[SCOPE] 財団法人 港湾空港建設技術サービスセンター

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コラム

第11回 相似則と実験式    ~2007.7.2~

飛行場計画技術研究会 小坂英治

再現性

質の問題については一度触れた(第3回)。もう一度取り上げてみたい。

昔、平面水槽で港湾の波浪伝播の実験を手伝ったことがある。数十年も前のことである。未だコンピューターによる数値計算解析が行われる以前の話で、現象が眼前に見える水槽実験はいかにも本当らしく説得力があった。当時は他に有効な方法が無かったせいか、手間も金もかかる模型実験が多用されたように思う。最近も使用されているのだろうか、瀬戸内海全域を対象とした巨大水槽まで造られたと聞いた。 平面実験は、まず予測実験に先立ち再現性を確かめなければならない。海岸の平面地形は一定の縮尺をもって地図さながらに造られるが、水深まで同じ縮尺が用いられることはまずない。いわゆる縦横が歪んだ模型となる。この歪みなるものの意味は未だに分からないが、極め付きは、潮流分布の再現のためか海底部にある種の導流堤まがいの板版を立て回すことがあったように思う。 かくして、現地の観測データとの整合性が得られたことになり、改めて外的諸条件を加えて予測実験となるのだが、防波堤の効果等は実にもっともらしく表現される。更に漂砂実験ともなると、底部に実際の砂が敷かれるが砂の粒の大きさはどう解釈されるのか、地形とは全く別の縮尺となる。結果の美しさのわりには、摩訶不思議な予測手法だと思うが、この美しさすなわち現象が定性的であれ四次元で満遍なく表されることが重要なのではないだろうか。結果を眺めながら自然の成り立ちを想像させる性質を有している。

後になって、相似則と言う言葉を知った。フルード数やレイノルド数と相似則には色々とあり、現実の予測作業では、最終的に実験式なる高等な妥協方式を採用することを知った。工学系では世にいくらでも見られる現実的予測解析の手法であり、現実との繋ぎのために必要に応じ係数が設けられ定数項を算出し、出来るだけ客観性を持たせようとする。一般に実験式には、それぞれの相似則が得意としている範囲の明示が前提とされるようで、このことが技術社会の味噌ではないかとも考えている。 今日では、CG(コンピューター・グラフィック)の手法が発達しているので、実験式を用いた計算手法であれ、計算結果を模型実験の如く表現して自然現象の成り立ちを想像させるにまでに至っている。

TVの津波予測CGを見るときこのようなことを考える。

契約における総合評価方式

我が国は、明治維新以来、列強の現代文明に追い付き追い越そうとして、まずは政府の内への技術移転を図り、次に国全体のすそ野を広げようとして、民業を起し育て、そして技術を移転させながら質の高い物づくりのための仕組みづくりに全力を上げてきた。前回触れた明治22年にできた会計法は、我が国に電灯が灯る前年に出来た法であり、この技術移入を承知の上で作られたはずで、将来の国づくりを前提とした政府調達の法として、民間技術の育成を支援しようとする思想が含まれたものでなければならない。 当時の民間技術レベルは相当に低く、前の時代が有害な商業資本独占の社会であったことから予想して、技術開発を助長させるため、新政府は特定商業資本に経済が集中することは避けようとし、本質は今日と異なっているとは言え、会計法の基調に一般競争原理を導入したとは想像できるが、一方で、技術輸入にまい進した政府の血の滲む思いからして、会計法に含まれている指名競争方式や随意契約の考えを今日流布しているように例外的に扱ったと看做すことはとてもできない。単なる時代背景からの類推ではある。

今日、政府は一般競争重視の起点をさらに強化して、「質の高さ」と「支払い額の安さ」を同時に達成しようとして、「総合評価方式」なるものの開発にこだわっているようだ。本来、質と値段とはトレード・オフの関係にあるのが常識であり、質の悪い法律の運用基準(?)を無理に守ろうとして、答えを求めようとしているようだが、根本が間違っているものをどう細工しようと100パーセント満足できるものにすることは出来ない。あくまでごまかしの'実験式'の係数をいじりまわしているに過ぎない。 自然現象の実験式と異なり再現性を期待しないから、係数設定はいかようにもなり客観性がない。せめて、模型実験のように、評価項目の重みを変化させるなりしたCG表示により、発注者が受注者に何を求めているか明らかになるようにして、受注者が本来的に競争しようとしている意欲を掻き立てるぐらいの工夫は必要ではないか。

いずれにせよ、この問題に対する取り組みとしては、技術屋の目を持って、所詮実験式であることを宣言し、そのアバウトさを開示しなければならない。其の上で、高度な技術については、「質」と「値段」は別の競争に委ね、公平な指名競争や随意契約が不可欠であることを明らかにしなければならないと思う。このこと無しで、我が国は「技術立国」を標榜することはできないと信ずる。

空港の需要予測手法

空港の需要予測も水槽実験のように目で見て自然に説得してしまう種類の何物も無い。何をもって信頼性を確認するか。今はやりの有識者を動員するのか。因みに「有識者」とは何者だろう。常識が通用しずらい時代を反省し、「有常識者」を縮めたものに違いない。

最近の社会風潮は行政の対応もあって、何故か、金さえ投ずれば、空港の将来、すなわち旅客や貨物の動きが一元的に予測できるかのような錯覚が大手を振って歩いている。落ち着いて考えてみれば分かることだが、需要予測手法こそ色々な社会現象が複雑に絡まっているのを、少しでも従属性のある変数間の関係すなわち実験式を取り出し、過去の統計データが再現できるようにそれぞれの部分係数を定数化し、全体を極力単純化してアバウト化する実験式の統合そのものではなかろうか。 コンピューターが発達したため、複雑な実験式群を数多く並べてる計算は可能であるが、再現させようとしている統計データは自然現象のそれとは異なり、社会現象を代表しているとしても極めて精度は低い。実験式の特性として、工夫によっては過去の統計値に限りなく近づけることは可能であっても、精度の低い統計データ以上のものにはならない。

需要予測の目的は計算結果の数字そのものではなく、採用すべきとした変数が予測結果にどのような影響を与えるか出来るならCGで視覚化して見せるなど人間の感性を引き出すような現象の把握、すなわち感度分析のグラフィック化である。経営者は、需要予測が得られた段階で経営の目標設定を行い、少々の誤差があろうともこれらの感度分析を基に経営の舵取りをすることになるのである。

金をかければ正確な需要予測が出来るというようなコンピューター信仰は止めたいものである。ただし、過去の数値の分析に投資することを否定するものでは絶対にない。言いたいのは、需要予測と目標設定を混同してはならないこと、そして個別の空港の需要予測手法を極力簡便化することである。

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