[SCOPE] 財団法人 港湾空港建設技術サービスセンター

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コラム

第18回 空港整備法    ~2007.10.15~

飛行場計画技術研究会 小坂英治

空港整備法改定に期待

空港整備法の改定作業が進んでいると聞く。筆者が空港整備に本格的にかかわり始めた20年前頃でさえ、空港整備法は実態にそぐわなくなっていた部分が多くなっていたように思う。現在は空港を巡る内外の環境が大きく変わってきたときでもあり、今まで手に付け辛かった全てについて見つめ直し、根本から改定されることを期待したい。

過日、自宅の本箱を整理していたら「昭和50年代前期経済計画(経済企画庁)」なるもののコピーが出てきた。これを見ると、我が国は昭和51~55年度の間に100兆円(昭和50年度価格)の社会資本整備をするとあり、事業別公共投資額で航空部門は0.8%の8,000億円が割り当てられ、因みに道路部門は19.5%の19兆5,000億円、鉄道部門は8.0%の8兆円、港湾部門は2.9%の2兆9,000億円とある。 実績投資がどうなったかは確認していないが、部門別表の中で、航空部門のシェアが一段と低く部門別に項目を立てているのが異様に思えるほどである。にもかかわらず、ここ数年、特に地方空港への過大投資がマスコミのやり玉に挙がっていることを思えば、空港とは何と安上がりな社会資本投資ではないかと感心してしまう。 この計画が作成された時代は、成田空港の第一期事業の開港が実現したときであり、関西空港の計画作りも佳境に入ったときであったことを思えば、我が国の空港に対する意識レベルは昭和30年代末の羽田空港に代わる新国際空港の重要性が閣議内でさえ認められなかった頃から10年経っても未だこの程度であったかと改めて感じ入る次第である。

空港整備法に基づく空港整備の当初の基本思想が航空交通が未だ特殊階級のためと思われていた時代のものであったことからすれば、今日の経済社会状況全てからみて、現法制は非現実的になってきているのは当然であり、空港を利用する航空機でさえ同じ航空機の名前で整理してよいかどうか疑いたくなる。 そこで、法を見直すのは当然で遅きに失しているのであるが、どうせ見直すならば是非空港のあり方の根本に立ち直って取り組んで欲しい。空港計画技術のように、単に海外のうわべのものまねだけでなく我が国の国状にあった独自の仕組みを是非考えて欲しいものである。

空港整備法の目的

「空港整備法」と言う名称が引き継がれるかどうか知らないが、もし名前が残るならば、法の目的は現在と同じく、「空港の整備を図るため、その設置、管理、費用の負担等に関する事項を定め、もって航空の発達に寄与する」と定型的な第1条が置かれることになると思うが、その手段として設定される第2条(空港の定義及び種類)は全く別のものになるはずだ。 制定当時は、国の経営上必須の社会資本である国際空港の価値が国民に殆ど理解されていなかった時代であり、江戸から明治の開国時代の神戸港や横浜港と同じように地方自治体でなく本質的に国が責任を持つ公共財として国が事業主体でなければならず、国全額負担の第1 種空港が考えられた。現在、日本中の自治体が地域発展の源として地域の国際化を目指していることを思えば格段の差である。 一方、国内航空にあっても当時航空交通は大都市が所有すべき社会資本とは考えられておらず、鉄道交通に大きく依存できない地域が東京や大阪に何とかアプローチしたいということで空港に期待したのであった。その顕れとして、昭和31年に現空港整備法が施行され、最初に指定されたのが、第一種空港として東京国際空港、第二種空港として稚内空港、大村空港(現在の長崎空港)、熊本空港、高松空港そして鹿児島空港の5空港、合せて6空港であり、空港所在地都市の地理的なやみが伝わってくるような気がする。 それに反して、今や政令都市もでき、空港の整備に最も熱心な県でもある宮城県や新潟県は、仙台空港や新潟空港の整備に比較的後年度まで無関心であり、第2種空港としての地元負担さえ途切れがちなことがあった。

因みに、第1種空港とは、「国際航空路線に必要な飛行場」であり、第2種空港は、「主要な国内航空路線に必要な飛行場」、第3種空港は、「地方的な航空運送を確保するため必要な飛行場」とされている。空港整備法は、我が国の国際、国内の「航空路線」を形成するための「空港」を確保する方策として空港の種類を設定し、その種類に応じて、設置主体さらには建設及び管理に必要な資金に対する国の費用負担率、補助率を定めている。 歴史の進み方の速さからすれば、この中でも地元負担がゼロである第一種空港の制度が結果最悪であったように思う。羽田空港や伊丹空港の歴史を見れば歴然であり、地元負担があって始めて関心が持たれるのであって、負担が無く何ら責任を負わない事業は全て他人事になるのが常である。

事業主体は誰が良いか

成田空港株式会社の上場が話題になっている。借金漬けの政府は国が儲かるならば何でもやろうと言う姿勢のように見えるがこれで良いのかと疑いたくなる。最近は造幣局や印刷局まで民営化しそうな勢いである。偽札作りの奨励をしているようなものである。国も個人も貧しく成りたくないものである。

国有財産である土地利用の硬直化の行き過ぎをもって役人が経営する国営の空港は非能率と短絡するのは早とちりに過ぎないか。空港全体の所有は国か自治体としてターミナルビルや駐車場等収益事業を取り出して民営化する方法はいくらでもある。ただし、収益施設のみ独立させ、赤字部門が赤字のままでは具合が悪い。収益部門が非収益部門を適正に補填し、空港全体の収支が健全にならなくてはならない。

何回か触れたようにかって空港整備行政は「請願空港」と揶揄された。羽田空港や成田空港、関西空港に見られる如く大規模な空港の整備は円滑に行ったためしがない。空港造りは空港内の整備だけでは空港にならないからである。空港の最も重要な施設は道路や鉄道のアクセスであり、また航空機騒音に対処するための都市計画である。近くに河川があれば、場内の雨水排水に支障が無いか河川改修の進捗度まで関係する。 昭和48年に制定された環境基準では、土地利用によっては、屋外で70とか75 WECPNL以下を守らなくてはならないことになっている。これら全てを空港内の航空行政のみで達成することは不可能である。このため、成田空港や関西空港は関係閣僚会議のような国の関係機関を総動員して対応したが、所詮これらは、国が総がらみになって地方行政に依頼する仕組みであり、地方行政が自ら事業主体になるのとは全く異なる。 従って周辺も含めた空港全体を捉え、完成後もよりよいサービスをしようとすると国が事業主体ではどうにもならないのである。これが「請願空港」の所以だと肯定的に解釈している。国が行うべき業務は「航空管制」のみであろう。そして、空港を地方行政に任せるならば、空港の利用の仕方も、定期航空利用主体である必要はなく、飛行船からバルーン、スポーツと空の利用を全て網羅して良いように思う。国の補助金のあり方はこれらとは別に規定すればよい。誰が空港の存続に責任を持てるかが大切なのである。

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