飛行場計画技術研究会 小坂英治
「もはや「戦後」ではない」と言われた昭和31年、空港整備法が航空法(昭和27年)に引き続き制定された。国営のエアラインも出来、細々とではあっても、国内航空路線も動き出し、まずはわが国土を縦断する航空ネットワークを形成する必要から、米軍に接収されていた飛行場の返還に合せ所要の空港整備が行われることとなった。その核となるのは国際空港であり、国内拠点空港である。 すなわち、空港整備法の第一種空港と第二種空港である。国の先見的立場からの必要性であり、第一種は工事費の全額を国が負担し、第二種は国が三分の二を持つもので、整備に対する国の当座の責任を明確にしている。航空運賃には其の後かなりの間通行税が課せられていたように大衆のための交通手段とは未だ認められていない中での整備であり、当時としては国が主体とならざるを得ないことで無理もない判断であったのだろう。 空港整備の重点は、国際、国内ともに我が国の国土利用の核となる東京、大阪の二大空港の拡充であり、以後この二空港の整備の動向がその後の空港整備全体をリードすることとなる。昭和42年に始まった第1次五箇年計画で重点整備の第1に挙げられたのは両空港の整備であったが、実施では五箇年計画の初段階から茨の道を辿ることとなり、次の第2次、第3次五箇年計画では騒音対策、空港周辺環境整備対策が主要事業とされ、空港の拡充は一歩も二歩も足踏みをすることとなった。 もしも第1 次空港整備計画のスタート時点でこの二空港の整備が順調に進んでいたら、今日の我が国の空港の姿は全く違ったものになったろうし、飛び交う航空機の種類も異なっていたはずである。どだい羽田空港は東京都が管理する東京港の隙間借りであり、伊丹空港も都市内空港であって、我が国の私権の強い土地所有制度等からすれば、大空港が期待どおり整備できると考えるのは当初から所詮無理があったのかもしれない。大規模道路や都市計画道路を見てもそう思わざるをえない。
ところで、現在もなお我が国の航空ネットワークの命運を握っているのはこの二空港と関連する首都圏、近畿圏の空港である。ただ、近畿圏については、東京の一極化が進んだため世の関心度が薄れた感があるが、近畿圏全体の空港機能の重要性が将来にわたって薄れるわけではないだろう。
ただ、空港整備の歴史を眺めると、当初は航空は航空交通だけで独立に考えてもある程度可能だったのに対して、新幹線や高速バス輸送が今や抜群の高速性、収容力、利便性を備えてきており、さらには離島航空路でさえも高速船がライバル化するなど航空輸送の将来性を考えるとき、これら航空輸送以外の交通手段の動向を無視しては何も見えぬ事に成る。 空港整備法制定以来の空港個々の歴史を見ても、すでに空港利用の性格が変わってしまったものがあり、地方空港の整備が概成したことだけでなく、総合交通体系の視点で、現空港整備法が目指した目的は完全に意義を失ってしまっているのは間違いないところである。おそらく空港によっては当初の役割を今後はますます変質させて行かざるを得ないだろう。
当初の空港整備需要が北海道、九州、四国と東京、大阪との間の交通路確保から始まったように、航空交通の本来的役割は長距離高速輸送であり、山越え海越え路線にある。そして我が国の国際化に対応した国際路線のためのものであった。
空港整備法改定の動きのなかで、ここ数年、地方空港までもが空港個々の経営収支が論じられようとしているが、経営の効率化が図られるのは当然としても、法の制定のためにまず取り組まなくてはならないのは、我が国にとって航空交通が今後どのような役割を果たすべきかであり、そしてそれを支える空港がどうなくてはならないかである。最初から空港の収支のような手段から取り組まれ始めてはことの本質が見失われ、あるべき本筋まで変えてしまう恐れがある。
まず、今日的に空港の意義を考えるならば、四全総で言う一日交通圏的機能は新幹線網や高速道路網の全国的展開によってほぼ達成されようとしているのに気付くべきであり、航空交通の役割はこれを補完する長距離においてのみ有用性を発揮することとなろう。かっての航空機のジェット化、大型化による大衆化路線はその範囲のみで他機関との競争にのることができ、中距離以下の区間の輸送は、海越え山越え路線に準じ、機材の小型化、多頻度輸送により先祖がえりして高質化、贅沢化路線を目指さざるを得ないのではなかろうか。 未だ夢の世界ではあるが、場合によってはジェネアビの活用によって、一般交通では最終的に限界があるユニバーサルデザインをハイグレードに達成する旅客のドア・ツー・ドア輸送に手を出さざるを得ないのかも知れない。この意味で現法体系の第二種空港は役目を終了することとなろう。かえって全国的に概成されたと言われる地方空港の大衆化路線は、東南アジア発のLCC(低コストキャリア)のエネルギーを受け入れることによって拡大する東南アジア諸都市間を連帯させるための国際空港として、その存在をアッピール出来るのかも知れない。 