルートの開発により、東京と千葉のための空港のイメージを、首都圏全域との連携が可能となることから、最も実現が望まれる事項である。
さらに空港周辺地域の更なる発展を考えるならば、空港周辺に林立する貨物施設群と空港との円滑な連携のためにも、周辺の域内道路網の整備と空港に隣接する空港関連施設群を空港内に取り込み、空港管理者のもとで一体的に管理できるよう、空港全体がもう一段階、脱皮し成長する必要があろう。しかしながら、これらの早期完全整備および空域利用の円滑化さらには騒音の平準化による低減を可能とするためには、なんとしても周辺地域および県の意識の変換が不可欠である。
また、マスコミの常に外野的論評も変る必要がある。多くの関係者がここに至るまで、様々な協力をしてきた結果が現在の姿であり、最後まで土地の売却を拒否している人々はその信念は評価できても、今日の段階では、成田空港の存在は、個人レベルの問題を越えており、放置されて良いはずはない。
マスコミ各紙も論説でただ地域の協力を求めて頑張ればかりでは過去の流れからして無責任に過ぎる。今は潔く条件闘争を推奨すべき段階にきていることを表明すべきであろう。そして、警察隊も期限を定めて、通常の空港警察に移管できるよう環境整備をし、正常な新たな空港のイメージ作りに協力すべきである。現在は、関係者の相当の部分が過去からの惰性にただ流されているように見える。
このままでは、空港周辺の地域づくりの責任主体である県があいも変らず昔の被害者意識を捨てきれず、本来の主体的都市政策者に戻れないままのため、将来の都市整備にも空港そのものの発展にも支障が生ずる恐れがある。
現状のままで、空港駅を出て、ターミナルビルに入る時に身分証明を求められる人々が、成田会社の株をどうして高く買う気になれるだろう。
かって、成田空港は我が国の空港計画では始めての滑走路延長が4000mの国際規格を持つべき空港として、建設を目指し運用されてきた。しかしながら、実態は滑走路一本のまま、横風対応も出来ない不完全のままに過ぎ、天候その他緊急の不具合があれば、米軍管理の横田飛行場その他全国の空港をさまよい、夜間にでもなれば海外の空港にまで着陸地を求める不便さがあったが、羽田空港のCランが出来るに及んで夜間でも近くに逃げ場が求められるようになった。 今、東南アジア諸国との連携をより密接にするため、羽田空港の国際化が期待されているが、羽田空港の立地条件の良さは、需要発生地に近接しているのみと云っても良く、必ずしも空港適地として道路条件や空域条件に恵まれているわけではなく、正直、過大な期待を危ぶんでいる。このことは、昭和30年末頃からの羽田空港の整備の歴史を振り返れば明らかであり、また現羽田空港は臨海都心部道路網のインターチェンジ機能を果たしている現状から、抜本的に解決されないかぎり、早晩、空港機能は麻痺せざるを得ない。
今、世論が期待するように羽田空港が国際空港として発展するためには、成田空港との連携を意識的に高める必要があるのではないか。成田空港と羽田空港は競合関係もあるが連携すべき部分も多く、出来るだけ速く成田空港が完全空港に変身することが肝要と信じている。中でも現在の整備中の圏央道を初めとする首都圏の環状道路体系が完成し、成田空港が真に首都圏全域を背後圏とする空港になることである。このことにより、都心部の道路交通が集中する羽田周辺の交通混雑が緩和し羽田空港の空港機能が円滑化するのである。 昭和46年、羽田空港は航空需要の拡大に対応出来なくなり、混雑緩和のため小型機の乗り入れを原則禁止し、さらに、成田空港を建設して国際線分を空けた。次いで、羽田空港の拡充は成田空港の滑走路一本と云う欠陥部分を補い、次には成田空港の首都圏全域を対象とする完全空港化が羽田空港乗り入れ圧力を緩和すると共に、羽田空港の隘路となる道路混雑を緩和させることにもなるのである。両空港の補完関係を更に意識していくことが首都圏全体の発展のため大切だと思う。
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