一般にLCCは低コストの実現のために空港滞在時間を最小にして機材効率をあげる戦略をとると言われる。勿論当面は大半の地方空港の国際化の見通しは低いとしてもアジア諸都市は今よりずっと緊密度を持つ時代が来るはずで、この意味で新法は、空港所在地の経済、文化の力が物を言うことを意識した空港振興の面からの事業主体のあり方が本気に論じられなくてはならない。そして何よりも必要なことは空港経営に関する専門家を育成することであろう。我が国の空港には、成田、関空、中部を除いては全て経営という概念が無く、結果、経済学者が好む空港収支がないがしろにされているのである。 しかし空港のマネージメント論が無いのに空港の収支論だけが語られるのは全くの片手落ちである。また、ここに挙げた三空港でさえ、空港能力を左右する管制機能が事業主体の権限外に置かれているのも変則であり、空港の経営を俎上に載せるならばここに何らかの関係を明確化する必要があるようにも思う。要は、空港に対する一元的経営管理論が前提になければならない。
また、現法体系に欠けている問題として、共用飛行場のあり方がある。防衛省所管の飛行場等との関係である。さらには空港周辺空域のあり様も重要である。戦後もここまで時間が経っており、そろそろ軍民相互の協調が出来ても良い時期であろう。狭い日本でお互いに独立した存在は結局は国民全体の損失となる。昔手がけた空港で、例えば北九州空港は今でも将来は築城飛行場と協調して南側からを主進入コースとすべきだと思うし、北側にある小月飛行場は土日や悪天候時で訓練機が飛行しないときはその上空を飛ばさせて欲しいと思う。 其の見返りとして、防衛側に何を配慮しなければならないのかの勉強が必要である。また、過去営々と需要のチェックばかりを繰り返している那覇空港であるが、例えば反対運動の下で借地が十分に活用されていない空自用地についてお互いに協調しあい、国際ターミナルをゆっくりとした南側に展開できたらどんなに幸せかと思う。さらには、首都圏に散らばる軍用飛行場を低騒音の小型機ででも一定程度共用できたら随分便利になる人がいるだろう。 かって、未だ飛行場内の土地利用に余裕が十分にあった約20年前、横田飛行場を候補に検討し民間の乗り入れが話題になったが、今見ると当時と異なりびっしり建物が立っているのが分る。ものにはタイミングなるものがあるとつくづく思う。そして、目的の達成に当たっては中休みは許されないのだろう。
関空、羽田空港等で見るように、金さえかければ少々の悪条件でも空港建設は技術的に可能となった。我が国の空港建設技術は相当なものだと思う。
しかし計画技術となると、我が国の社会情勢のせいかもしれないが、全くと言って良いほど単純かつ硬直的である。長期的計画的視点に立つ段階建設が出来ず、目先の目的に対応し全体で見ると大変不経済なものと成ることが多い。関空や中部空港のように、財政当局に全体計画を説得するだけの計画技術力を開発してこれなかったことの損失は大きい。結果を知ってしまった後の計画者から見ればどうしてこのような手順をとったのか不審に思われるだろう。言い訳はいくらでもあるが、未だに計画手法として反省されていないのは問題である。
我が国を代表する成田空港についても、使い勝手の悪さは抜本的に解決すべきものである。過去のしがらみが骨格になってしまった周辺地域との関係、現実を語ろうとしないマスコミの体質、定住したかとも思われる過激派とそれを取り巻く警察、これらの諸問題も大きく言えば空港計画技術の問題に整理すべき事柄かとも思う。あと何年経てば世界に顔向けできる空港にかわるのだろうか。
一方、我が国の空港計画の考え方は歴史が浅いだけに単純過ぎ、智恵を絞った計画が出来難いのが難である。例えば、建設中の羽田空港のDランにしても社会的ニーズが強いとは言え、事前の準備が不足し、結果として現在のような殺人的工程による超難工事を強いることとなった。完成後も種々の改良が求められることになると思う。事前の検討が十分なされていれば、これほどの難工事にしなくても良かったとも思うし、なによりも利用の仕方でよりレベルの高い滑走路が出来たとも思う。もともと羽田空港は東京港の利用の隙間に整備されたもので、神戸空港のように少々の港湾機能は修正してでも周辺と一体化した空港を建設しようとする関係者の意欲と調整力に差があったと思う。
最後に、20回にわたるコラムの場を与えていただいたSCOPEに感謝したい。筆者の所属に示した「飛行場計画技術研究会」の主張するところは、我が国のように空港建設のための自然条件や社会条件に恵まれないところの計画技術は、何をおいても日本の実情にあった諸基準に基づくことが不可欠であり、空港は全て国際規格とは言え、許される限りの工夫を期待するの意である。関係者のこれからのご努力を望みつつ終わりとしたい。
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